時計は文明開化の一歩だと思うんですよ。どうせ異世界なら一日三十時間ぐらいあっても良いと思うけど。

 国都到着三日目。前のように朝早くに起きた私は、寝起きの用事を済ませると一階に降りて朝食をとった。

 宿の亭主からは例のごとく生存を喜ばれたが、まぁ日が立てば向こうも慣れてくれるだろう。

 朝食を取った後もしばらくその場で飲み物などを飲んで暇を潰し、時間が来たのを見はからって私は宿屋を出た。


 そういえば旅途中に見つけた驚きポイントの一つなのだが、この世界には実は普通に時計というものが作られていたのだ。いや中世(?)の技術力なんて詳しくは知らないから、驚くべきことなのかどうなのかよく分かんないんだけどさ。

 ともかく時計というものはこの世界に普通に存在する。と言っても普及しているかと言われると微妙で、村とかには基本無い。街といえるレベルになって初めてその存在が確認できる。

 この言葉からも分かる通り時計は高級品で、貴族などの金持ちでも無ければ宿屋に置かれてるのぐらいしか見たことがない。ちなみに時計の無い村の宿屋では、基本的に村に一つはある日時計の近くに宿屋を置くことで対策している。曇った日は見れないが、この世界において雨が降りそうな時に時間を気にするような活動を行うことは少ない。傘はあるから村や街の中での行動はするが、狩りなど外でやることは雨と致命的に相性が悪いのだ。


 デジタルが無いのは当たり前としても、科学技術に慣れ親しんでしまった一般人としては、時計のある生活というのはそれだけで幸せなものがある。何と言ってもあの村では日々の生活リズムを整えることで、他者との時間間隔を合わせていたりなどしていたのだ。

 人間生活リズムが整えば朝起きる時間はほぼ一緒だし、その後の行動も整えればほぼ同じような時間経過を送る。それを一つの共同体でやれば、ある程度だが他者と時間感覚を共有することができる。ま、最悪日時計の一つあればもう少し効率よくできるんだけど。私の家からは遠かったからね。


 などと思い出に浸っていると、気づいたら目的の建物に到着していた。

 それもそのはずで、私が目指していたのは宿屋から近い冒険者ギルド。そう。今日は見習いだから正式ではないとはいえ、私の初めての冒険者のとしての活動日。意気込む私の首元には、先日までは無かったドッグタグが下がっている。

 これから一ヶ月ほどは先輩冒険者と活動し、その活動内容によって正式に冒険者になれるかが決まる大事な期間。いわば採用試験的なもの。一度なってしまえばこっちのものだが、逆に言えばそれまでは気が抜けない。

 ついでにちょっとした別の目的もあるし、しばらくは忙しいことになりそうだ。


 そんなことを考えながらギルドの扉を開いて、辺りを見まわす。

 時刻は八時四十七分。昨日言い渡された集合時間は九時なので、この時間に訪れたのは十分前集合にさらにそれに遅れまいとする私の性分によるものだ。普段はこんな感覚で待ち合わせに向かって問題は無かったのだが、今回は失敗した。辺りを観察していた私は、目当ての人物…昨日私と金髪ロールに突っかかってきた中年男を見つけてしまった。

 こういった場合はむしろ早すぎるぐらいに行って先輩を待つべきだったか。前世の部活はゆるい文化系を意図的に選んだせいで、いまいち感覚が掴めない。しまったな。こんなことになるんだったら運動系のノリをもうちょっと研究するべきだった。

 ちょっとだけ後悔しながら中年男の元に向かう。


「すみませんローレンスさん。待たせてしまいました」


 とりあえず先輩より遅れてしまったことに頭を下げる。基本的に丁寧に頭を下げられて悪い気分がする人間はいない。しかしだからといって頭を下げればいいや、という思考に陥ってしまうのは危ないので注意が必要だ。


「あ?いや、大丈夫だぞ。俺も今来たところだから」


 今来たところだ、だと?しまった。こんなにも分かりやすい配慮をされてしまうとは。私もまだまだだな。


「いえ、次からは先輩を待たせるようなことはしません」


 不断の覚悟をもって告げる。次は何分前に訪れるべきか。中年男は今来たところなんて言ったが、実際のところは分からない。三十分前ぐらいだと大丈夫だとは思うが、一度一時間前に訪れて中年男が来る時間を確かめるべきか。

 …あ、そういえば昨日知った話なのだが、この中年男の名前はアクダカ=ローレンスというらしい。だが心の中では相変わらず中年男で通す。なぜかって?名前よりそっちのほうが分かりやすいからだ。


 前世からそうだったのだが、私は人の名前と顔を覚えるのが苦手だ。以外に思われるかもしれないが、元より何か五感が鈍い、というか質が悪くて、絵画も料理も音楽も優劣がいまいち分からないバカ眼バカ舌バカ耳の三バカが揃っていた。視力自体は良いんだけど、いまいちモノの良し悪しが分からないのだ。さすがに上手い下手ぐらいは分かるけど。

