人間状態でも再生機能がある一番の利点は、胃に空いた穴がすぐに塞がることである。

 コトンコトン、と三台の馬車が音を立てながら軽やかに街道を移動していた。

 馬車の主はパトン=パーキンという行商人。商人としての規模はそこまで大きくなく、三台の馬車の内二つは売品で、残り一つは移動時の食料やキャンプ。護衛も四人と多くなく、商人側の人間はパトン一人と御者が二人。多芸なパトンは行商主兼御者と、どこまでも必要最低限を追及している。

 今向かっているイスライ国の国都エルクールまでの道のりは比較的安全とはいえ、有事の際に身を守れると豪語できるほどではない。実際幾度かそういった被害にも会っている。

 それでも今日まで逞しくも細々とやってきた身。その日もいつもと変わらない道のりに、いつもと変わらないのどかさを感じながら慣れ親しんだ馬車の揺れを感じていた。

 ただ一つだけいつもとは違う点を除いて。


「にしても坊主も大変だなぁ」


 商人は馬を操りながら、横に座っている人物に声をかけた。


「このご時世大変じゃないことの方が少ないでしょう」


 対してその人物は世界を皮肉ったような返しをしてくる。

 商人の横に座っているのは、この辺りだと珍しい黒髪黒目の少年。ちょっとイタズラっぽい顔立ちと、それに反した無表情かつ平坦な声が特徴的な子供だ。

 彼は別に商人の息子とかではない。彼はなんと乗合馬車ではなく商人である自分の馬車に相乗りさせてくれと頼み込んできた人物だ。


 それ自体は珍しいことでもなく、そういう輩の目的は大体二つに分けられる。一つは病気だとか乗合馬車の日程が空いてるとか、そういったどうしようもない理由がある者。そしてもう一つは乗合馬車に乗る金が無くて必死に頼み込んでくる者だ。

 前者は商人の良心によって成否は異なるが、通常の乗合馬車に色を付けた値段であれば通ることが多い。反対に後者はほとんどの場合において断られる。

 商人というのは取引と金においては忠実な人間だ。そりゃ別に一人二人ぐらいで移動の予定が狂ったりすることは無い。ただ深刻な問題にならないとしても、人一人乗せればその分食費が増えるし、何より商人は人運び専門では無い。乗合馬車より安い値段で行商人が人を運ぶようになったら、乗合馬車が立ち行かなくなる。行商人が運ぶのは商品であって人間ではないのだ。


 この少年が乗合馬車では無く商人を頼ってきたのも、乗合馬車に乗るほど金の余裕が無いからという話だった。一応少年一人で乗ろうとするのを訝しんだ商人は、彼は身寄りが無く働くためにエクレールに行きたいという話も聞いたが、それでも最初は乗せるつもりは無かった。多少少年に同情したとしてもだ。


 だが驚くべきことに、少年は商人に取引を持ち掛けてきた。

 内容は乗合馬車より低い賃金で運んでもらう代わりに、無償で商人の手伝いをするというものだった。

 こんな小さなガキが何をできると最初はムキになったものだが、冷静に考えると最低限命令した荷物を運ぶぐらいはできるだろう。事実としてワンマンの商人は荷物の積み込みや降ろすのが辛く、現地の人にチップを払ってやってもらっていた。

 足りない賃金は労働で払う。子供にしては回る頭に商人はなるほどと考えた。


 一応少年は乗合馬車にしては少ないが、最低限の金額は払うようだし、本人自身携帯食料を持っているらしく、移動中の食料に関してもかなりの妥協を見せた。

 そんな風に考えていると、商人はもしかしてと少年を疑った。

 もしも少年が頼み込む相手がもっと大きな商人であれば、荷物を乗せたり降ろしたりする程度を労働とは言わない。少年はそれが分かって上で、規模の小さい自分に話しかけてきたのか?


