第2話 覇王降臨

 神秘さ故に、誰もが憧れる山がそびえたっていた。

 山のふもとには真っ赤で巨大な洞窟があり、その洞窟の奥深くには、まばゆいばかりにきらびやかなお城が建っているという。

  そして、その城の門を開いた者こそ、覇王となってこの世に君臨するという伝説。

 飽くことなく繰り出される無数の兵士達は我先にと、その城を目指して進軍して行った。しかし、その城に辿たどり着いた者は、未だ誰一人としていなかった。

 周りは全て敵。信頼し合った仲間であれ、最後は必ず裏切る。信じるのは己のみ。己の才覚のみで戦うしかなかった。

 全ての兵士に与えられた使命。それは――進むしかない【死への片道切符】だった。


「聞いたか? 昨日、出陣した奴等……全滅したらしいぞ」


 俺は、隣の奴に話しかけた。


「その事か……その事ならよく知っている」


 ひ弱そうだが、切れ長で鋭い眼をした奴は、俺を出し抜こうと体を前に押し入れながら答えた。抜け目の無い奴だ。

 しかし、俺は、この程度の奴に負ける気はしない。ただ、俺は、勝利の為には懐柔も必要だと知っている。こいつを利用しようと考えた。


「かなりの兵士が瞬時しゅんじに殺されたと聞いたが……本当か?」


「よく知っているな。この辺りじゃ見かけない顔だが……新参者か?」


「ああ……今日来たばかりだ。お前は?」


「俺か? 俺は、その瞬殺しゅんさつされた部隊の生き残り……と、いうより出陣の寸前に踏み止まった者さ」


 奴はうつむきがちに言った。

 思ったとおりだ。生き残る奴には何かある。奴なら最後まで引っ張って行っても役に立ちそうだ。駄目でもおとりくらいには使えると俺は考えた。


「しかし、あれだけの部隊を絶滅させるって……どんな手を使ったんだ? 見たのか?」


「奴らは、洞窟に飛び出した途端……激流にのみ込まれたのさ」


「激流? あの洞窟にそんな仕掛けが?」


「先頭の奴がだましたのさ。飛び出す振りをして……黄色くにごった激流の中に仲間を飛び込ませたのさ。結局は、大群に押されて自身も巻きこまれたけどな」


「お前は……どうして踏みとどまった?」


「飛び出す寸前に『ヤバイ!』と感じたのさ」


 やはり奴に目を付けたのは正しかった。危険を察知する能力にもけている。


「俺は、情報を仕入れて生き残ってきたんだ。本能と情報があれば鬼に金棒だろう」


 俺と同じ考えを持っている。ますます奴を利用しようと心に決めた。


「生き残れる情報があったらもっと教えてくれよ」


 俺は、めいっぱいの作り笑顔で聞いた。


「お前も、抜け目がなさそうだな。俺を裏切らないと約束をするなら教えてやっても……」


「裏切らない。お前に着いていくから教えてくれ」


 俺は奴を出し抜くことに決めた。


「ここ数日……毎日のように夜になると出陣命令が出ているのは知らないだろう?」


「…………」


「昨日の部隊は激流に流された。一昨日の部隊は袋小路に追い込まれ逃げ場をなくして全滅した。その前の部隊は、全く違う洞窟に突撃してしまって行方不明さ……」


「そんなに頻繁ひんぱんに……出陣していたのか?」


「いや、ちょっと前までは、一週間に一回程度だったが……俺の言いたい事が分かるか?」


 俺は、首を振るしかなかった。


「決戦が近いって事さ……この三日間は決戦前の予行練習だったんじゃないかと……」


「予行練習で三部隊を全滅させたのか?」


「だからこそ……今夜あたりが、城に向かって総進撃するんじゃないかと思うのさ」


 この計算高い奴が恐ろしくなった。奴を生かしていたら、俺の身が危ないと確信した。


「ほら……来たぞ。今までにない地響じひびきだ。これは間違いない……決戦だ」


 奴の言葉を聞くまでもなかった。俺は今までに感じた事のない、大きな揺れと感情のたかぶりに、居ても経ってもいられなくなった。


「出陣命令だ……行くぞ!」


 俺と奴は、兄弟のように助け合いながら、周りの奴等を蹴散けちらして進んだ。そしてついに城に辿り着いた。噂に聞いていた城の固い扉は、俺を待っていたかのように開いていた。


「ご苦労だったな。お前にもう用は無いぜ」


 俺は、奴を持ち上げると、必死の形相で追い上げてくる二億の兵士の中に放り投げた。


「卑怯だぞ。約束を破りやがったなぁ!」


だまされた奴が馬鹿なのさ。俺は、俺以外の奴は虫唾むしずが走るほど嫌いなのさ」


「魔王! この恨み……次に生まれて……」


 俺は、負け犬の遠吠えを心地よく聞きながら、最終目的地である卵子に辿たどり着くと、喜びを噛みしめながら受精した。


 織田信長と、弟の信行(信勝)との血で血を洗う争いは、ここから始まった。

 あまり知られていない史実である――。

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