 そんな感じで人の顔だって前時代のゲーム的な顔面まるごとパーツ分けされた、何種類かの顔をベースにちょっと特徴を強くするか弱くするかの違いしか分からない。同じようなパーツ構成に口調だったら誰が誰か分からなくなるのだ。

 そのため前世では学校の係とかで覚えてたんだけど、そんなことをしてたら良く○○さんの係とか覚えてるね、と言われたことがある。人間何が得するか本当に分からない。


 話が逸れてしまったな。

 私の言葉に何故かとても意外そうな顔をしている中年男を放っておいて、中年男の向かい側の席に座る。身長的にこれだけの動作も難しい上、座っても足がプランプランなるってんだから、早く成長したいものだ。


「何か頼むか?」


 席に座った私を見て、中年男が告げる。机の上を確認すると、中年男がコーヒーカップと…ん?なぜだか私の前と隣に既に空のカップが置かれてる。誰かと会っていたのか?

 とりあえず大丈夫です、と言って注文はしないでおく。貧乏だからね、こんなところで浪費する暇は無い。

 時間をちらりと確認する。当たり前だが到着してからまだ二、三分しか進んでいない。何か話題はないかと口元に手をあて、一つ思いつく。


「まだ予定には少し時間がありますし、契約の再確認でもしますか?」

「ん、ああ、そうだな」


 私の発言に、向かい側で暇そうにしていた中年男も頷く。

 背負っていたバックパックから、私は一枚の紙を取り出した。


「一応昨日決めたことを書いておきました」

「用意が良いな」


 本当は荷物になるから嫌だったのだが、さすがに紙一枚でそこまで文句を言うことはない。

 私が取り出した紙には、次のような事が書かれていた。


『一、クエストの達成報酬は人数分で割って各自均等に受け取る。余りが出た場合はアクダカ=ローレンスが受け取るものとする。

 二、アクダカ=ローレンスを先輩とし尊重し、クエスト時などの行動においては従うが、無茶な指示や、クエスト外においてはその限りではない。

 三、年齢に関係なく冒険者の資質に対して正当な評価を行う。

 四、互いに属性や戦い方の情報は極力伏せる。』


 他にも細々としたものはあるが、重要なのはここらへんだろう。

 読み切った中年男は、一つ息を吐いて呟いた。


「お付き冒険者に対してと考えたら、随分と見習い側によった契約だな」


 横暴な言い方だが、確かに彼の言うとおりだった。

 いくら虚偽報告は禁止されてるとはいえ、評価をダシに見習いをパシる行為などはよく行われている。断れば先輩に対する態度がなってないとか、協調性に問題有りと書かれるのだ。新人いびりも大概にしろと言いたいが、冒険者なんて職業の人間にそこまで求めてはいけない。

 半ば冗談的な部分もあるし、今我慢すれば将来同じような立場になれるのだ。しかし私としては権力を振るうことすら面倒だし、振るわれて新入社員のご機嫌取りみたいなことだって面倒くさい。いや最低限はやるけど、新人カンパで一発芸とか一気飲みとかを強要されるのは避けたい。特に後者は子供だから本当に死にかね…いやないか。むしろまともな人間より酒には強そう。

 ともかく私としては日々平穏に任務を達成して日銭を稼げれば良いのだ。一つ目はギルドの慣例として先輩冒険者は多く受け取るのだが、むしれるところはむしりたい。四つ目は…ね、少し察して欲しいというかなんというか。


「お願いできませんかね?」


 色々言いたいことが無いわけではないが、私は若干渋る中年男に頭を下げる。

 すると露骨に中年男は怯んだ声を上げた。まぁ向こうからしたらむしろ本来命令される立場なのだ。年の差とか関係無く、むしろ年が離れてるからこそ、ちゃんとした取引きの元行われた決闘の結果に文句を言うことはできない。露骨にこっちの言いなりになるような条件なら逆ギレすることもできるが、あくまでこっちが有利程度の条件なのだから。


「いや、約束は約束だからな。別に金に切羽詰まってるってわけじゃないし、構わねぇよ」


 目論見通りに中年男は条件を認める。思わず笑いたくなるのを堪える。どこかの死のノートの持ち主みたいな気分だ。

 その後も詳細についてあれこれ話すが、すぐに話すことも無くなって互いに暇になる。大体のことは昨日の内に話ていたからね。

 そのまま互いに話すこともなく待って…待ち続ける。うん。時計を見るとすでに九時二十分前だ。


「…遅いですね」

「こんなもんだよ」


 慣れてると言わんばかりに告げる中年男。結局ギルドの扉が勢い良く開かれたのは、九時半を回った後だった。

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