プロパガンダ大作戦

 来る日も来る日も畑を耕してこうして徒に時が過ぎる中で、私はこの世界の観察を怠らない。私が流された世界とはいわゆる魔法と言うものが存在する。要は資本主義が生み出した安っぽいジュブナイル小説――指輪物語の様な世界である。そのためか私が知るほとんど物理法則は通用せず、アトランティスとやらは地球とは異なる独自の自然法則で動いている。


 だが、原子論は数少ない例外だと思う。万物を構成する最小単位は原子(厳密に言うと異なる)であり、それらの電気的な結合で物質を形どっている。云わば原子論とは私とここの理を繋ぐ一本のロープなのだ。当然ながら、ここに走査型トンネル電子顕微鏡をはじめとする精密測定技術なんてものはありはしないから、これを証明する手立てはない。しかし、熱的にはエネルギー保存の法則は成り立つこと(これが揺らいだらこの宇宙が壊れてしまう!)と静電気的な力が存在することが確認されたので、このアトランティスにおいても物体は原子からなると考えてもいい。ただ、あまりにも我々の知る常識とはかけ離れた世界なので過信は禁物である。


 さて、前置きが長くなったが私が自由身分を得た後に簡易的な化学工場を作ろうと思う。この世界が原子からなるとしたらこのアトランティスは私のだ。そこから、余剰生産を拡大させ革命を遂行する市民軍の土台を作る。

 そして、次は印刷技術を編み出してここの識字率を上げる。大量の印刷物により私の思想を拡散させる。言ってしまえば簡便な政治工作だ。

 クーデターで築き上げた政権ほど脆いものはない。つまり、革命政府とは一党独裁という体を成しながら、市民の承認によって権威付けられるという矛盾を孕んでいるのだ。この二律背反は革命家にとって常に悩みの種だ。

 このことを知らないおバカさんは敵を倒したつもりでもいつの間にか自分が忌むべき敵に成り代わっている。そしてそれに気づかぬまま市民に討たれて失意のまま生を終えるのだ。その時、連中はこう思ったに違いない! 裏切られたと……。

 またもや長くなってしまったが要は根回しは大切だと私は言いたい。

 ここの冶金術は中々のものだ。活版印刷を作るのに十分であると思われる。問題は化学工場だ。農耕の為にアンモニアを作りたいが触媒を用意するのは難しいと考えるべきだ。次に用意できた所で地球と同じ条件で反応するかは分からない。試行錯誤を繰り返す必要がある。


「どうしたんだいシノダさん? 難し顔して」


 彼はグスタフ。元々は良家の子息であったそうだが、今は債務奴隷だ。私と同じく自由身分を取り戻すべく奔走している。生まれがいいだけにグスタフには教養があり、会話の中でも彼には知性を感じる。私の悩みに力になってくれるだろう。


「やぁグスタフ。このアトランティスに錬金術というものはあるかい?」


「錬金術ってアレか? 不老不死を目指したり、卑金を貴金に変えようとしたりするアレのこと? 外来人が妙なことを気にするんだな」


「ああ、その錬金術に相違ないよ」


 素晴らしいハラショー! 素晴らしい翻訳だ、囁く者よ。印欧語族と同系統の原語とはいえ私の言葉を齟齬なく異界の言語に翻訳するとは天晴としか言いようがないぞ。


「錬金術師も居ることには居るぜ。だが偏屈なじーさんらしくてな。一癖も二癖もあるあるそうだ」


「ククク……ありがとう。まだ機はありそうだ」


「まず自由身分を得ることが先決だな。向こうも奴隷なんて相手にしないだろうよ」


「君に言われるまでもないさ」


 唯物論を至上とする共産主義者としてはオカルトなんて論外である。しかし、錬金術は魔術的なものと混同されがちだが実は違う。まぁ……魔法の存在する世界でこんなことを言っても説得力はないがな。

 とにかく化学の盤石を作ったのは錬金術だ。そこの設備や文献をを借りれたら私の計画も多少は現実味を帯びる。

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