いつになったら…?

あれは高校生の時だ。

当時の彼と堤防デートをしていた。

遠くの方に釣り人が一人居るだけの、人気のない堤防だった。

よく晴れた夕暮れ時で、西の空が朱から藍に変わり始めていた。

そろそろ帰ろうかと立ち上がりかけた時、

「あ。ちょっと待ってて。」

と、少し先の藪の中に消えて行った。

事情を察した私は、その方向から目を逸らし、

太陽の沈んでいく様をぼんやりと見ていた。


「君、ひとり?」

不意に話し掛けられ吃驚して振り向くと、警官が立っていた。

何も悪い事はしていないのに、

いきなり警官と出会うとドギマギしてしまう…私だけじゃないはずだ。

当時の私もしどろもどろになりながら連れがいる事を伝えた。

「ふーん。でももうすぐ暗くなる。

 中学生が出歩いていい時間はもう終わるから、

 何ならパトカーで家まで送ろうか?。」

…私、高校生ですけど?

と思いながらも、警官に反論したらいけない気がしてアワアワしていた。

その時、藪の中から彼がおずおずと戻って来た。

すると私の目線と物音に気付いた警官が振り向き、彼を見てこう言ったのだ。

「あ〜、お父様とご一緒だったんですね!」

…彼も、高校生ですけど??

キョトンとしている私達に、

「近頃は物騒ですので、娘さんから離れる時は気を付けてくださいね。」

と微笑み、では、と軽く敬礼をしてその警官は去って行った。

私達に微妙な空気を残して。


あの時、私は笑えば良かったのだろうか。

笑い飛ばしてネタにするくらいが彼には優しかったかもしれない。

でも、当時の彼は、自分がフケ顔なのをとても気にしていて、

幼く見られる私に羨望の眼差しを向けていたのを知っていたのだ。

30cmも身長差があるからねぇ〜と慌ててフォローするも、

帰り道での落ち込んだ彼の顔は、見るに耐えないものがあった。


高校を卒業し専門学校を経て、無事就職した彼は、

入社1年目にも関わらず、その風貌より「部長」というあだ名が付いた。

会社では明るく対応していたようだが、

帰宅すると「部長…やだな…」と、ビールで晩酌しつつぼやいていた。

いいじゃん!ヒラよりかっこいいじゃん!と励ましてみても、

「20歳過ぎても、アルコール買う時に

 レジで必ず引っかるお前に言われたくない。」

と、ひねくれるばかりである。

そんなある日、仕事から帰った彼が、

営業先の人から良いことを聞いたと目を輝かせて報告してきた。

「若く見られる人は、歳を取るとそのギャップに付いて行けず、

 よりフケていくように感じられる。

 でも、フケて見られる人は、もともとがフケてるから、

 歳を取っても変わらないように見えるんだって!」

ほほぉ。なるほど。それはあるかもしれない。

「良かったねぇ。じゃあいつの日か、年齢が顔に近づいてくるんだね。

 そうなったらもうこっちのもんだね!」

そう言った私に珍しく素直に頷いたから、相当嬉しかったのだろう。


あれから20数年…。

旦那になった彼が、久々に愚痴ってきた。

半年前に他の部署から異動してきた同僚と飲んできた帰り道の事だ。

そんなに遅い時間ではなかったので、私が車で迎えに行った。

最初は酒の席での笑い話や噂話だったが、急にトーンが落ちた。

「あのさ。今日一緒した◯◯さん、知ってるだろ?」

うん、と私が答えると「彼はいくつに見える?」って問われた。

歳下の方だと思っていたので、正直にそう答えた。すると旦那は、

「俺らより8つも歳上なんだって…彼。」

と、驚愕の真実を伝えてきた。

ビックリしていると、旦那は溜息をつきつつ言った。

「俺もさぁ、ずーっと歳下だと思ってたんだよね。

 彼も俺の事、ずーっと歳上だって思ってたんだって…。」

その◯◯さんが若く見えるだけだよーって言いかけたが、

それは俺が歳上に見られた言い訳にならん!と墓穴を掘りそうだったので、

運転に集中しているフリをして黙っていた。

旦那もそれ以上何も言う事はなかった。


ただ一言、誰に言うまでもなく小さい声で呟いた。

家の1歩手前の信号で赤信号待ちをしてる時だ。

「俺の顔はいつになったら年相応になるんだろうね…。

 お前は年相応になったというのに…。」

いつかきっと。

いつかその日が来るよ…たぶん……きっと。


ん?…あれ?…さり気なく私、ディスられてる??

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