読めないの

 矢庭に水をかけられた。しかも、なんだか甘い匂いがして、べたべたする水だった。濡れた顔を濡れた手で拭って、意味がないと気が付いて嘆息する。ゆっくりと振り返ると、案の定、ジュースのペットボトルを持った端舟が立っていた。端舟はかすかに怯えるように眉をひそめていた。

 怒って欲しいのか。

 笑って欲しいのか。

 あるいは、両方か。

 両方とも違うのか。

 はかり兼ねて、黙って端舟を眺めていた。端舟が持っているペットボトルの口から、定期的に水滴が落ちている。

「あんたって、怖いよね」

 端舟が、口を開いた。彼女はペットボトルを足元に棄てて、軽く蹴飛ばした。それは吹っ飛ぶように転がってきて、私の足に当たって回った。少し滑って、止まる。

「人間じゃないみたい、読めないの。あんた、怖いよ」

 それはこっちの台詞です、と思ったけれど言わなかった。

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