良いことをしても良い結果にならないことが証明された。そんな理不尽な。
国都二日目の朝が訪れた。
これでも異世界に来てからは早寝早起きの習慣がついて、いつも朝日が登った直後には起きるのが自慢だったのだが、今日の朝日は既にある程度の高さまで登ってしまっている。体感時間的には朝の八時ごろといったところか。
起きるのが遅くなってしまった理由は察して欲しい。全く魂エネルギーを無駄にしないために、転生を斡旋しているだの糞鳥は言っていたが、どうやら上位存在と言うやつはサボタージュが得意な無能集団であるらしい。私の現状を見れば無能なのは明らかだが、まさかあんな怨霊が普通にいるのを見逃すほどのサボり魔とは。何をどうしたらあんな連中が上位存在なのか。もしかして道具に頼りっきりで頭の方は石器時代に戻ってるんじゃなかろうな?
ちなみにわりと大マジに人目が無いところで良かったと思えるレベルで強かった。私を見てもらえば分かる通り、魂という存在はこの世界の魔術行使において圧倒的アドバンテージを得ることができる。
フュージョン以前の私だって隙を伺えば数人を殺せる程度の力はあったのだ。それがちゃんと六属を持った冒険者が元となれば強いのは当然。まともな意識がなくて、理性的に戦う相手じゃなかったから良かったものの、それでも生身で戦っていたら危なかった。全くこんな危険は二度と無いようにしたい。
死ぬほどダルいので二度寝したいのは山々だが、前にも言ったとおり時間は有限であり、それ以上に私の懐の期限は限られている。
私はほつれそうになる足を引きずって、最低限身だしなみを整えて階下に降りる。
するとこんな時間からカウンターに座っている店主の姿が目に入った。店主はそれこそ幽霊でも見るような目でこちらを見てくる。
「だ、大丈夫だったのか!?」
「うん?あー、うん。おかげで眠いけどね」
伸びをして体全体で眠たいアピールをする。全く育ち盛りな子供に夜更かしを強要するとは。なっていない幽霊だ。
「眠い!?本職の冒険者が逃げ出した部屋に泊まって眠いで済んだのか!?」
「朝から煩いよ店主さん。深夜まで待たないと出てこないのが死ぬほど厄介だったけど、あの怨霊ならわた…俺が潰したよ」
「そ、そんな馬鹿な…」
「疑うんだったら今夜確認しにくればいい。それより朝食はまだ出してくれるのか?」
まだ納得していないような雰囲気を漂わせながらも、店主は頷いて奥に行ってくれた。
こと財布の中身という話を考えるならば、この宿に泊まれたことを考えるとあの重労働も悪くなかったのではないか、と少しは思うことができる。
厳正な価格交渉の結果、私は滞在費の無料化と、風呂や料理などの各種サービス料金の割引に成功していた。元々規格外な価格のところからさらに値引きしてやったのだ。代わりに私が死んだときはその財産を全て託すことになっているが、私が死んだ後の金など知ったことではない。もちろんだからと言って死ぬ気はないが。
私が少し待っていると店主の娘と思わしき人物が朝食を持ってきてくれた。内容は悪くない。と言ってももちろん異世界基準の話で、前世から考えるとふざけてんのかと言いたくなるものだが、それでも上手いと感じられる程度には整った料理が出される。
料理一つとっても異世界内ではかけがえないものなのに、それに加えて昨日は浴場も良かった。人がいないおかげで個人風呂だったこともあるが、湯加減が心地よく危うく寝てしまいそうなほどだった。
部屋だって例の事件部屋だったというのに整えられ、チリ一つ落ちていない。ベッドもふかふか。一時はどうしてやろうかとも考えたあのストリートチルドレン達にも、今では何かあげてやろうかと考えるぐらいに気分がいい。
今回のことだけで善行は良いなどと語るつもりは無いが、たまにはいいと思える次第である。ちなみに今回のことが善行に入るか否かに関しては当方の預かりしないところなので、あしからず。
朝食を終えるととうとう本日のメインイベント。冒険者登録のためにギルドに行くことになった。
前までの私だったら何だか少しは胸が踊りそうなイベントだが、今の私ではなんというか作業感が強い。
というよりも、どう考えても『面倒なことになる』のが分かりきっているのが一番問題か。
後ろ向きになってしまう心を振り切って、昨日の内に覚えたギルドの方向に歩を進める。
―――冒険者ギルド。他にもギルドと名のつくものは多いが、冒険者と名のつくものは一つしかない。
内容は…まぁよくあるファンタジー世界のやつと同じように思ってくれて構わない。護衛だの採取だの討伐だのの依頼を出す依頼主と、依頼を受ける冒険者の仲介をするのが冒険者ギルド。簡単な構造だ。
