新拠点って目新しいものが無くてもテンションが上がるよね。

 そして私、ルプス=クロスロードはイスライ国国都エルクールに足を踏み入れた。


 …正確には少し前に辿り着いてるんだけど、盗賊から剥ぎ取った武器やら防具を売り払ったり、質問攻めにしてくる商人や護衛の目をやっと潜り抜けて一人になれたということで。ちなみに装備を売ったお金は商人達と半々にした。本当は八割ぐらいぼってやってもいいのだが、約束していた手伝いの免除と口止め料を含めて多めに渡すことにした。

 あの戦いでもこっそり使った【闇縄】以外は【闇玉】に似た【闇弾】を使ってるところから分かってほしいが、私は上位の闇魔術が使えることをできる限り隠したい。理由は色々とあるのだが、一言でまとめれば面倒だからだ。

 ついさっきまでだって、九人の盗賊を殺しただけで商人から専属の護衛にならないかと誘われた続けていたのだ。そんな薄給そうな就職先嫌だし、何より年中動き回らないといけないのが面倒極まりない。私は基本的にはニート気質なのである。


 時期は年を明けて久しく、未だに寒さが抜けないってか全盛期になってきた辺り。雪で馬車が動けないという羽目にはならなかったことは一応幸いか。

 国の大きさにもよるが国の端から端までの移動期間が、普通の乗合馬車などで移動した場合三か月ほど。アハト村はちょうど国の端辺りにあったとはいえ、本来であれば国の中央にある国都までは一か月半あれば辿り着けるはずだった。まさか移動だけで半年もかかるとは思わなんだ。


 なぜそこまで時間がかかったか。理由は簡単だ。金が無かった、以上。

 …詳しく話すと、私は移動にかかる資金というやつを甘く見ていた。少なくとも例の秘密基地と剣の製作のために金を費やしたせいで、貯金という貯金が無かった家からかきだした程度では全く足りなかったのだ。

 追加して話すならば、子供の身では一銭を稼ぐのすら難しい。というか一銭を稼ぐのが難しいというべきか。

 金の入手に困って時間がかかれば、その分さらにお金が必要になる。悪循環とはこのことだ。下手に狩りをすれば、不良かマフィア染みたシマ意識を持つ冒険者や猟師に目を付けられる。ならば生き物は諦めて採集しようと考えても、今度は薬屋が良い顔をしない。密漁しようにも売るのが村の中ならバレるのは必須。どうしろというのだ。

 どうにか移動料金を減らすために商人の馬車に交渉を仕掛けても成否は半々。仮に成功したとしても、商人はまっすぐ国都に向かわないことがある上、聞いてみたら移動先からさらに国都と別方向に行くと聞いたときは、思わず持っていた携帯食料を落としてしまったほどだ。

 失敗を悟って辺境の地で降りてみれば、お次は乗合馬車の都合がつかず一か月の足止め。おかげで忍耐力という一点に関しては望んでないほどに成長してしまった。


 そんな一枚の銅貨の扱い方を必死に悩む日々も今日でおしまいだ。明日にでもなればギルドに冒険者登録をして、後は毎日雑魚魔物と薬草を集めて暮らす薔薇色の干物生活を送れる。遺跡の探検?竜退治?そんなの英雄願望のある人間に任せておけばいい。私は平和に暮らしたいだのだ。

 ここに来る途中でも冒険者登録はできないでもなかった。というかすれば最下級でも薬草採取ぐらいの依頼は受けられるし、小金を稼ぐことはできただろう。

 しかしふざけたことにこの世界の冒険者というやつは、なるためにはいわゆる試用期間のようなものを潜り抜けなければならない。

 冒険者は犯罪者でもなければ、正確には犯罪者でも隠し通せればなれるほど敷居の低い役職だ。過去も名誉も関係なく、必要とされるのは技量だけ。その技量で信頼を勝ち取るのが冒険者という生き物だ。