 ついついそんなことを思いついてしまった商人は、子供にどこから来たのかと尋ねさらに驚くことになる。少年が答えたのは国の端も端の村であり、それが本当ならば彼は子供の身一つでここまで来るのは並大抵のことではない。

 その逞しさや子供とは思えない頭の回りに関心し、商人は少年の同乗を認めることにした。

 丁度商品の詰め込みを行ってるところで、試しに使ってみるとこれが良く働く。重たい荷物も難なく持てるし体力もある。さらに商人が言わなくても置き場所を自分で察して指示を出す前に動く。でありながら、本当に大切な商品に関しては質問することも忘れない。

 正直今回だけと言わず専属で働いて欲しいほどだった。下手な肉体労働だけが取り柄の男よりよっぽど役に立つ。これで運搬量で金までもらえるのなら、多少食料を振る舞うぐらいどうってことは無い。


 そういった経緯を辿って商人の馬車に乗ることになった少年。彼は移動中もその才能を発揮し、恐ろしく手慣れた様子で野宿の準備を行った。他にもサバイバル技術に精通し、何と野草から調合までやってのけていた。同伴している冒険者ギルドの護衛も、今すぐにでも冒険者になれると太鼓判を押したほどだ。

 そんな彼は変な言葉遣いであるにも関わらず話も上手かった。どこから知識を仕入れてきたのか、商人がする商売話にまでついてくるのだ。たった数日の関わりだったが、少年が商人達と馴染むのに時間はかからなかった。

 だからこそ国都まであと少しというところで、商人はそんな話を持ち掛けたのだ。


「まぁ確かに。最近じゃウルムナフ王国が瓦解してから一気に治安が悪くなったからなぁ。まったく商売あがったりってんだ」

「そう思うんだったら護衛を増やせばいいじゃないですか。この規模なら後二人ぐらい増やせば盗賊たちも近寄ってこないでしょう」


 盗賊と商人と護衛数の間には妙な不文律のようなものがある。

 基本的に盗賊が商人を襲うときは、護衛の数が自分たちより半分以下の時にしか襲わない。護衛の方も依頼を管理しているギルド直々に戦力差が倍以上なら投降することを認めている。

 数の暴力というのは結局単純な解答の一つなのだ。そして護衛の数というのは、その商人の懐具合の指標にもなる。いくら自分たちより護衛の数が少なくても、両者の差が開くと盗賊側も襲うメリットが少なくなるのだ。例え安全な強襲でも、実入りが少ないなら別の商人を探す方が建設的なのだ。

 同様の理由で、しょぼい商隊に多い護衛が居ればそちらも損得の関係上狙われない。ただし、と言うべきだろうが。


「俺だって本当はそうしたいさ。だけど四人以上のパーティ一つ。それが俺の出せる限界だよ」


 人数が多ければ狙われないのだとしても、弱小商人の護衛が少ないのにはそれなりの理由がある。

 結論だけを言えば、需要と供給と言うものは多角的な面が複雑に重なって上手くバランスが取れているということだ。


 ちなみに四人パーティ以上を一つ、という言い方にも理由がある。

 商人が護衛達に払える金額は、せいぜい四人か、安全重視のパーティーが五人で受けてくれるのを願う程度しか出せない。それ以上払えば赤字とまでは言わないが、採算がかなり怪しくなる。盗賊の襲撃のリスクを考えても現状維持が最も稼げる。

 以上、という方はつまり優しい人が来てくれればいいなという願望であり、実質的には定数四人と変わりない。


「それで盗賊の被害には合わないの?」

「会うさ。だけど一回盗賊に襲われたからって、それで首を括るようじゃ商人とは言えないね」


 「そこまで言うなら規模を大きくしろよ」とツッコまなかったのは、単純に少年がめんどくさくなったからである。


 他愛もない話をしながら、商人達は順調に街道を突き進んでいく。

 …しかし今が順調であることは、一秒先が安全なこととは違う。


「オラぁ!殺されたくなかったら荷物を置いていきやがれぇ!」


 テンプレートとも思える野太い声。同時に周囲の森から複数の盗賊が現れた。

 商人はいつもの癖で盗賊の数を数える。九人。こちらの護衛の二倍より僅かに多い人数。

 案の定護衛の冒険者達もお手上げと言わんばかりに手を挙げて、盗賊達が馬車に押し入るのを大人しく見ている。


 ため息を一つ。だが商人とはただでは転ばない人種だ。

 幸いフットワークが軽いことが売りなこの商人は、王都への道はどちらかと言うと帰路という色合いが強く、積み荷も大したものは乗せていない。被害は最小限で済むだろう。

 こんなこともあるから、商人はほぼ一人で行商を行っているのだ。


 …そう、考えたところで。ふと商人は己がおかしてしまったミスに気付いた。

 折角襲った商人が意外としょぼい。そんなとき盗賊がどう行動するのか。

 商人は経験則で知っていた。確実に彼らはさらなる利益を望むだろう。

 下手に馬車や馬などは狙わない。そういった欲張り方をすれば、国や領から直々に討伐部隊が出てくる。しかし盗賊が人を襲って奴隷にすることは日常的な出来事として認知されている。

