中年男の独白 一

 冒険者には二種類の人間がいると常々男は思っていた。

 一つは文字通り各地を冒険したり、地元で有名になるために数々の依頼をこなしていく積極的冒険者。

 そしてもう一つは、あくまで金を稼ぐ仕事として冒険者をしている人間。


 男は圧倒的に後者の人間であり、その日の酒を仲間とかっくらい、若い衆が日々成長していくのを見るのが何よりもの楽しみな、一見すると好々爺とも思える人間である。

 そんな人間にしてみれば、その仕事は都合の良い給金稼ぎの一つだった。

 その仕事、はこの時期になるとよく入り、男は専門とまでは言わないものの、長年その仕事を成功させてきた熟練者である。


 今回は背景事情が少し特殊とはいえ、対象を考えれば普段より楽とも思えるぐらいだった。それに比べて実入りは普段よりも格段に良い。

 男がギルドのカウンター近くの席に座っていると、想定通りにギルドの扉が開かれ一人の少女が入ってきた。

 金髪ロールの見目麗しい女の子。多少服装は考えたらしいが、仮にもプロの冒険者としては笑ってしまいそうなものだった。

 少女が入る事前に、少年が一人入り込んでいたが、なに構うことはない。


 カウンターでのやり取りは少女の声を除けばあまり聞き取れなかったが、様子を見ていればだいたいの事情は分かる。

 男は様子を見計らって、声を出すと共にわざと音を立てて立ち上がった。


 ―――男、ルプスからは中年男と揶揄される冒険者は、俗に辞めさせ屋と呼ばれてる種類の人間だった。

 と言っても辞めさせ屋は職業ではない。とある特別なクエストを受けた冒険者がそう呼ばれているだけである。


 その仕事は名前の通り、ギルドに入ろうとする人間を留めるのが仕事だ。

 別に嫌がらせ目的ではない。基本的にその依頼を出すのは、冒険者になろうとする家族の人間だ。

 ルプスは知る由もなかったが、本や何かの影響を受けた子供が、冒険者になろうとする例はかなり多いのだ。特に貴族層では、厳しいしつけや学業に嫌気が差し、裕福層であるが故に所持している冒険譚の本を見て憧れるという事例が。

 一部では冒険病などとも揶揄されるこの出来事は、もちろん貴族の家族としては到底認められるものではない。なのでそう言った兆しを見せる子供がいる家族は、冒険者に秘密裏に依頼を出し、もし自分の子供が冒険者になろうとしたときに引き止るようにするのだ。

 とある有名な冒険者の伝説から、大体は十歳の年に冒険者になろうとする子供が多い。そんな事情もあって、新年明けには無謀な子供たちを金をもらって引かせるのは、ギルドの恒例行事と言っても過言ではない。そしてこのギルドで長らくその役目を担ってきた男にとっては、もはや日常の一部となっている程だ。


 そもそも冒険者としても、命知らずの子供は面倒極まりないものとして認知されている。特に英雄願望を持って、自分を物語の勇者だとか思ってる連中は手に負えない。貴族はその有用性から剣術や魔術を習ってるものも多く、周りの一般人とは違うという貴族しての観念もそれに拍車をかけている。

 習い事の剣術魔術だけでは通用しないと諦めるのはまだマシ。血を見た途端に怯えるのだって、その後大人しければまだ良い。しかし何かあった途端家柄を持ち出すガキは手に負えない。何のためにギルドが冒険者に過去を求めないのか全く分かっていない。それは決して下のものの救済だけでなく、上のものの頭を抑えるためにも機能しているのだ。


 さらに不運なことに、見習いに付く冒険者は見習いの生還をギルドから厳命されている。これは見習いはあくまでギルド員ではなく、預かりものの逸般人とされているのが大きい。逸般人と変わりない見習い一人守れないようでは、冒険者としてのはイメージが悪くなる。誰しも自分の身を守る者には質を求めるのだ。

 まだ成人前後の人間、せて十五を超えてる人間であれば自業自得と言えるのだが、子供を守れなかった場合は最悪だ。それが貴族様の子供ともなれば、誰もがお守りを拒否するのも仕方ないと言える。


 そんな事情から、男としてはほぼ善行をやっているぐらいの気分でこの仕事をしている。子供たちだって、数年待てば認める人間も出てこよう。冒険者の位階というのは貴族にとってもステータスとなり得る。短い間なら冒険者活動を認める貴族もいるだろう。

 男はいつも通りに仕事を遂行しようとする。今日の目標は金髪ロールの少女。…だがその時男は懐が暖かいせいか、普段だったらやるかやらないか微妙なラインのお節介をすることにした。