 そうである以上一度冒険者となったものが、簡単な依頼も達成できない無能だったら紹介したギルドの面子が立たない。信頼商売である以上面子は重要だ。

 そこで作られたのが試用期間制度。一定の期間一つのギルドで活動し、成果を上げなければ冒険者に本採用されない。その期間がおよそ一か月。

 私は一か月も一つの村で足止めにされるのは嫌だったし、それ以上に試験期間中は護衛と称して先輩の冒険者が付くことになる。見習い、それもまだギルドメンバーですらないものに死なれるのもまずいというのが、ギルドさんのお節介である。やはりというべきかその実態はかなり厄介なものであり、基本的に上前ははねられるはパシられるはでろくなことにはならない。

 しかも先輩方の性格が悪ければわざと採用させないよう言い含めて、体の良いパシリをいつまでも抱え続けようとするらしい。親切な受付のお姉さんが教えてくれなかったら、今頃悲しい死体が増えるところだった。基本的に私は私のものを不当に奪う輩を許しはしない。この世界では親無しの子供は同情の対象では無く搾取の対象なのだ。奪う側にならなければ白骨を路地に晒すことになる。


 そういう意味では盗賊は移動中も良くお金になってくれた。金の生る木とは彼らの事に違いない。鎧なんていうお金を引っ提げる木偶の木。私のメインの稼ぎだった。

 今回だって彼らのおかげで、心配だった国都での暮らしに少しは目途が立った。市場を巡ったところ予想通りに他の場所よりやや物価が高い。遊園地価格ほどぼってるわけでは無いが、明らかにあくどそうな連中が時折見受けられる。あんなのに捕まったらいくらつぎ込まされるか分かったものじゃない。

 これでも長旅の間に色んな町や村を見てきたつもりだったが、さすがに国都ともなれば規模が違う。何より中央に聳え立つ城が他の場所にない圧迫感を与えてくる。

 街行く種族も様々だ。基本的にイスライ国は人間主体の国だが、格別どこかの種族を虐待したりはしていない。私達風に言えば獣人にエルフにドワーフ。こっちでは獣人がアニマとか言うんだっけ?近場の種族ではドラゴ、これも私達風に言うと竜人族もしくはリザードマン的な奴は見かけないな。

 多数の種族が鎬を削りあってるこの世界では、○人属的な呼び方はしない。そもそも人間自体が確かエクストラとかそういった類の単語で表されている。余分な、とは誰が言い始めたのかは知らないけど的を射ている。

 単純な種族以外の人種だって様々だ。街行く人の個性を探せばそれだけで日が暮れてしまう。冒険者に傭兵に商人に楽器隊エトセトラエトセトラ。人を見た目で簡単に判断できる異世界というのは素晴らしい。元の世界ではもうちょっと技術が必要だった。


 残念なことに人々を見るのがどれだけ楽しくても、私にはなさねばならぬことがあり、時間は全ての人間にとって有限だ。二十四時間という奴は案外短いのである。

 目下の目標としては宿探しが先決だろう。

 銭ゲバルプさんとは私の事。もちろん徹底的にコストカットを行う。


 この際交渉対象と交渉手段というのは重要な問題となる。私はその場で少しだけ考えると、仕込みを思いつく。

 幸いなことに当てはある。どんなときにも目を光らせて周りを見る。それだけで節約の種は転がっているものなのだ。




 用事を済ませた後、私は宿屋街近くの露店に足を運んでいた。

 商品はザ・ぼったくりの代名詞。よく分からない石でできたネックレス。ただの屑鉄を魔法の値段に変えるあれだ。

 いや私個人としてはそういった加工技術を持つ人達を褒めたたえるのにやぶさかでは無いし、その技術料がはした金のゴミみたいな値段なんて言わない。その技術には相応の金がかけられるべきだ。

