利用者は利用される!?…なんだか普通のタイトルっぽいな。

 突如現れた女の子…ここでは仮に金髪ロールとしよう。金髪ロールは周りの何だコイツ的な目線を一切気にせず、一直線にカウンター…つまり私の方に歩いてきた。

 というかコイツ他人から見られることを喜んでないか?いや重要なのはそこではない。こちらに向かって堂々と歩いて来ている金髪ロール。先程のなんたらの一歩という言葉。総合的に考えると、こいつは今から冒険者登録を行うらしい。というかそれが分からないやつはバカだ。目の前の金髪ロールみたいな。

 どう考えても面倒なことにしかならない。さっきまで私と話してたカウンターの女性なんて顔をしかめるどころか、完全に人相が変わるレベルで嫌そうな顔をしちゃってるよ。

 金髪ロールは女性の顔が見えてるのやら見えてないのやら。カウンターまで歩いてくると、私を若干押しのけてカウンターに手のひらを叩きつけた。


「冒険者登録をしに来たわ!」


 …先程まで冒険者登録を頑なにしなかった女性に、かなりイラついた気持ちを抱いていたが訂正しよう。確かにこれは採用したくない。


「ええと…お嬢さん、年はいくつ?」

「八歳よ!そんなことは良いから早く登録しなさい」


 八…ってことは私より二つ上なのかな?誕生日が分からないから正確には分からないけど。


「八歳ですか。その年齢では、ちょっとぉ…」

「何よ!何が悪いのよ!私が言っているのよ。早く登録なさい!」


 確信を持って言おう。こいつはヤバイやつだ。

 名目上とはいえ過去の通用しないギルドに対して、私が言ってるとか言っちゃってる。それこそさっきの女性の言ではないが、何の本に影響されたか知らんが早く家に帰って欲しい。

 先程は私を相手に困らせるほど言葉巧みだった女性だが、金髪ロール相手には焦った顔で対応に困っている。そうだろうそうだろう。私や彼女みたいに口八丁で生きていく人間にとって、言葉の通じない相手というのは鬼門なのだ。全くもってあの連中は度し難い。交渉という言葉がヤダという感情的に過ぎる二文字で水泡に帰すのだ。


「え、えーと…そうだ。私今そっちの坊っちゃんの相手をしていたのよ。だからお嬢ちゃんの番はまだ後なの。ちょっと待ってくれる」


 手に困った女性がこっちにふってくる。確かに間違いではないのだがどうだろうか?

 もしかしたらこれは好機なのかもしれない。彼女が採用されれば私だって通りやすいだろう。たぶん目の前の彼女なら面倒くさくなって通してくれる。

 そんな算段を頭の中で立てていると、金髪ロールがこちらを向いていた。


「そうなの?」

「ええ。まぁ確かに貴女より先に私がやっていましたね」


 昔は女っぽいと不評だった敬語だが、ツッコンで来る相手がいないので村から出た後は時と場合によって使っている。アクセントがおかしいのは自分でも分かってるのだが、たぶん不慣れな敬語程度の認識をされているのだろう。

 少女の質問に応えながら、頭のなかではこの先どうするかを悩んでいると…。


「そう。なら譲りなさい」

「…はい?」


 思わず考えるより先に言葉が出てしまった。


「何よ。不満なの?」

「え、いやだって私が先にやってたって…」

「さっきそう言わなかった方が悪いのよ。それに今は私がやってるの。だから貴女は後でなさい。私は一秒でも早く冒険者になりたいのよ」


 な、なんなんだコイツは!?