冒険者ギルドに入るのは特別な資格などは要らず、驚くほど簡単に入ることができる。
年齢も過去も関係無し。犯罪者だったらさすがにバレたら捕まったりするものの、そういった人間でも無ければ誰でも入会することができる。しかし冒険者になるのはその限りではない。
実際に冒険者になるためには場所によって期間は違うが、一定量の試験期間を既に冒険者になっているものと行動を共にし、その期間の活動結果によって冒険者になれるかどうかが決まる。
この際行動を共にする冒険者が虚偽の報告をすれば、見習いは不利な立場に立たされるのだが、冒険者と言うのは敷居が低い代わりに信用を売りにする生き物だ。バレた時のリスクを考えてする人間は滅多にいない。滅多に、というのはつまり時々いるということだが。
晴れて冒険者になれた見習いは、冒険者一位の階位を得ることができる。
冒険者は冒険者でも実力や貢献度によって差異があり、いつものようにその階級は七つに分かれている。一位から七位。数字が大きいほど利権や受けれるクエストの質が上がる。六位や七位はほぼ幻のようなものなので、実質五位が最高の階位だ。
見習いと本物の冒険者壁は厚く、一番分かりやすいところとして依頼の幅が違う。
見習いは原則として一位のクエストしか受けられないが、一度冒険者になれば、上位の者がパーティにいればその位階のクエストを受けることができるのだ。もちろん上位下位両者の合意があった上でしかできないし、私は上位のクエストを目指していないが。
だとしても見習いのタグが取れない限り冒険者と名乗ることは出来ない。そして見習いは性質上他の冒険者から搾取される立場になる。いつまでもそんな位階に留まることはできない。
決意を新たにしながらギルドに向かう歩に力を込める。幸い宿屋街とギルドの距離は近い。冒険者という生き物の性質を考えれば当然な話であり、お陰で数分の内に私はギルドに着くことができた。
でかい、とまずは形容しなければならないだろう。私が泊まった宿もそこそこ大きく、日本基準の一軒家に比べても大きい方だったが、王都のギルドはそれに輪をかけて大きい。
冒険者という生き物は一概には言い切れないものの、比較的荒くれ者が多い。そうじゃなくてもどうしても生き物の死臭というのは鼻につく。冒険者ギルドはその性質上、出来る限り冒険者の行動範囲を狭めるために様々な私設を併用している。
王都の建物ともなれば、内側に鍛冶屋とかまで備えているのだろうか?いつもはギルド周辺で見かけるそういった施設がない。何だか想像してみたらちょっとしたスーパーみたいになってるんだな。自分で言っておいて面白いと自画自賛してみる。
つまらない一人遊びは置いといて、意を決してギルドの扉を開く。こっそりと目立たないように。
中は…なぜかこう、思わず宿屋を思い浮かべてしまう。見慣れた机と椅子に、奥の方のカウンター。基本的にギルドと宿屋と飲食店の一階は全て同じような構造をしている。まぁ同じような商売をしているのだから当たり前なのだが。
時刻は朝というには少し遅い時間帯で、てっきり中にいる人も少なくなっていると考えていたのだが、思った以上に人がいる。いつもと違うところを上げれば酒の回りが少ないところぐらいか。
一応長旅の内にギルドの中も結構な数見てきた。性質とかは知っているつもりだったけど、国都のものとなれば勝手も違うのだろうか。
若干疑問を覚えながらも、当初の目的どおりに人目につかないようにカウンターに向かう。
さてさてカウンターに座ってるのはっと…うわ、最悪だ。いかにも仕事なので座ってるとでも言いたげな女性職員だ。
よりにもよってと頭を抱えながらも、意思の力を振り絞ってカウンターの前に立つ。
案の定と言うべきか、カウンターの女性は睨みつけるような目線でこちらを見下ろしてきた。いや身長的に仕方ない部分もあるんだが。
このままでは埒が明きそうにないので、私から話しかける。
「すみません。冒険者登録をしたいのですが」
「………はぁ」
深々と、ため息を、つかれた。
この野郎。それでも客商売か!?…客商売なのか?むしろお役所仕事の方が正しい気がする。
「坊や~一体何の本を読んで影響を受けたのかは分からないけど、悪いことは言わないからママの元に帰りなさーい。私はね?貴方みたいな子供の相手をするほど暇じゃないのよ」
あからさまにこちらを下に見た態度で話しかけてくる。女性が話したような奴もいるというのは聞いたことがあるが、こちらは差し迫った要件があるのだ。
