トウモロコシ

父が亡くなって以降、我が家はずっと母子家庭であった。

私が結婚する前の年に母も再婚したが、

それまでは母と私と妹。女3名で仲良く暮らしていた。

20代半ばで夫を亡くし幼子2人を抱えた生活は大変だったと思う。

だが、記憶の中の母は常に笑っている。

アクティブな人で、週末は何処かしら出掛けるのが慣例となっていたし、

たまに私達姉妹だけで留守番をさせ、夜遊びに出かける事もしばしあった。


その夜も、しつこいくらいに戸締まりを確認し、

お母さん以外は誰が来ても開けないように…と、

まるで絵本に出てくるお母さんヤギのような台詞を残し、

友人数名と遊びに出かけて行った。

私と妹は、母が居ない寂しさを感じながらも、

普段は見れない深夜近くのテレビ番組を見ながら、寄り添って眠りに付いた。


翌朝起きると、母がいつも通りに朝ご飯の支度をしていた。

ホッとしつつ食卓を見ると、昨夜までは無かったはずの、

まだ外皮に包まれたままのトウモロコシがあった。

「これ、どうしたの?」

トウモロコシ好きの妹が、目を輝かせて母に聞く。

「夕べね、お店を出た後にみんなでドライブに行ったんだけどね。

 その途中で大きなトウモロコシ畑があったの!

 あなた達が喜ぶと思って、もいで来ちゃった。」

うふふ。の勢いで母が答えた。

時効だろうから告白するが、当時はこういう事が多々あった。

その度に小心者の私は、いつか見た刑事ドラマのように、

自宅先にいきなりおまわりさんが現れ、眼光鋭く、

「ちょっと署までご同行願えますか?」

と、母を連れて行きはしないだろうかとハラハラしていた。

そんな私の心配を他所に、母は朝からハイテションだ。

「今茹でてるからね〜。先に準備しちゃいなさ〜い。」

と鼻歌を歌っている。

これを食べてしまったら、私も妹も同罪にならないのだろうか…。

そう思うといまいちテンションの上がらない私の隣で、

妹は謎のダンスを踊っていた。


登校の準備を整え食卓に座る。

食卓の上には各々厚切りの食パンが1枚ずつ。それとヨーグルト。

これに茹でたてのトウモロコシが添えられるのであろう。

トウモロコシは私も大好物であるため、少々テンションが上がってきた。

だが今度は母のテンションがおかしい。険しい顔をして鍋を見ている。

「おかしいわね……」

どうやらまだ茹で上がらないようだ。

登校時間も迫っているため、茹でたてトウモロコシは断念し、

代わりに出された、ウサギ型のりんごと共に朝食を済ませて家を出た。


夕方帰宅すると、母はまだ鍋を睨んでいた。

「何だかまだ固いのよね。でも食べちゃう?」

「食べちゃう〜!」

熱い熱いと騒ぎながら外皮を剥く。黄色い実が現れた。

競い合うように齧り付く。

ぷちっ、じゅわっと独特の甘い汁が出てくる…はずだった。

が、予想に反して固くてパサパサしている。

私の知っているトウモロコシではない。断言する。

ふた口ほど食べたところで無言で皿に戻す。

「…美味しくないね。」

母も皿に戻した。だが妹だけは食べ続けている。

「お母さんが私達のために採(盗?)ってきてくれたんだよ!

 残さないで食べなきゃ!ほら!お姉ちゃんも食べて!」

目の前に食べかけを突き出されて、渋々再び口にする。

だが半分程でギブアップだった。母も早々と片付け始めている。

そんな中、妹だけは時間は掛かったが1本完食した。

2本目はさすがに母に止められていた。


夕食後、1本の電話が入る。母が笑いながら応対していた。

電話を切った後に気まずそうに部屋に戻ってきた。

だが一方で、笑いを必死に堪えながら私達に言い放った。

「ごめんね…あれさ、家畜の餌用のトウモロコシだって。あはは。」


あの時のなんとも言えない妹の顔が忘れられない。

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