 思わず理性を捨てて首刈りという言葉が浮かびそうになるが、その他もろもろの感情含めて唾と一緒に飲み込む。

 落ち着けー落ち着けー私。クールだ。クールになるんだ。急いでないわけでは無いが、金髪ロールの番を待つぐらいはできる。


「そ、そうですね。仕方ないですね。どうぞお先に」


 精一杯の営業スマイルを浮かべて少女に先を促す。


「ふん!当たり前よ!」


 こいつホントどうしてくれようか。

 いやいや落ち着けよ。私何歳だ。こんな子供に怒ってどうする。


「それで!早く登録を済ませてくれないかしら!」

「い、いえ、ですからお嬢様のお年が…」

「何よ!八歳だと何が悪いっていうの!」


 再び口論とも言えない罵り合いに近いものを繰り広げる二人。タイミングだと思って私は横から告げる。


「いや、冒険者になるのに年齢は関係ないですよ」


 その私の言葉に、裏切られたとでも言いたげな絶望した顔で見下ろしてくる女性。いや、元から味方じゃないからね?


「ほら。そこのもそう言ってるじゃない。登録なさいよ」

「い、いえ、ですが…」


 個人的にはこれで詰みかと思っていたのだが、さらに渋る女性。

 おかしいな。さっきまで話してた感触だとここまで押されたら認めると思ったんだけど。長らく人心掌握をしてなかったせいで私の目にも狂いが出たかな?

 よくよく見てみれば、女性の対応は先程の私と違って必死の説得みたいな面が出始めてる。面倒だから流すって感じではないな。そう思ってるんだったらもう認めてる。何か理由があるのか?

 私が訝しげに二人の様子を見ていると、突然背後の机の方から誰かが勢い良く立ち上がる音が聞こえてきた。


「おうおう元気な嬢ちゃん達が来たもんじゃねぇか!」


 ついで声の後に拍手までしてくる。そちらを見ると、野盗にしか見えない中年の男性が立っていた。


「何よアンタ」


 驚くほど素早く男に噛み付く金髪ロール。中年は本人はダンディに思っているのかもしれないニヤケ顔をして、偉そうに告げてきた。


「そんなに自信満々ってことは、少しは腕に覚えがあるんだろう?」

「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」


 いや誰なんだよ。


「ほうほう!そいつはすげぇな。ところで今ここにいる連中の大半は、狩場が近いから午後になってから外に出る見習い連中なんだが…一つここで試してみないかい?」

「ふん。一体私の何を試そうって言うの」


 自信たっぷりに両腕を組んで低い身長で偉そうに中年男を見返す金髪ロール。だからなんでそう偉そうなんだよ。


「見習いになるための試験を見習いに見せる!どうだ。これからここにいる見習い達と訓練をして、それで使い物になるようだったら採用。ダメなようだったら不採用。腕に自身があるんだったら受けれるだろう?」

「自身の腕で決める冒険者らしい決め方ね。良いじゃない!私の力を見せてあげるわ!」


 男の口ぶりは上手い。完全に最後の言葉で金髪ロールの闘争心に火を付けている。


「良い口上じゃねぇか!おっしゃ。冒険者ギルドの裏はちょっとした広場になってるんだ。ついてきな嬢ちゃん達。ほら、先輩が直々に稽古つけようっつってんだ!暇な新人共も着いてきやがれ!」


 いやいやと言った感じだが、見た感じ新人な人間が多数立ち上がる。

 同伴している冒険者も何人かいるようだし、突発的なイベントだけど彼らにとってもメリットがゼロってわけじゃないのかな?

 にしても何だか大変なことになったな。金髪ロールがどれだけ強いのか分からないけど、まぁ私のために頑張ってもらいたい。


 ………嬢ちゃん『達』?


「もしかして俺も入ってる?」


 思わずカウンターの女性に尋ねる。


「当たり前じゃない」


 なん…だと?




