銀色のスプーン

 彼女は、片手にスプーンを持ったまま眠っていた。瞼はぴったりと閉じている。すうすうという寝息まで聞こえてきた。

 スプーンを持ってはいるが、彼女はなにかを食べていたわけではなさそうだった。彼女が腰掛けているソファの周りには、テーブルはない。彼女の膝の上にも、食べ物や食器等は置かれていない。なのに、どうして、スプーンを持っているのだろう。

 彼女を起こさないように、そっと近づいて、その手からスプーンを抜き取った。スプーンは結構大ぶりで、銀色をしていた。細工は入っていない。

「返して」

 彼女が、言った。

 まだ眠っていると思っていた僕は、驚いて、肩を跳ねさせた。スプーンを取り落とすようなことはなかったけれど。彼女は、音もなく目を覚ましていて、片手をこちらへすっと伸ばしていた。目を見る。怒ってはいなさそうだけど、笑ってもいない。僕は「ごめんなさい」と謝って、スプーンを彼女に返した。

 彼女はスプーンを握ると、そのまま伸びをして、ついでにあくびをした。はあ、と溜息をついて、膝に手を置いていた。

「訊いてもいいです?」僕はちょっと警戒しながら、彼女の顔を窺った。

「どうぞ」彼女は振り向いて、微笑んだ。「なぁに?」

「どうして、スプーンを?」

「これ?」

 彼女は、スプーンを顔の高さまで持ち上げた。くるりと捻って、スプーンを回転させる。スプーンが白っぽく閃いた。

「これはね、お守り」

「お守り?」

「私を守ってくれるのよ」

 彼女は笑う。

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