第3話 縁側ごろごろ
そこの旅人さんよ。
そう、そこのあんた。
違う違うそっちじゃない、我輩はここだ。
そうそう、声をかけたのはお地蔵様の横の我輩。
なにをそんなに驚いてる。
この時代なら猫だって喋るだろう。
なに、化け猫だからって無闇に人を取って食ったりしやせんよ。
ちょいと誰かと喋りたい気分だったんだ。
なんてことは無い、我輩の昔話なんだがな。
< 縁側ごろごろ >
我輩は昔、結構名のある化け猫だった。
人の命を啜り歩き、足がつかないよう
転々と場所を変え力をつけていった。
だがな、ある日ある女と出会ったんだ。
そいつはまぁ強い陰陽師でな、我輩の力は女の足元にも及ばなかったんだよ。
あの女は消えかけの我輩に、ある取引を持ち掛けてきた。
女の遠く離れて暮らす娘を、呪いから守ってほしいというものだった。
あの時は本当に耳を疑ったなぁ。
なぜ化け猫に大切な身内の護衛を頼むのか。
我輩を娘に近づける行為こそが呪いに近いものじゃないのかと訊ねたよ。
そしたら女はばつの悪そうな顔で取引の内容を話始めた。
本来女の陰陽師は清純でなければならない。
それ故に隠し子の存在は絶対に秘密。
私が陰陽師を続けるかぎり、恨み辛み呪いに魔術などをかけられ続けられるだろう。
私自身は自分で処理できるので問題は無い。
だが、縁を辿られ力の無い娘に災いが降りかかったらそれまでだ。
人間には頼れないから、
話の分かりそうな妖怪に頼んでるんだよ。
今まで話をちゃんと聞いてくれた妖怪は、
君一匹しかいないけどね………。
女は疲れと安堵が入り混じった顔で
目前に膝まづき何か我輩に術を施した。
すると先程まで大破していた体が修復され、完全復活とまではいかないが力もある程度元に戻ったのである。
喜んだのもつかの間。
体の回復は取引の報酬で、女は我輩の意志とは関係なく強制的に取引を成立させやがった。
怒りに毛を逆立て再び女へ飛びかかるものの、弾き飛ばされてしまった。
人間と妖怪の取引は絶対的なものだ。
女が私に傷は付けられないと取引内容に組み込めば、攻撃を弾き飛ばす事も可能になる。
我輩に課せられた取引内容は、
娘をあらゆる災から守ること。
娘を傷付けないこと。
私に逆らわないこと。
普段は普通の猫として過ごすこと。
取引期間は娘が死ぬまで。
悔しいがこの女には文字通り手も足も出ない。
逃げることもままならないので、
しぶしぶ女の取引に応じた。
気が付いたら我輩は人里離れた大きな屋敷の庭にいつの間にか放り出され、
娘との生活が始まった。
その娘っていうのは遊び盛りの3歳児でよ。
毎日自慢の毛並みを揉みくちゃにされて、
逃げるようとすると泣くは怒るはで宥めるのが大変だったぜ。
食べ物で汚れた手で触ってくるわ、
尻尾引っ込抜けるかと思うくらい引っ張られるは………。
屋敷に使えてた女中も昼夜問わず遊ばせられていたなぁ。
世の母親ってのはよくあんなことを子供が一人前になるまでやってるよな。
感心するよ。
月日はたち、娘は10歳の誕生日を迎えた。
昔のように、もちゃもちゃされることは無くなったが、代わりに縁側で膝の上に乗せられることが多くなった。
優しい手で撫でられるのは………
まぁ、嫌いではなかったな。
痛くないし。
むしろ暖かくて気持ちいいくらいだ。
昼下がりの日差しのなかで、よく娘は母親からの手紙を私に読み聞かせてくれていたよ。
わたしのお父さんはね、わたしが産まれる前に悪い鬼に食べられて死んじゃったんだって。
お母さんはお父さんの仇を打つために、
鬼を倒す力を神様から授かって旅に出てるの。
娘は母親が家にいないことを寂しがってる様子はなかった。定期的に分厚い手紙が届くからだろう。
むしろ不在の母親を応援するような、健気な気持だけが伝わってくる。
