自由身分獲得

 行動の指針が決まったことでさっそく実行に移すとしよう。まずは隷属状態から解放されなければお話にならない。くどい様だがこれは急務である。そして、私はここの住民から忌み嫌われる外来人だ。そのためあくまで人畜無害を装いながら、キャリアを積まなければならないのだ。

 ここの主、ポンティウス・ドゥカティは典型的な能ある鷹は爪を隠す型の人間で一見すると単なる昼行燈のようだが、その実は中々の切れ者であると思う。私のカンがそう告げているのだ。というのも奴は我々を弾圧したファシストに酷似しているからである。

 ドゥカティがその精悍な容貌から、計算されつくした身振り手振りを交えながら声高に演説する光景はヒットラーを連想せずにはいられない。

 この古代ギリシャ的世界は元よりここは国民皆兵の都市国家のスケールを大きくしたようなものだから、全体主義が受け入れやすい土壌があるのかもしれないな。放っておくと奴はカエサルのような僭主――共産制市民社会の最たる敵へと化けかねない。いわば私の仮想敵一号と言ったところか。

 ……と意気込んでいた矢先にそのドゥカティから思いもよらない一言が掛かった。


「シノダくん、君明日から来なくていいから」


「……はぁ? どういうことございますか」

 私は呆気に囚われて頓狂な返しをしてしまった。いけない……取り乱すな。乱心するとこの男に私の計画が見透かされる。そんな気がしてならないのだ。堂々としていればいいのだ。私はやつに対して何ら疚しいことはないのだからな。


「字面通りに受け取り給え。君は本日付で自由身分だ」


「私はまだ実地試験を受けておりません」


「君は熱心だ。講談を受け始めて半年だがもう読み書きが出来る。それでいて他の奴隷の2倍は働いている具合だ」


 ドゥカティは少し間を置いて続けた。この男は沈黙の威力を知っている。


「つまりは君のような有能な人間をいつまでも奴隷として腐らせておくのは惜しいといっているんだ」


「しかし、よろしいのですかな」


「一向に構わない。牧民官にも話を付けてある。君は今日から晴れて自由だ。いやおめでとう。だが、このままだと放逐と変わらないだろう。ほれ、祝い金だ。持っていきたまえ」


 まさに至せり尽くせりだな。この古狸は一体何を目論んでいるのか。そう勘ぐらずにはいられない。だが、早漏を除いては何事も早いに越したことはない。ありがたく受け取っておくことにしよう。


「有り難き仕合わせであります。ドゥカティ様」

 そう言って私は軽く支度を済ませてこの邸宅をあとにした。私は自分の身一つ以外何も持たない奴隷であったから支度にはそう時間は取らなかった。それよりも仕事仲間への挨拶の方が問題だ。この半年間、共に鍬を持って畑を耕した友たちに別れの言葉を告げた。


「じゃあ、先に娑婆で待っているよ」


「ああ、シノダさん。今生の別れにならないことを願うよ」


 特にグスタフなんかは私の出所を自分のことのように喜んでくれたな。私はこのクソッタレな半年間でかけがえのない友を得たようだ。


 さて、いざ自由になると何から手を付けていいのやら。ドゥカティから頂戴した手切れ金から当分の間は食うには困らないだろうが、それも限りがある。初めにすべき事は私の計画をより堅実にすることだ。この金を増やす必要がある。共産主義者が革命を起こすために資本家の真似をせねばならぬのだから何とも皮肉な物だ。

 

 ――"険しい丘を登りたければ初めは歩調を遅くせよ"焦りはこそ最大の敵なり。汝とてつまらぬことで仕損じたくは無かろうに。


 出てきたか、囁くものよ。それにまたシェイクスピアかね。随分と文学好きする翻訳機だな。これに関してはお前さんの助言に従えないぞ。


 早さ、速さ、疾さ! そう、革命とは疾風迅雷が如く疾さと激しさを以て遂行せねばならぬのだ!

 なぜなら革命とは永きに渡り堆積した物質が燃焼反応に因り刹那のうちに燃え尽きるようなものだから。長年、横暴を振るってきた権力を破壊するのは速度を持った暴力にほかならない。

 だが、お前の言うことも分からんでもない。だから私は計画を10年と見積もったのだ。

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