今昔内ゲバ物語

「だから、ここはアトランティスでアンタは外来人……よーするに何かの弾みでここに飛ばされた人ダヨ。分かってくれたかい?」


「ああ、何とか飲み込めたよ」


 初めは半信半疑であったが次第に状況が掴めた様である。

 シノダは死後、得体の知れない世界に流れ着いたのだ。今際の記憶もはっきりしている。


 しかし、こうして死んだはずの自分がここに居るのである。信じないわけにはいかない。

 唯物論者であるシノダは自分の意識が量子的な挙動をしてこのアトランティスとやらに飛ばされたのだと仮定して無理に自分を納得させている。そうでもしないと正気が保てそうにないからだ。


 だが、狂気に揺られようと一度死んだくらいではこの男の中に燃ゆる情熱は消えはしない。


「ククク、これは願ってもない好機だ。私はもう一度夢を追うことができる」


「御満悦の所悪いんだけどさぁ。アンタら外来人は原則として見つかったら法廷で死刑だよ」


 瀕死のシノダを介抱した村の少年トリオ。三男坊だからトリオとのことらしい。


「ほう……」


「随分と冷静ダネ……まぁいいや。外来人は異界から災いを持ち運んで来るんだとサ。だからお偉いさんはアンタらを消したがってんだ」


「なら何故私を助けたんだ? 君の身まで危険になるぞ」


「異邦人のおっさんであろうと命であることには変わりはねぇさ。人が殺されるザマなんてそうむざむざと見たかねーよ」


「見事な心掛けだよ。少年」


 成程、この少年はシノダのいた世界では競争の果に忘却の彼方に消えようとしている優しさや思いやりという物を持っていた。


 シノダはこの触れ合いからある種の希望を見出そうとしていた。


 今度、自分が生まれ落ちた人間じんかんとは前世とは打って変わって温もりに満ちた社会があるのではないのかという希望。


 それこそ自分が革命を起こすまでもなく既にその営みの中にヒトの幸せがあるのだという一抹の希望。


 思えばシノダは絶え間ない戦いに疲れていたのかも知れない。

 もし右のような理想郷があるのなら今度の生は闘争ではなく安寧の中で汗と共に労働の素晴らしさを謳歌しながら静かに暮らすのも悪くないとも考えていた。


 しかし、現実とは常に理想と相容れないものだ。先程のトリオの話の中にもシノダにとっての敵である階級社会が既に見え隠れしている。

 この無担保で余りにも身勝手な期待に過ぎない望みは直ちに裏切られる事になる。


「警察だ!」

「外来人を匿っているとの通報を受けて参った」

「抵抗しても無駄だぞ。三人に勝てるはずが無いだろ!」


「クソッ密告か……」


 因果応報とも言うべきかな。タレコミによる内部ゲバルトなど東西問わず何処の共産党でも日常茶飯事であった。


「さて、その外来人の身柄を引き渡して貰おうか」


「待ってくれ! このおっさんはまだ何もしていないじゃナイカ」


「坊主、これ以上コイツを庇うようならお前も同罪だぞ」


 この無垢な少年の悲痛な叫びは権力の晒すエゴによって打ち消される。


「連中の言う通りさ。君は自分の事だけを考えていなさい。ほら、どこへでも連れて行け。私は逃げも隠れもしない」


 ………………

 ………………

 やはりどこも変わらない。人は自己保身のためにその利潤を最大化させようとする。

 そしてその過程でいとも簡単に他者を傷付けてしまう。

 その果は階層化された権力構造による弱者からの搾取だ。


「偉大なるアトランティス三世の御名においてこれより貴様を裁判にかける。まぁ、結果など目に見えているがな」


 そして王権などはその最たる例だ。

 打倒すべきブルジョアはある。やはりここにも革命は必要だ。

 これからは私、篠田玲人の物語だ。

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