「おうおう元気な嬢ちゃん達が来たもんじゃねぇか!」


 達、そう。元の依頼には無関係な少年もまとめて辞めさせようとしたのだ。

 カウンターの話を聞いていなかった男は、服装こそそれっぽくても、ルプスのことをどこかのボンボンだろうと考えていたのだ。

 他の街ならばいざしらず、国都において両親がいるのに子供が働かないといけない環境というのは、貴族以外でも稀だった。親無し子という可能性もあるが、それにしてはルプスの見た目は綺麗過ぎる。容姿という意味ではなく、単純な汚れという意味合いで。

 何より若すぎたのも原因だ。恐らく流石にあの年の子供が行くとは思わず、親も見逃してしまったのだろう。以前同じようなことがあった男は、ルプスを見てそう判断した。

 それにもし事情があるにしても、あんな年のガキを抱え込むなど絶対に許容できない。


 ともかく幼すぎて、まともに交渉できるかも分からない少年をおいて、男は少女と会話を始める。

 とは言っても、本当にそれが会話なのやら。男は事前に少女の性格を熟知しており、今までのノウハウもある。これは少女の周りの人間から聞いたというのもあるし、そもこの国都の人間であれば、彼女の話を知らない人間のほうが稀なのだ。


 男は言葉巧み、と言っては商人と詐欺師に怒られてしまいそうな幼稚な誘導で、少女を上手く引きずり出すことに成功する。後は難癖を付けて決闘地味た対決をして、敗北感や絶望感というやつを与えれば仕事終了だ。

 プライドの高い貴族は八割方それで諦める。高すぎて再度挑んでくる輩も、一日二日の付け焼き刃で負けるほど男もやわじゃなく、いずれ諦める。それでも諦めないような奴ならば、いずれちゃんとした実力を持って挑んできてくれるだろう。

 経験上すぐに決闘を持ちかけても良かったのだが、イレギュラーの少年を考えて一度見に入ることにした。男が恐れたのはイレギュラーの実力でなく、下手して怪我をさせないレベルを見誤ることだったが。




 体よく冒険者ギルド裏の広場に出て、新人共に剣を振るわせる。

 それらの面倒はお付きの冒険者達に任せている。彼らも長い付き合いで、男がすることを熟知していたので、文句を言うこともなく新人たちの面倒を見てくれる。


 ちなみにこの世界で稽古を付けてもらうというのは、かなり珍しい体験だ。貴族などであればともかく、一般市民にとってはそうそうできるものではない。

 理由は単純で、二属と六属。これだけでも世界には十二種類の戦士がいると言うのに、それに六属が二種類以上ある人間も合わせれば、己のスタイルに合った先輩を見つけるが至難を極める。

 ギルドという性質上完全に抑えることはできないが、人の属性とは重要な秘密事項でもある。まだ本当に冒険者になれるかも分からない見習いが知れるのは、お付きの冒険者の属性ぐらい。下手に人に聞くというのも失礼に当たるため、見習いには他者の属性を知ることは難しい。


 この事情は男にとってとても都合の良いものだった。自分から新人たちに教えなければ、何属性か分からない自分に稽古を教わりに来る新人はいない。さらにいきなり巻き込まれた新人たちも、貴重な体験として積極的に挑み、ついでに見習い以前子供など、訓練の邪魔者として勝手に避けてくれる。結果例の子供は必然的に二人で稽古をし合う事になる。


 絶妙な位置で二人の稽古を眺めていた男は、問題なしと判断した。少女の方は話にならないし、それに返せない少年の方も、そうと分かった時点で男に問題は無くなった。返せないということは守護系の属性ではないのだろう。ならば問題ない。


 男は新人たちの間をわざと複雑に潜り抜けると、子供たちの前に姿を現す。

 ちょうど二人はなにやら揉めていた。どうやら少年の方が少女の攻撃を受け止めきれず、それに少女が文句を言っているらしい。そりゃ攻撃力だけ見れば少女は悪いものではない。土属性でもなさ気なのに、少年はむしろよく耐えたと思うほどだ。もしくは少女の攻撃が見かけより弱いのか。