 冒険者も、後々の金になる商人自身も襲われる可能性は少ない。だが―――。


「おい!ほとんど何にもねぇじゃねぇか!しけてやがるぞこの商人!」

「探せ探せ!無いなら生み出すぐらいのつもりで探しだせぇ!」


 少年を横目で見つめながら、商人の危惧の通りに事態が進んでいく。

 このままだったら少年は彼らに捕まり、奴隷として連れていかれる可能性が高い。

 いくら数日関わりがあるからと言って、別段深い関係というわけでは無い。彼が連れ去られていくのを見送ったところで、攻める人間もいないだろう。行商のルールは忠実に守っているし、何より少年は身寄りも無い。彼自身危険を承知で旅に出ているはずだ。


 だから私は悪く無い。


 …理屈ではそう分かっても、心通わせた幼い子供を生贄にするような行為に良心が悲鳴をあげる。

 周りを見渡すと事態に気付いているのか、冒険者達の動きも怪しい。本心では助けたいのだろうが、あくまで彼らの雇い主は商人であり、その命を守ることが最優先事項。商人が動かない限り、下手な行動をすることはできない。

 ゴクリと生唾を飲み込む。すると少年がこちらに顔を向け視線を合わせてきた。

 鏡のように虚ろな瞳に、狼狽えた自分の姿が映る。

 彼を助けようとするために、自分の命を使うのか。正義のために人生を捧げられるか。

 ドクン。ドクンと心臓の音が妙に大きく聞こえる。

 冷汗が顔中を伝い、商人の頭の中でぐるぐると思考が回って。


 ―――商人は少年から目を逸らした。

 なにも見たくないというように、固く目をつぶる。

 すると何故か、横合いから安堵のため息が聞こえてきた。


「良かったよ」


 その言葉の意味するところを、商人は全く理解できなかった。

 だって商人は少年を見捨てたのだ。

 だというのに。


「貴方が正義のために命を捨てる人じゃなくて」


 こともなげに少年は呟く。


「守ることは苦手なんだ」


 商人は謎の言葉に呆然と目を開き、少年の方に今度は顔事視線を向ける。

 少年はすくりとその場から立ち上がると、息を大きく吸った。


「いやだああああああああああ!殺されたくないいいいいいいいい!!」


 それは余りにも滑稽。それでありながらどこまでも真に迫った、商人達ですら事前を知った上で演技とすら気づけなかったほどの行動。

 たった今まで冷静だった人間が唐突に叫びだした。商人達は頭に疑問符を浮かべながら現状をそうとしか考えられなかった。


 少年は大声でわめきながら無様に走って逃げていく。もちろんそれを見逃すような盗賊達では無く、三人の男が手早く少年の前に立ちはだかる。

 無理矢理押し通ろうとした少年は、男の一人に足を引っかけられ転ばされた。男達の体で少年の姿が見えなくなる。商人と護衛達はこの先に起きる悲劇を想像し、あるものは愛剣に手を伸ばしかけ、あるものはただ見守ることしかできなかった。

 馬車の中を漁らず外で見張っている盗賊は、この先の喜劇に口元を歪めながら見据える。

 衆人環視の小さな牢獄の中。盗賊の下種な声が空気を揺らし―――。


 直後、三人の男の頭が同時に爆ぜた。




 よりにもよって。よりにもよって盗賊が、この私の前に立つというのか。

 ならば仕方ない。仕方ないのだ。そう形容するしかない。

 たった今砕い三人の盗賊の脳漿を浴びながら立ち上がる。撃ち貫かれた男達はゆっくりと背後に倒れていっている。魔術は呪文を喋らなければ放てないなんて固定概念に囚われているから、背中に隠していただけの魔弾に気づかず三人も同時に殺されるのだ。

 男達が完全に倒れ、開けた世界を見据える。残った数は六人。内三人は馬車の中を探していて、まだ外の出来事に気づいていない。残った三人は外で見ていたせいで、間抜け面を晒しながらこちらを見ている。