 しかし結果論として必要なのは技術では無く、人に買ってもらいたいと思えるデザインを作れる腕だ。流行だの個人の好悪で別れるとはいえ、そのデザインが気に入ったから元値に合わない法外な品を買うのだ。

 つまりこういったものに心を惹かれない私としては、どれだけ丹精込めて作られようが屑鉄は屑鉄であり、価値のない石ころに変わりない。もちろん私の心が動かされれば高い物でも買う所存だ。


 …色々文句言っておいて、何でこんなところで興味も無いアクセサリーを眺めているかというと、私の経験則上こういう場所は彼らにとって絶好の狩場だからだ。

 横目で確認していると、不自然なほど真っすぐこちらに歩いてくる少年がいる。

 私はそれを分かった上で放置する。


 トンッと軽い衝撃。少年が私にぶつかった。

 ごめんなさい、と大人しく謝ってきたので大丈夫だよ、と答えてあげる。本当に大丈夫なのである。その財布は既に中身を抜き取った先日の盗賊から奪ったものだから。

 何事も無かったように少年が裏路地に入って行くのを見計らって、気づかれないように私もそれに続く。


 簡単にネタ晴らしすると、彼らはスリが専門なストリートチルドレンの方だ。私の快楽の対象かと言われると微妙。まぁ何にしろ人から物を奪う連中だから金目的に潰すのは構わないんだけどね。

 え?子供は普通の盗賊とは違う?親のせいで仕方なく?そうだね、仕方ないね。でもそれが何だというのだ。子は親を選べないものであり、そもそもその親でなければその子は生まれない。そうである以上親という要素もその人間のステータスの一つであり、自分のせいじゃないと言われようと宿命である以上責は本人が負わなければならない。

 つまり何が言いたいかと言えば弱肉強食であり、食う側より弱いのが悪いのだ。もちろん自分にも当てはまるので注意が必要。私は私がはめる相手をいつも反面教師としてしっかり観察している。


 ちなみにさっきの露店はいわゆるスリ注意スポット。基本的にああいうコソ泥連中は旅の人間を狙うことが多い。いつ自分の国を去るか分からない旅人のために、一生懸命働く兵士は少ない。そもそも現行犯じゃないと捕まえにくいスリなのだ。そんな労力が誰も使わないし、だからこそ旅人は自己防衛の理念が徹底されている。

 あの露天商に目を付けたのだって、地元の人間はあんな怪しい店をしげしげと眺めたりはしない。つまり露骨な外から来た人アピールであり、宿屋街の近くってのもなかなかポイントが高い。

 もちろんストリートチルドレン以外のスリが来る可能性もあったが、そういう連中ならそういう連中で暴力に弱いから簡単に手籠めにできる。


 さてさて私が思考を重ねながらも追跡していると、突き当りに少し開けた場所があって、幾人もの痩せ細った子供達が各々自由な体勢で転がっていた。


「今帰ったぞ」


 私が尾行していた男が声を上げる。


「ケン兄ちゃん!今日はどうだったの!?」


 すると各々勝手に転がったり座ったりしていた子供たちは一斉に男に群がって来た。男はそれを慣れた調子でなだめると、腰袋からいくつかの財布を取り出す。もちろんその中には私がさっきわざと取らせたのも入っている。

 男は一つずつ、盗った時の様子を述べながら財布の中身を開いていった。説明してるのは武勇伝っていうより、聞かせることで周りの連中に教育でもしているつもりなのか?

 そしてついに最後…少年はバカな子供が分かりやすい位置に置いといてくれたと笑いながら財布を開ける。

 もちろん。その中身は空だ。

 一気に白けた声を上げる子供たち。そりゃお楽しみの最期が肩透かしだったら不満もあるだろう。

 唯一私から奪った男だけは若干何かを考え込んでいる。すぐに何か意図が無いか察してる辺り、中々好感を持てる優秀な子なので、すぐに答え合わせをしてあげることにした―――。

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