下手に出ようかと思っていたけど、これはちょっと語調を強めた方が良さそうだな。
「あらそうでしたか?随分と暇そうに見えましたけど」
「あらあらー。坊やの目だからそう映るのよ?分かるかしら。大人は大人の用事で忙しいのよ」
「へー。例えばただ座ってるだけで給料を貰う仕事とか?あ、すみません。個人的に面倒くさいお客様を別の部署に飛ばす仕事もしていらっしゃるんでしたっけ?」
典型的お役所仕事っぽい皮肉を言ってやる。あら、適当に言ったのに露骨に顔を顰めちゃったよ。
「悪いけどこっちも冒険者になれないと生活がかかってるんだ。簡単には引けない」
「生活…ってことは親無しか。残念だけど冒険者は大人のお仕事なのよ。子供は子供らしくドブさらいでもやってなさい」
「ドブさらいをするぐらいなら外に出て薬草を取る。そのために冒険者にならないといけないんだ」
「あのねー…あー面倒くさいなこのガキ」
女性は整った顔を歪めて頭をガシガシとかく。お願いだからヒステリーは起こしてくれるなよ。あれを起こされると対処の前にトラウマで身が竦みそうだから。
にしてもそこまで面倒ならさっさと書類を通して欲しい。ガキがどっかで勝手にくたばっても知ったことじゃないだろうに。
そう考えたところで私は一つの可能性を思いついた。
「もしかしてアレなの?新人研修につけるための冒険者に払う特別料金を渋ってるとか?」
「…中々勉強してるみたいじゃない」
私がそう言うと何故か女性は歪めた顔を元に戻した。そこはもっと顰める場面じゃないのか?
ちなみに特別料金ってのはその名の通り、新人研修のために駆り出す冒険者にギルドが払うお金のことだ。厄介な新人を押し付けられて、普段しもしないようなクズクエストをこなさないといけないため、そうでもしないと冒険者が新人研修のお供をしないのだ。
「そこまで分かってるんだたら分かるでしょう?この時期は新人が多いから、普段以上に貴方みたいな命知らずの世間知らずに対する認可に制限がかかってるの」
「ちょっと待て、この時期は新人が多い?」
聞き覚えのない情報を聞いて一度女性の言葉を止める。
一応ここに来るまでの間に色々と情報を収集してきたつもりだったが、さすがに時期の話となるとついていけない。
「あら?貴方もその類じゃないの?」
「だから何の話だよ」
「年齢よ」
女性のその一言にしばらく眉をしかめ…ああ、そういうことか。
これはいわゆる世界観ギャップの一つと言うやつだ。この世界が誕生日にあまり特別な意味を見出してないことは言った覚えがあるけど、それの延長線上的な感覚で、この世界の住人は年が明けたら年齢を一つ加算するような習慣がある。
つまり年明けのこの時期は、年齢が一つ上がって冒険者になろうとする人間が増えるということなのだろう。そういう点で言えばじいさんは日の方に合わせてたなとか思い出す。
「なるほど。俺は違うよ。遠くから来てやっとここに辿り着けただけ」
「へぇ、旅してきたんだ。じゃあ旅ついでにお隣の国ぐらいまで行かないかしら?」
「行かないよ。いいからさっさと書類を処理してくれないかな」
「年齢は?」
「五…あーいや、今年で六になる」
「その年齢じゃちょっと…ねぇ?」
「ねぇじゃないから。冒険者登録に年齢は関係無いって話は知ってるんだからな」
「チッ」
とうとう露骨に舌打ちしちゃったよこの人。
たぶん向こうも上から命令とかなんだろうけど、こちらもこちらで引くことは出来ない。さぁどうやって説得しようかな…と考えていたときだった。
バン!と大きく音をたててギルドの扉が開かれた。
扉から反対にあるカウンターまで聞こえてきたのだから、音の大きさは大したものだ。
まるで己の存在を誇示するかのような音に、その場に居た多くの人間が開かれた扉を方を見た。私もその人間の内の一人だ。
そこには扉を開けた体勢で堂々と立っている…身長およそ私より頭一個分上の女の子が立っていた。
服装は派手さこそ無いものの新品の輝きを残す品。動きやすさを重視したのであろうそれは、しかし買ったばかりの革鎧のせいで若干ぎこちなさを残す。
腰には普通に良い作りな剣。
だが何より目立つのは、本当にそんな人間がいるのかと疑いたくなるようなツインテールの金髪ロール。ドレスを着せればそのままお姫様になりそうなほど整った容姿の彼女は、ダンッ!とこれまた大きな一歩を踏み出し…
「伝説の冒険者の一歩目ですわ!」
高らかにそう宣言した。
ああ、断言しよう。
二度寝すればよかった。
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