 何にしても怒っているのは話をする時には都合がいい。感情が分かりやすいから、言葉を操るのも簡単になる。

 事態を考えて、煽る為にはちょっとウザめが良いかなと、演じる役割を想定する。


「はっはっは!その腕で冒険者になろうとしてたのか嬢ちゃん達!」


 とりあえず一言目から煽る。

 世間知らずな坊っちゃん嬢ちゃんは大体この一言で簡単に釣れてくれるからな。全く分かりやすくて助かる。


「どうよ!見事なものでしょ!そこらの新人には負けないわ!」


 …訂正、分からない人間もいるらしい。

 こんな人間が見習いとはいえ冒険者に?全くもって堪ったものではない。


「ははははは!本気で言ってるのかい嬢ちゃん?」


 今度はもう少し語調を呆れさせた感じで放つ。自分の心に正直に吐き出しただけなので、簡単に声が出せた。


「何よ!何が言いたいのよ!」


 やっと気づいてくれた。と言うか移り身が早いな。


「そんな剣じゃここのどこにいる新人にも殺られるって簡単な話だよ。冒険者になろうとしても魔物兎に殺されるのが落ちだぜ」


 食いついてくれたので言葉の方も分かりやすく挑発の言葉に。ちなみに魔物兎という言葉は、見習いが陥りやすい失敗を揶揄した煽り言葉みたいなものだ。


「な、なに!私が兎に負けるっていうの!!」


 案の定、だ。

 少女は顔を真っ赤にして、怒り狂っているのを体現するように木剣を振るう。あまりに都合が良さ過ぎて逆に心配になる。

 ここまで来たら後はこっちが背を押すだけでいい。


「怒るな怒るな。そんなに言うなら試してみるかい?」


 一応理性で押しとどめていた攻撃を、先輩からの申し出という大義名分で補ってやる。

 基本的に男の仕事相手になる子供は自意識が高い。先輩な上に相手から申し出された誘いにあっさりと乗ってきてくれる。


「いい度胸じゃない!受けて立つわ!」


 ニヤリ、と笑いたい気分を抑えず、むしろ盛大に笑ってやる。


「ははは!聞いたな皆!」


 ついでに周りに確認。

 全く引き際の見極めも冒険者には肝心だというのに。これではやはり見習いにもさせられない。


「ルールはこうしよう。今から訓練時間一杯まで俺と嬢ちゃん達で打ち合いをする。もし一回でも俺に剣を当てれたら、俺からギルドに嬢ちゃん達が見習いになれるよう口添えしてやろう。だが負けたら今後冒険者になろうとしない。どうだ?」


 少女の事情も相まって少し吹っかけた条件だが、彼女の性格を考えればきっと乗ってくれるだろう。


「上等じゃない!」


 ほら、即答だ。

 何事も順調に行って万事快調。我ながらスムーズな流れすぎて恐れ入るぜ全く。これであの額なら安いもんよ。

 そうやって男が自画自賛していると、予想していなかったところから横槍が入った。


「俺もですか?」


 それは今まで目立たなかった少年の言葉。というよりも、男は初めて少年の声を聞いた気がする。

 ここでそう聞かれるのは想定外だったが、まぁ別に彼に対しても適当に言ってやればいいだろう。もちろん追い払った暁には、彼の両親にふっかけるつもりだが、それでも金になるのか微妙な片手間作業なのだ。


「そうだが?なんだ?怖気づいたのかい?」


 例のごとく、こう言ってやればこの年頃の連中は大抵引っかかる。


「ふん!一人で十分よ!」


 しかし返答が帰ってきたのはなぜか少女の方からだった。

 そちらは置いといて、男は少年の方を見る。すると少年は悩んでるのか、かなり嫌そうな顔している。

 まぁ少女用に条件もかなり厳しいし、少し冷静な人間だったらそんな反応をするだろう。年は少女より若そうだが、物事を考える頭は少女よりありそうな少年の評価を上げておく。

 だがもしこれで拒んでも、少女との対決が終わった後、年上の少女でも無理だったんだから諦めろ。とか、他にもあの時戦えない男はギルドには入れられない、などと言ってなんとなしに追い返すことができる。この二重の罠までは読めていまい。

 やがて少年は深々と、子供がするものかと思えるため息を吐くと、無理やり絞り出したような声を発した。


「分かりました。だけど一つ条件を加えてください」

「ん?なんだ?」


 さすがにルールに訂正を入れるか?と男が訝しんでいると、少年は思いもよらない事を告げてきた。


「僕達が勝ったら、一つだけ僕達の言うことを聞いてください」


 …正直落胆した。

 少しは考えれる人間かと思っていたが、こいつもただの自信家のガキだったのかと。


「ははは!随分勝ち気な条件だな!いいねぇ。若いってのは勇敢で!いいぜ。その条件でやろう」


 だがそんな感情はおくびにも出さず、あくまで嫌味で厄介な悪い先輩冒険者として振る舞う。

 少年は一瞬だけ少女に近づいたかと思うと、前衛に出て木剣を構えた。

 事前の切り合いから守護系ではないと考えていたが、前衛に出て先に戦うのか?少女より強いとは思えないが、何かの作戦だろうか。何か耳打ちしていたし、無策だとは思えない…。

 その時男は、自分がただのガキ相手に作戦を考えていた事実に気づいた。


(何考えてるんだか俺は)


 こんなガキをどうして恐れるか。いつもやってきたように真正面から叩き伏せるだけだ。

 男は口元にわざと笑みを浮かべると、木剣をいつものスタイルで構える。


「それじゃあ始めようか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る