 愉快と言う他無い。全て予想通り。故に対処は全て終わっている。


 盗賊達は気づかない。先ほど放ったのは【闇弾ダークブレッド】という四位の魔術であり、【闇玉ダークボール】と違って、人間の頭蓋を砕く程度では消えないことに。

 既に【闇弾】は山なりの軌道で男達の背後に回り込んでいる。単純な手品のようなものであるが、単純だからこそ効果は期待できる。

 男達がやっと事態に追いついて、剣を抜こうとした直後。

 再び三人の盗賊の頭が爆ぜる。

 ああ、なんて耳触りの良い心地良い音か。


 私は盗賊を生かそうだなんて思わない。捕えて犯罪奴隷として売ればそこそこのお金が稼げるし、拷問して本拠地を襲えば更なる盗賊と金が手に入るだろう。

 でもそんなことはしない。そもそも盗賊をゴミ屑だと思っても、私は彼らを侮っていない。この世界の戦える住人とは、それ一人で力を持った個人であり、何より人間はどんなものでも生き汚く戦う。

 だから徹底して潰す。私の魔術事態遠慮が利かないところもあるし、何より奴らを殺すのは楽しい。楽しい以上根絶するのも困る。この世界はただでさえ娯楽が少ないのだ。


「何かあったのか?」


 さすがに馬車のすぐ近くの人間の頭蓋を潰せば、中で物色していた連中も音で気づいたらしい。


「な、なんだこれは!?」


 仲間の首無し死体を見て驚く盗賊達。当たり前の反応だろう。私だって同じ立場だったらそうなる。

 ここで一つウルトラ情報。盗賊ってやつは名前に反して、意外と仲間意識が強い。同時に生存本能も高いのが厄介だが、基本的に本能で動いているせいか脳細胞の働きが鈍いのは利用できる。

 すぐ近くにある死体の一つに片足を乗せ、首を親指で掻っ切る仕草。ついでに六人の命を奪った凶器である【闇弾】を周囲に戻す。【闇玉】の時には見られなかった現象だが、【闇弾】は盗賊の血をおびて大地を赤く染め上げる。

 盗賊達はすぐに事態を把握したのか、揃って罵詈雑言を吐きながらそれぞれ武器を抜いた。喜ばしいことに対象はちゃんと私だ。これが護衛の人達や商人に向かっていかれたら目も当てられないからね、彼らは何もやってないんだから。

 残念なことを言えば、彼らは目の前の相手が六人の盗賊の命を奪った相手だと認識できてないこと。仲間が死んでるのを見て、ただ逆上して気に障るガキを殺そうとしているだけ。あ、残念って頭の話ね。


 これ見よがしに右手を上げ人差し指を立て、三つの【闇弾】を人差し指を中心に回転させる。

 分かりやすい動きに分かりやすい脅威。男たちは上方…いや、身長差的にそこまで上じゃないんだけど、何にしても私の指先に意識を集中することとなる。

 そんな風に上ばかりを見ているから足元をすくわれるのだ。男達は私が彼らの足元に発生させた【闇縄ダークロープ】にあっさりと引っかかり、全員同時に前のめりに倒れ込んだ。ド○フのコントみたいでちょっと面白い。

 大仰な動きに分かりやすい見世物、後は先入観。生前は手品に詳しいわけではなかったが、ドラマのトリッ○は好きだったと言わせてもらおう。


 もちろん私は無様に転んで体勢を崩した奴を野放しにするほど間抜けではない。存分に加速させた【闇弾】を放ち手早く頭を刈り取る。兜の一つでもしていたら勿体ないから躊躇するのだが、この盗賊達にそこまでの甲斐性は無かったらしい。


 不思議な話だが神経と繋がってるわけではない魔術も、何らかの反応があると手応えのようなものを感じることができる。せいぜい今はこの感触と耳と目で屑の最期を楽しもう。何度やってもたまらない。私が女のままだったらはしたなく下着を濡らしてしまっていただろう。

 幸福は人生を送るために必要なスパイスだ。こいつらを見るだけで不幸な気持ちになるのだから、これぐらいの報酬はあってかまうまい。


 周りのドン引きしている商人や護衛に気づかず、漫画だったら目にハートでも浮かべそうな快楽に浸った後、ルプスはいつも通りに呟くのだ。


「さ、皆さん装備を剥ぐのを手伝ってください」


 かくして狂人は英雄として凱歌を上げる。

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