革命家は転んでもただでは起きない
――1――
――ポンティウス・ドゥカティの使用人の回想
光陰というものは残酷で、あの奇妙な外来人が奴隷としてここに来てから早半年になる。元来ならば外来人など即刻処刑すべきなのだが奴が漂着したのは国王陛下戴冠20周年式典の日だ。そのため外来人には恩赦が下り自由身分剥奪の刑で済んだ。
私の経験ではここで働く奴隷という物は半年もすると生気が失せる。希望という物の一切合切が彼方に消えてしまうのだ。しかし……奴はなんだ。瞳の奥に異様なまでも輝きを秘めている。そして、その光が落とす影は私に何かを示唆させるのだ。朽ち果てた躯と区別もつかぬあの痩せた四肢のどこからあの生命力が湧き出るというのか。
奴隷が自由身分に戻れる方法は二つ。一方は主人に気に入られることだ。他方は高い教養を身に着けることだ。前者に関しては女ならまだしも男の奴隷は男色趣味の主人にかわいがられることを意味する。私なら御免だ。
さて右に述べた教養について説明すると、アトランティス王国では奴隷にもある一定の教育を受ける権利という物があるのだ。そこで週末になると奴隷たちは官庁に集まってアトランティスの歴史や簡単な文法などを習うことになる。そして学力がある一定の水準に達し、主人の命を受けて実地試験を受ける。そして試験に通ると晴れて隷属状態から解放される訳だ。いわば、飴と鞭の飴に当たる政策である。こうして適当な餌をぶら下げて奴隷の士気を保つことが目的である。だがこの一定の水準という物が大変あいまいで結局は主人と試験官によるところが大きい。
それに奴隷から解放されたところで待ち受けるのは自由身分の最底辺である。仕事にありつけなければ食いはぐれて飢え死にするのがいいところだ。それにわが主、ドゥカティ様のように大きな家に奉仕する奴隷は食い扶持に困ることはない。下手な自由市民よりもいい生活が送れる場合もある。多くのものはそのような現実を直視して自由を取り戻すこと諦めてしまう。そして、思考を停止してただ畑を耕すだけの機械になり果てるのだ。
だが、あのシノダという男は違った。馬車馬のごとく鞭うたれても、外来人ゆえに蛇蝎のごとく嫌われ罵られようと奴は決して絶望の淵には立たなかった。熱心に講談を受けて寝る間も惜しんで勉学に励んでいた。それなのに昼間にはあくび一つせずに畑を耕している。他の奴隷もいついつの間にかそんなシノダの姿勢に感化され一抹の希望を抱くようになっていた。
嫌な予感がする。この異邦の無頼は何か他者を巻き込む魅力という物を有しているらしい。それが予言にあるように大きな災いをもたらすような気がしてならないのだ。私の杞憂であることを祈るばかりだ。
――2――
労働のあとの食事は格別にうまい。奴隷として憎きブルジョアにこき使われることになったがこれはまたとない好機かもしれない。革命を必要とする人間の側に立つことができるのだからな。ソヴィエトを懐かしむ者はおつむが足りない。ソヴィエト崩壊を悲しまないものには心がない。
うむ、至言だ。
我が心の祖国は初志こそは立派であったがいつしかそれを忘れていたのだ。共産主義を唱えながらも衛星国に対しては帝国主義的な搾取を行っていたのだからな。その点は偉大な先達、カストロ議長の言うとおりだ。私は断じて同じ轍を踏まないぞ。真の社会主義の実現の為に隣人を労わること片時も忘れない。自称神の子なんて糞くらえと思っているが隣人愛は大切だ。
アトランティスという名前から薄々感づいていたがこの世界は古代ギリシア的だ。原語や文化に関してもそうだ。まさか、大学でギリシア語に不真面目であったことを後悔する日が来るとはな。だが、私は右も左も分からないのに何故かここの住民とはコミュニケーションが成立する。この疑問も直ぐに解消されることになる。奴隷生活に入ってから私の頭の中で何者かが囁くのだ。
初めはついに私は気が狂ったのかとも思った。しかし、冷静になって考えてみるとこいつは確かに実在するのだ。そしてこの何者かが私にとっての翻訳者であると仮定すれば何かと説明がつくことが多い。ただ困ったことにこちらが呼んでも無いのに勝手に声を出すときがある。
「”己に対して誠実であれ” 人の生は短し。己が成すべきことを成せ」
奴は繰り返しそう囁く。
シェイクスピアを引用するとは随分と粋な翻訳機だ。だがお前に言われるまでもないぞ。私はここで革命を起こす。そのためには最低でも10年は要するな。まずは自由身分を得ることからだ。
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