一文一文丁寧に読み込む横顔を尻目に、
はやく母親と一緒に暮らせたらいいな。
なんて、人間らしいことを願ったのは
欠伸とともに忘れることにした。
***
数ヶ月たち、この頃から悪いモノの匂いが色濃く屋敷に近付いてきた。
噂であの女陰陽師が例の鬼を退治したと聞いた。
やっと夫の仇を打てたのだ。
しかし、相手が悪かった。悪すぎた。
鬼の名前は知っている。
あいつはとても残忍なやり方で、
人を食い殺すのが大好き鬼だ。
しかも怨念深く名前を聞いただけで
祟られると耳にしたことがあるほどのいわく付き。
殺される少し前に女へ憎しみを込め呪いをかけてこの世を去ったのだろう。
女はこうなる事を予想して妖怪に護衛を頼んだと、このとき理解出来た。
まったく、猫使いが荒いやつだぜ。
とにかく『それ』が来る日に備えて用心しよう。
娘を守りきれないと、今度こそ消滅してしまうからな。
ある晩、娘が寝静まったころ、
我輩はいつもはしない夜の見回りをしていた。
すぐそこに匂いが来ているのだ、
今日がその日だった。
縁側を歩いていると木の音が鼓膜を震わせ
次にガサガサと大きな動物が這い回る様な音が聞こえてくる。
猫目を効かせ姿を捉えようとじっと目を見張る。
自然と毛が逆立ち口端から鋭い牙を剥き出し臨戦態勢に入った。
しばらくして茂みの奥から躍り出で、
月明かりに照らされた奴は牛の大きさほどある鬼蜘蛛であった。
ただの鬼蜘蛛ではない鬼の怨念によって更に凶悪性を増した妖怪だ。
鬼蜘蛛は人を喰うと足が増える。
ここに来るまでに幾つもの人を殺してきたのだろう片足でもゆうに百は超えている。
さて、どうしたものか。
我輩の力は蜘蛛に通用する。確信はある。
だが我輩は今まで人の命を喰ったが、妖怪は喰ったことが無い。
それにあの量の怨念だ。喰ったところで、今度は私があの鬼蜘蛛のようになるんじゃないのか?
色々考えるところはあるが、
我輩は娘の命を守る。
自由奔放に人を怖がらせ生きてきた妖怪の心に、こんなにも優しい心が生まれるなんてな。
少し笑って我輩は蜘蛛の懐に飛び込み、猫の姿から本来の化け猫の姿へと形を戻す。
蜘蛛より少し小さいが力は私の方が格段に上だ。
千年生きた我輩が、ぽっと出の妖怪に負けるわけねぇんだよ。
すばやく蜘蛛の腹に噛み付き、一気に魂を啜り上げる。
耳を劈く様な咆哮にも似たような断末魔が大地を揺らした。
じゅるん。
最後の一滴。
蜘蛛に魂と取り付いた鬼の怨念を腹へ流し込む。
蜘蛛の死骸は土へと溶け、道中喰われた人間の髑髏だけが残った。
雲の隙間から差し込む朝日は、
とても穏やかに今日を告げたのだった。
* * *
ん? そのあとかい?
その日のうちに女が家に帰ってきてよ、
そのあとは普通に暮らしたよ女と娘、それに我輩も。
女は鬼を打ったあと力が消えたらしい。
元々、仇を打ちをするための力だからな。
神様に返したんだろ。
力が消えたなら取引は終わったんじゃないかって?
言っただろう、人間と妖怪の取引は絶対なんだって。力を失ったとかで取り下げられるもんじゃないんだよ。
まだ取引は続いてるんだぜ。
娘ももうすっかりおばあちゃんだけどな。
今は遠くで暮らしている息子が心配らしいんで、俺がちょっくら見てきてやる途中なんだ。
その休憩がてらお前とこうしてお喋りしてるわけよ。
そろそろ日が沈みそうだな。
もうお前は町に行ったほうがいいんじゃないか?
じゃあな、こんな猫の話に付き合ってくれてありがとよ。
また会ったらその時はそういう事だから、
よろしくたのむぜ。
旅人さん。
百鬼夜行 吉岡 柑奈 @0202K
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