カミングアウト
つい最近まで、墓場まで持って行こうかと思っていた事がある。
自分が思っていたより大した事ではなかったようなので、
ここでちょっと暴露してみる。
私の通っていた小学校には池があった。
ひょうたん型の良くある形の池だったと記憶している。
池の表面はホテイアオイが群生して覆い、
時期が来ると、薄紫色の花を咲かせていた。
水面下には金魚や鯉やグッピーが泳いでおり、
誰かが飼育放棄したという噂のある亀が、時折顔を出していた。
その池の真ん中あたりの幅が狭くなっている部分には、
コンクリート製のアーチ状の橋が架かっていた。
10歩も歩けば渡り切れる程の小さな橋であった。
確か、私が小2だったある日。
たぶん日直か何かの当番だったと思う。
いつもよりかなり早めに家を出た私は、一番乗りで教室の鍵を開けた。
誰も居ない教室はやけに静かで埃っぽく、
窓を開けて空気を入れ替えたり、黒板を拭いたりして過ごしていた。
だが、それらが終わっても他の生徒が来る気配がない。
さすがに早く来すぎたかなぁ…と、少し不安になりつつ教室の外に出た。
私の教室は1階だったため、目前には例の池があった。
暇を持て余した私は、何気なく橋を渡り、
真ん中付近の欄干に体を預けて池をのぞき込んだ。
その時。
欄干が落ちた。
ドボン!という大きな音と共に…。
直前に、脅威の反射神経で体を離した私は池に落ちる事なく、
橋の上でひとり途方に暮れた。
今でこそ「その着ぐるみはいつ脱ぐの?」と、
旦那にからかわれる程にワイドに成長した私だが、
当時はとても華奢であったため、いきなり欄干が落ちた原因が分からない。
たぶん、古い校舎だったので、その橋も老朽化していたんだと思う。
だが、当時の私にはそこまで考える余裕はなかった。
ただただビックリした。
パニックになった私は、なんと現場から逃走してしまった。
急いで教室に戻り、何食わぬ顔をして机に座り本を読んだ。
もちろん、内容など頭に入って来ない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
今からでも校長先生に謝りに行こうか。でも怒られちゃう…。
小心者の私は、事態を説明する事も謝る事も出来なかった。
その後、池の周りには黄色と黒の縞々ロープが張り巡らされた。
しばらく経っても欄干が落ちた際の目撃者は現れず、
誰もいない夜中に自然と崩れたのだろうという事になった。
目撃者どころか、犯人は…何を隠そう、この私だ。
周りが騒然とする中、私はひとり、ビクビクと日々を過ごしていた。
しかし、いつかバレるのではないか…という私の不安をよそに、
次第にみんなの関心は薄れていった。
そして、1ヶ月も経たないうちに、橋は立派に修復されたのである。
時は過ぎ、数ヶ月前に参加した同窓会での事。
友人たちは当時の古かった校舎の話題で盛り上がっていた。
あの橋の事も話に出てくるのではないか、
と、内心ドキドキしながら、私も会話に参加していた。
だが一向にその気配はない。勇気を出して聞いてみた。
「あのさぁ、池の橋あったじゃん?あれ、欄干が落ちたよね?」
あわよくば己の罪を告白し、長年の罪悪感を消すつもりでいたのだ。
しかし驚いた事に、その事を覚えている者は誰一人居なかった。
あんなに大騒ぎになったのに…である。
あれは夢だったのか?
肩透かしを食らった私は、自宅に戻ってから、
同じ小学校に通っていた同級生でもある旦那に、同じ質問をしてみた。
すると、彼は意外な言葉を口にした。
「あぁ、あれね。お前が落としたやつだろ?」
…知っていたのか!
言葉も出ないくらい驚いた。
まさか目撃者が居たとは…しかもこんな身近に。
彼の話によると、あの日たまたま彼も早く登校したらしい。
学校に着き教室に向かう途中で、何かが水の中に落ちる音を聞いた。
何事だ?と音のした所へ見に行ってみると、
橋の上で、ひとり私が立っていたのが見えたという。
別のクラスだったため、声を掛けるのを躊躇ったらしい。
それにしても…なぜ私が犯人だと暴露しなかったのだろう。
衝撃が落ち着いた頃に聞いてみた。
「言ったってしょうがないだろ?あれ、古かったからな。
その内、お前じゃない誰かが落としていたよ。
それは俺だったかも知れないしな。」
そう言って彼は、ボリボリとお尻を掻いていた。
私だったら速攻誰かに話していただろう。
しかも「名乗り出ないなんて卑怯よねぇ」なんて、
言っちゃったりなんかしちゃったりしてたかもしれない。
小学生時代は素直な分、結構残酷だったりする。
これがきっかけでイジメられ、
暗い学校生活を送っていた可能性だってある。
彼が黙っていてくれたおかげで、私はそれを回避できた。
私の旦那様は意外といい人なのかも知れない。
むふふ…と一人笑いをし、
翌日の朝食には、彼の好きなゆでたまごを添えてあげた。
先日、母校に夫婦でお邪魔する機会があった。
久しぶりの母校は、全ての校舎が建て替えられており、
昔の面影は一切なかった。
寂しい感傷に浸りながら2人で歩いていると、
昔あの池があった中庭付近に、当時の3分の1程度しかない、
小さな小さなミニ池を発見した。
この大きさだったら橋は要らないな…
と、思いながら見ていた私の目線に気付いた旦那が言った。
「今のお前があの橋を渡ったら、
欄干どころか真ん中から崩れ落ちてるだろうなっ!」
クククッと楽しげである。
ムカつく。
やっぱり私のバカ旦那は、いい人なんかじゃない。
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