第3話 お経

 今回お話するのはお経にまつわる出来事です。


 僕は当時退屈しのぎに風呂場にCDプレイヤーを持って入っていました。どうにもカラスの行水になってしまうので少しでも長く湯船に浸かるための作戦です。

 その日もいつものように自作のCD-Rをセットして再生しました。湯船に入る前にシャワーを浴びるのですが、そこで妙な違和感に気付きます。

 大好きな曲ばかりを詰め込んだCD-Rなのでもちろんそれはすぐに分かりました。イントロの部分に聞いたことのない声が入っているのです。シャワーの音が邪魔なので一旦止めて耳を澄ませます。それは確かに知らない男性の声で、明らかにイントロと合ってもいません。何かぶつぶつと呟くような、抑揚が無いのに喋っているというよりは歌っているような、不思議な声でした。

 何分昔の防水プレイヤーですからスピーカーの性能はあまり良くなく、そのせいもあってか一言も聞き取ることができません。そうこうしている内にイントロが終わるといつもの歌声が聞こえて男性の声は聞こえなくなりました。

 念のため風呂から上がってから確認しましたが、そのイントロは確かに楽器の音だけで声は微塵も入っていませんでした。


 それから数日も経たない日の夜、兄が夕食の席で

 「今朝凄い怖い思いをしたんだよ」

 と話し出しました。

 兄は昔から怖がりでこの家で起こる様々な現象に逐一怯えていました。まぁ僕とは8つ歳が離れていて、この家には引っ越してきた形なので元から住んでいる僕とは捉え方が違って当然だと思います。

 そんな兄は方々に何か対策はできないかと相談しており、その内の1人から

 「南無妙法蓮華経なら幅広く効くし信仰が無くても大抵大丈夫だよ。不安なら経典1冊持っていく?」

 と経典を貰ったそうです。

 自分が唱えられなくても経典には力がありそうだと判断した兄はその日から枕元に経典を置いて寝るようになりました。実際数日間は心霊現象も起こらず安眠できたらしいです。

 しかし今朝は違いました。何かの気配を感じて目を覚ますと、自分を囲むように何体もの人影が座っています。これはまずいと思った兄は南無妙法蓮華経を唱えようとしますが声が出ません。そこで枕元に置いてある経典を取ろうと手を伸ばした瞬間、人影の1人に物凄い力で腕を掴まれて抜き差しならない状態に。間近に迫った人影の顔はどこまでも黒く表情も分かりません。しかしその顔らしき場所から声が聞こえてきたそうです。

 「南無妙法蓮華経」

 と。それはまるで嘲笑うかの様だったと言います。


 それを聞いて僕はやっと腑に落ちました。そう、あの呟いているような歌っているような不思議な男性の声。あれは読経だったのです。何のお経かまでは分かりませんが確かに何かを唱えていると言われれば納得できます。という訳で僕も唱えられていたようですが、何故かは今でも不明です。もし経典のせいだったら思いっきりとばっちりです。


 さて、信仰の欠片も無い人間がお経を唱えてもどうやら効果が発動しないどころか時には挑発行為になってしまうようなので、皆さんは安易に唱えないようにお気を付けください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る