形だけ

「退屈でしょう」

 六味さんはにこやかに、一冊の本を差し出した。小説のようだ。カバーがかかっておらず、全体的に黄ばんでいる。僕が「どうも」とか言って本を受け取ると、六味さんは笑顔のまますっと立ち去った。

 ぱらぱらと本をめくる。埃臭い。古本だろう。頁がすっかり日焼けして、文字が少しかすれている。

 六味さんには悪いけれど、はっきり言って、ありがた迷惑だった。確かに退屈だったけれど、こんな本は読む気になれない。僕はただでさえ目が悪いし、小さい文字を追うのは苦手だった。

 形だけ、頁を開いておく。一応。読んでいるふりだけは、しておいた方がいいと思って。ちょうどそこに、六味さんが箒を持って通りかかった。

「あら、もうそんなに読んだの」

 六味さんは僕の手元を見て、笑った。

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