エピローグ又は現在Ⅱ
港は大賑わいで人だかりも尋常じゃなかった。この地区の五六倍はある。ほんの少し移動するだけでも朱莉とはぐれてしまいそうで、ずっと手を握っていた。朱莉が「りんご飴食べたい」と言ったのから、僕の分と二つ買った。
今日はカラオケ大会や個人発表―というより、団体や個人の催しをステージ上で披露する、小さなライブのようなもの―があるらしい。ステージを設置していたのはそのためだったのかと気付く。てっきり、どこぞのアーティストでも招いているのかとも思ったが。
近くの防波堤で落ち着いた。人だかりは多いものの、港よりはましだ。夏は夜風が涼しい。そして今日も、あの日と同じくらい快晴で星がよく見えた。こういう状況の時、決まって話し出すのは朱莉だ。今回もまた喋り始める。
「宇宙にも寿命があるんだってね。もちろん星にも」
いきなり科学のような事を言われて、僕はどう返事をしたらよいか分からなかった。しかし、朱莉は再び話し始める。僕は黙って聞いていた。
「昔、本で読んだんだけど、赤色超巨星、だったかな。そんなのがあるんだって。今は夏だけど、冬の大三角を構成するベテルギウスっていう星があるじゃない。あれがそうらしいの。超新星爆発っていって、星が真っ赤になって爆発して無くなっちゃうんだって。この最期はどれも同じらしいんだ。ベテルギウスも、いまその段階に入ってるから赤く光ってるって…いずれは冬の大二角になっちゃうよね」
「そうなんだ…」
僕は腑抜けたように踵を返した。祭囃子はすぐそこなのに、この二人の空間だけやけに静かだった。今なら星の呼吸が聞こえるとさえ思った。空を見上げるが、ベテルギウスは無い。不思議な感じだった。あんなにも輝いていて美しく、不気味な宇宙と言う空間に存在する惑星、恒星たちに終焉があるとは。人間と同じように最期があるのだ。いま尚、光り続けている星たちも、やがて赤く染まる日が来るのだろうか。
そして何故こんな話をし出すのか大体分かっているつもりだった。やはり朱莉も寂しく思っているのだ。こうして二人居られることは確かにあるのに、その存在は曖昧だ。彼女は僕だけにしか見えていないのだから。
朱莉の家の近くに殺風景な墓場がある。石の塀も草木に巻きつかれて不気味さしかない。かろうじて枯葉は清掃されているものの、その場所自体が枯れているのだから何とも言えない。
敷地内に足を踏み入れると、背景の似合う烏が一羽居た。虫を咥えている。僕を見るなり、飛んで行ってしまった。あいつも一人なのかなと思いつつも、牧野の名字を見つける。もう覚えた場所だが、見たくないし思い出したくもない。朱莉の両親かその他の親族、若しくは友だち…数えたらきりがないが、誰かが置いたのであろ
一度、死んだと認識したら彼女は出てこなくなる。黄泉ではそういうルールというか、単に僕の幻想でそういう話を聞かされていただけか。つまり今、僕の隣に朱莉はいない。一人で墓参りに来たというわけだ。
朱莉が死んだのは八月二十四日。つまり結婚式の前日だった。飲酒運転のトラックに撥ねられたらしい。その時、僕は運転手を恨むどころか、悲しむ気力さえ無かった。全てが幻のように聞こえて耳を通さなかったからだ。死んだなんて有り得ない、朱莉は生きていると強く思っていたのだろう。その結果がこれである。死人は目には見えない。僕が朱莉と話せるのは最早、超能力だ。
通夜の時も葬式も泣けなかった。ここで泣けば朱莉が死んだことを認めているようで。必死に泣いているふりをした。恨むなら、契りを交わしたことを知らせるはずの式の前日に、朱莉の命を奪うだけに留まらず、世界中の誰かの運命をも奪い、殺している神に対してだった。実在するなら、一発は殴ってやりたいと思った。
かばんを開けて、鵜戸のあの様子を、潮の匂いを朱莉に見せた。たくさんの夏だった。僕は保冷材と共にしまっていた、あの屋台でのりんご飴を取り出し、朱莉の墓に備えた。線香に火を点けて手を合わせた。夕暮れに染まった日南(にちなん)の街並みは、お世辞にも綺麗とは言えない。朱莉に会ったのは病院が最後だった。実質、会えたのかどうかさえ定かではない。駆けつけた時には、既にこの世を去っていた。会えたとすれば、それは無残な撥ねられ方をした朱莉の抜けがらと、だった。
このかばんを見るだけであの日を思い出す。僕はりんご飴のその向こうに、十年前、あの時と同じ場所で同じようにりんご飴を食べていた朱莉に向かって言った。
「夏、持ってきたよ。朱莉」
今日は、僕が最初に口を開く番だった。昨日の夜、
立ち上がり、また思い出を作ろうと次に二人で行く場所を考えた。今度は、
墓を出ていくとき、先刻の烏が居た。番のようで、二羽で仲良く虫をついばんでいる。
かばんに夏を詰めて シマモン @ShimamonXXXX
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