 かくして、クソ面倒くさいことに巻き込まれてしまった私は今…


「せい!せい!せい!せーい!」


 何故かサンドバックにされていた。


「ちょ、ちょっと待て!と言うかなんで俺だけが打たれてるんだ!?」


 目の前には例の金髪ロール。

 彼女は一対一の訓練が始まるなり、貸してもらった木剣を私に振り続けている。

 しかも全て決まったように上段から下段への一振りのみ。馬鹿の一つ覚えとバカにしたいところだが、これがどうにも重たく鋭い。

 属性は闇属の火は確定として、もしかして雷まで入ってるんじゃないのか?確か対魔物戦において最強の組み合わせだったはずだが。


 単純に殺すだけなら一撃の振りの間に十手は手段が思いつく。こんな大振り相手に遅れを取るかってんだ。

 しかしこと訓練となればそうはいかない。こちらに番を譲る気もなく延々と振り続けられたら、対処しようにも手がない。

 人間追い詰められたら敬語だって剥ぎ取れてしまうものだ。


「なに!か!いっ!た!?」


 そう言いながらも構えをとって次々と剣を振り下ろしてくる金髪ロール。一撃ごとに木剣が軋む音をあげ、体が嫌な痛みを発する。フュージョンモンスターのおかげで強化されたこの体がだ。

 一撃から一撃までの構えの移行も早い。木剣でこれということは、もしかしたら本当に三位ぐらいの腕があるのかもしれない。大言を吐くだけはあるということだ。

 しかし…。


「あっ!?」


 あえて剣の守りを緩くすることで、金髪ロールの剣を受け流して地面に落とす。水属性の技から比べれば児戯のようなものだが、さすがにここまで受けていればコツだって掴める。


「はっ!」


 すかさず木剣を金髪ロールに横から叩きつける。もちろん寸止めだが。

 それにしても予想通りと言えば良いのだろうか。見よう見まねの受け流しで、普通の水属性以上に攻撃までの隙がでかいっていうのに、全く反応できてなかったぞこいつ。


「何よ!ちゃんと受けなさいよ!」


 ちゃんと受けろってコイツなぁ。


「それ、相手が魔物や盗賊でも同じことを言うのか?」

「うるさいうるさい!貴方が受けきれなかったのが悪いのよ!分かる!?ちゃんと受けてもらえなかったら、地面に剣がめり込んで動かなかったの!!」


 実際に見てみると…うわ。ほんとに地面に刺さってる。木剣でどんな威力してやがってんだ。どこぞの万屋かよ。

 どっちにしても私としてはそれを実戦で言えるのかと言いたいが、言っても意味は無いだろう。むしろこういうタイプは言うほど反発が強くなる。

 理性的な言葉を放ってもダメって一体どうしたらいいんだか。それこそ金髪ロールみたいに感情だけでものを言える生き物が羨ましい。…いやそうでもないな。冷静に考えたら死んでもゴメンだぞそんな生き物。死んだから分かる。死んでもあれにはなりたくない。


 それとなく周囲を見渡す。普通の新人な方々は、普通に打ち合いをしたり型の稽古を先輩冒険者から習っている。

 ああ…羨ましい。そもそもなんで私が金髪ロールとセットで扱わられねばならないのか。え?私が便乗して煽ったせい?うるさいうるさい。何にしても折角立てていた今日の計画が台無しだ。いくら宿が格安とはいえ早急に金が必要なのだ。貨幣価値すら簡単に変動しそうなこの世界で、さらに金無しとか不安に過ぎる。


「はっはっは!その腕で冒険者になろうとしてたのか嬢ちゃん達!」


 私が百万語の呪詛を述べていると、妙にテンションの高い声が聞こえてくる。

 そちらを見てみると、新人訓練を言ってきた例の中年男がこちらに向かってきていた。というか、達っていうな達って。いやありあまる膂力を除けば、剣術は一位にも届かない腕なのは認めるけどさ。

 ちなみにフュージョンモンスターにはちゃんと闇術の剣術の知識が入っていたけど、基本的に私は使っていない。

 理由は二つ。剣術は知識だけあっても体に馴染ませないと使えない。今の体だったら前みたいに使用不可ってほどじゃないだろうけど、旅途中に独学で振るって覚えるのは難しかった。もう一つは、下手に膂力が高いせいで子供で扱える武器では強度が足りない。…もう一つ加えよう。金が無くて剣など買ってられない。その気になれば闇で剣作れるけど、明らかにオーバースペックなので人前で使えない。理由が四つになってしまった。


