水槽?

 べったりと張り付くようにして、その子は水槽を覗き込んでいた。両手のひらをガラスにくっつけて。僕はその後ろ姿を一瞥して、雑誌を取って椅子に戻った。

 子供ってやっぱ、生き物が好きなんだな。熱帯魚とか、犬とか猫とか、もしかしたら虫さえ。そんなことを考えながら、雑誌のページをめくっていたら、

「ねぇ」

 水槽を覗き込んでいた子供が、いつの間にか目の前に来ていた。声をかけられて、僕はどうしてだかぎょっとしてしまう。子供は、僕が読んでいた雑誌の端をつかんで、注意を引くためか、ぐいと引っ張った。「ねぇ」ともう一度言う。

「なに?」

 僕は戸惑いつつ、その子に向き合った。その子は黙って、雑誌をより強く引っ張った。破れそうだ、と焦って、僕は立ち上がってしまう。その子は、雑誌を袖のように引いて、水槽の方へ歩き始めた。水槽の前で立ち止まると、雑誌をつかんだまま、水槽を指差した。

「なに?」水槽を見て、その子を見て、僕は曖昧に微笑んだ。「……水槽?」

 僕をじっと見上げていたその子が、口を開く。

「魚」

「うん」

「死んでる」

「えっ?」

 見れば、確かに、一匹の魚が、腹を上にして浮かんでいた。あぁ、と僕は嘆息みたいな声を漏らす。「死んでる」

 とりあえず、受付の人にでも伝えておかないと、と思いながらも、僕はその場でぼうっとしていた。雑誌越しに子供と手をつないだまま、しばらく、死んだ魚を眺めていた。

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