第5話 伝染

 今回お話するのは少し変わった現象です。


 始まりは小学生の頃でした。いつも夕方に昼寝をしていたのですが、ある日変な事がありました。

 「ねえ。ねえ」

 声が聞こえて目が覚めます。僕には妙な癖があって、いつも目を覚ます順番が聴覚・意識・視覚なので、声に気付いた段階ではまだ目蓋は閉じたままです。

 「ねえ、聞こえてるんでしょ?」

 なおも続くその声は母の声でした。しかし僕はここで違和感を覚えます。母はいつも深夜までバイトで家を留守にしているので夕方にいるはずがないのです。

 「ねえ、晩御飯何がいい? ねえ、起きてよ。晩御飯何にする?」

 畳み掛けるような質問の合間に繰り返される「起きて」の言葉。口調も母とは微妙に違っていました。何となく起きてはいけない気がして狸寝入りを続けていると、その声は聞こえなくなりました。


 それからどれくらい経ったでしょうか。

 「おい、起きろよ」

 また声が聞こえて目が覚めました。前回と同じく目蓋は閉じたままです。違っていたのは声の主でした。聞こえてきたのは兄の声だったのです。

 「本当は起きてんだろ? なあ、目開けろよ」

 今度は命令口調です。でも兄も夕方は楽器の練習かバイトでいないので兄であるはずがありません。

 「なあ、聞こえてんだろ? なあ」

 その口調には怒気が含まれていました。しかし当時の兄はいつも何かに怒っていたのでそこに関しての違和感はあまりなく、むしろ僕に執拗に話しかけてくる方に違和感がありました。そして僕はこの時

 (ああ、目を開けてはいけないんだな)

 と確信を持ち、必死に狸寝入りを続けました。しばらくして声は聞こえなくなりました。


 同じ現象が2回続いたので念のため母と兄に確認をとりましたが、やはりその時間は家にいなかったし寝ている僕に話しかけたことは無いと返されました。


 またしばらく日が経って、母からこんな事を言われました。

 「私も聞いたよ、物真似するヤツ。昨日寝てたら会社の先輩の声でしつこく呼ばれた」

 なんと母も起こされたと言うのです。

 ちなみにどうしたか聞いたら

 「眠かったから無視して寝た」

 としれっと返されたので大物だな……と感心しました。

 余談ですが母は朝起きたら脚に子供の手形があった時もしれっとしていたので肝が据わっているのだと思います。

 それからも時々兄や母の声の真似をした何者かが話題を変えつつ起こそうとしてきましたが、決して目を開けずにやり過ごしました。むしろ回数を重ねる毎に(コイツまた来たな)としか思わなくなって、声がしている最中に二度寝をする有様です。慣れとは凄い物だと思います。


 それからまたしばらくしたある日のこと。いつもとは違い、夜寝ている時にソレは来ました。いつもは聴覚から起きるのに、その時は何かが迫り来る気配を感じてハッと意識から目覚めました。次の瞬間

 「〇〇(本名)、〇〇、〇〇!」

 友人の声がどんどん近付いてきたかと思うと仰向けに寝ていた背中をドンッ! と強く突き飛ばされたのです。ビックリしたのと物理的な衝撃で思わず目を開けましたが、そこには何もいませんでした。


 それ以降呼ばれることはパッタリと無くなり、自分なりに(あれは目を開けない俺に対しての最後の一撃だったんだな)と解釈して、すっかり忘れていました。


 しかしそれから数年後。高校生になって夏休みに友人達3人と海へ旅行に行った時のことです。

 宿泊先は町から少し離れており、歩いていると夏の暑さから自然と歩くペースが速い組と遅い組に分かれていました。町での買い物を済ませて何とか宿泊先に辿り着くと、遅い組だった友人が少し怒りながら

 「そんなに何回も呼ばなくたっていいじゃん。こっちだって必死に歩いてるし、ちゃんと返事したでしょ」

 と言い出しました。速い組だった僕ともう1人の友人は顔を見合わせました。

 「お前呼んだか?」

 「いや呼んでないぞ」

 すると遅い組だったもう1人も

 「ほら、やっぱり。何も聞こえないって言ったじゃん」

 と言い出したのです。しかしただ1人呼ばれ続けていたと言う友人は

 「嘘。はっきり名前呼ばれてたもん」

 と譲りません。ここで1つ疑問が浮かびます。

 「ていうかそもそも俺お前が返事してる声も聞いてないんだけど」

 「俺も聞いてないわー」

 そう、返事を僕ももう1人も全く聞いていないのです。そもそも聞こえていたら一旦止まるか何かするし、少なくとも無視はしません。むしろ自分達より疲労が濃いであろう遅い組から何度も声が聞こえたら無視する方がおかしいのです。

 何度も返事をしたという友人は合唱部に入る程声量を持っている奴なので聞こえないという事も考えにくく、また距離があいたと言ってもお互いを視認できるくらいだったので増々話が分かりません。

 そんな時、ふとあの物真似をしてくる存在を思い出しました。

 「ちなみにどっちの声で呼ばれてたん?」

 「〇〇(僕の本名)」

 ああ。と妙に納得しました。あの物真似してくる奴はいなくなったのではなく、僕が反応しないことで諦めただけだったのか、と。

 翌日は朝から海で散々遊び、各々シャワーを浴びるなりゆっくり風呂に入るなりして部屋で合流することになりました。僕はもうヘトヘトだったのでシャワーだけにして早々に部屋に戻りました。すると、部屋のガラス戸が少しだけ開いています。これでは冷房の効きが悪くなる。と注意しようとガラッと戸を開けると、先に戻っていた友人と目が合って思わず驚きました。1人で先に戻っていたソイツは、テレビも点けずにその反対方向にあるガラス戸を凝視していたのです。

 「何だ、何かあったのか?」

 僕が尋ねると

 「アイツ、見なかったか?」

 と訊き返されました。アイツとは前日呼ばれて返事をしたと言っていた友人のことでした。

 「いや? アイツ風呂好きだって言ってたし、まだ風呂なんじゃね」

 すると友人の顔が更に青ざめます。

 「ここに戻って涼んでたらアイツに呼ばれてさ、戻ってきたんだと思って振り向いたら扉がスッて開いて、でもそこで止まって、誰も入って来なかったんだよ」

 このガラス戸は引き戸なので風で開く訳もなく。友人は怖くて目を離せず固まっていたらしいのです。

 その後全員が戻ってきた後に報告をし、昨日の今日なので流石に気味が悪いということで正直に僕の昔の体験を話しました。呼ばれはするけれど恐らく実害は無いと強調しないと、せっかくの海を楽しめないと思ったからです。そんな時でした。

 「ネエ」

 全員が口を閉ざし身を固くし、目だけでお互いを確認し合いました。突然聞こえてきたその声は、スケジュールが合わずに来られなかった共通の友人の声だったのです。友人達は皆緊張した面持ちでピクリとも動かずにいました。


 今ではもうその友人達と会うこともないので分かりませんが、帰宅してからしばらくの間は学校で顔を合わせた時に「また呼ばれた……」と時々報告し合っていました。最初に僕の真似に返事をした友人に至っては、あれから家の中で黒い人影を見たりするようになったと憔悴していました。

 後から聞いた話ですが、霊感の強い人間と長時間一緒にいると霊感が全く無い人でも霊感を持ったりすることがあるそうです。友人には悪いことをしてしまいました……。

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