「どうよ!見事なものでしょ!そこらの新人には負けないわ!」


 思考を脇において金髪ロールと中年男の会話を見る。

 相変わらずその自身はどこから出てくるのかと聞きたい。ほら。ちょっと私達の会話を気になって見ていた周りの人がムッとした顔をしてるじゃない。


「ははははは!本気で言ってるのかい嬢ちゃん?」


 案の定本物の冒険者である中年男は金髪ロールの言葉に笑い始めた。というかさっきから煽り過ぎじゃないか?

 …そういえばなぜ新人訓練など言い出した?あのカウンターの女に気でもある?にしてはそう言ったサインを送った様子もなかった。


「何よ!何が言いたいのよ!」

「そんな剣じゃここのどこにいる新人にも殺られるって簡単な話だよ。冒険者になろうとしても魔物兎に殺されるのが落ちだぜ」


 妙に煽るよな、やっぱり。ちなみに魔物兎というのはその名の通り魔物になった兎。どこぞの首刈り兎みたいにメチャクチャじゃないけど、ぶっちゃけ跳躍力とかあるし的も小さいしでわりと面倒な相手である。


「な、なに!私が兎に負けるっていうの!!」


 そんなこともやっぱり知らないらしく、木剣を振り回して顔を真っ赤にしながら言い放つ金髪ロール。

 お願いだから私の知らないところで勝手に死んでて欲しい。装飾品とかは回収して親に高値で売りつけるから。


「怒るな怒るな。そんなに言うなら試してみるかい?」


 あ〜あ。これはあからさまな誘いを。


「いい度胸じゃない!受けて立つわ!」


 頭が痛くなってきた。


「ははは!聞いたな皆!」


 わざわざ周りに確認までする中年男。こいつもなんなんだ。


「ルールはこうしよう。今から訓練時間一杯まで俺と嬢ちゃん達で打ち合いをする。もし一回でも俺に剣を当てれたら、俺からギルドに嬢ちゃん達が見習いになれるよう口添えしてやろう。だが負けたら今後冒険者になろうとしない。どうだ?」

「上等じゃない!」


 売り言葉に買い言葉である。もう見え透いた展開である。

 …あとうん。まぁなんとなく分かってた話だけどさ。


「俺もですか?」

「そうだが?なんだ?怖気づいたのかい?」

「ふん!一人で十分よ!」


 お前が応えるなと言いたい。たぶんこれで引いたら、女一人に任せた意気地なしとして後でなぁなぁで流されるのだろう。

 というか今後冒険者になろうとしないって、条件が厳しくないか?今日は帰るとかそんなんで良いだろうに。

 はぁ、と重くため息をつく。


「分かりました。だけど一つ条件を加えてください」

「ん?なんだ?」


 この中年男は年の功というべきか、たぶん交渉が上手い。金髪ロールが自分が負けないと思っているのを利用して、少し以上に無茶な条件をふっかけてきた。

 だが同時に彼は今、交渉を操作する側だという錯覚を覚えている。深淵を覗くものは深淵にも覗かれているのだ。負けない、と考えているのはなにしも金髪ロールだけではない。


「僕達が勝ったら、一つだけ僕達の言うことを聞いてください」

「ははは!随分勝ち気な条件だな!いいねぇ。若いってのは勇敢で!いいぜ。その条件でやろう」


 中年男は自身たっぷりに頷く。どうせ身の程知らずのガキが意気がったとでも思っているのだろう。

 …基本的に私は私のモノを理不尽に奪う輩を許さない。

 金髪ロールの近くによって一瞬だけ耳打ちする。


「…いつもみたいに振り下ろせばいい」


 さぁ。奪う側がどちらかを教えてやる。

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