フュージョンの話。後片付けの話。成長記録その0及び3。糞鳥の話。そして…

 泣いて、叫んで、それが終わったら行動に移らなければいけなかった。

 じいさんから言われたのは、じいさんの部屋に置かれた私の出生の秘密。そして後片付け。最後に王都に向かうことの三つ。


 自らの体を見下ろす。映るのは悪魔としか言いようのない姿。

 じいさんも見られたりするのが不味いと言っていた気がするし、このままではいけないだろう。

 辺りを見回し、目標のものを見つける。


 ゆっくりとじいさんの遺体を床に降ろすと、見つけたものに向かって歩き出す。

 そこに転がってるのは私。ルプス=クロスロードの死体だ。

 その体を掴み、抱き着くように体に沈めていく。


 ルプスの体を全て吸収すると、体の内側に芯のようなものができた感覚を覚える。

 この身はあくまで見えない世界にあるものを、見える世界に生まれ落としたもの。魂を意識して、発動している現象を解除する。


 途端。今までの魔術行使の比ではない苦痛が私を襲った。


「う、うううううああああああああああ!!」


 ひとしきり叫んで痛みを晴らしていると、視界の高さが見知ったものに戻っていた。

 体をペタペタと触れる。見知ったルプスのものだ。嬉しいことに、体感覚の動かし方は生前のものが繁栄されている。もしかしたら核はルプス体では無くフュージョンモンスターの方なのかもしれない。


 姿が元に戻ったのを確認すると、再び魂に集中する。

 ―――ある。今まで感じたことのない何かが魂に刻まれている。それを動かしたら、恐らくあの悪魔の体を降ろせるだろう。


 続いて手を閉じたり開いたりして、拳をまだ残っている平な床に向かって振り下ろす。拳は無傷のまま床が砕く。姿形は同じでも明らかに元のモノとは別らしい。

 ついでに魔術も確認。四位までの闇魔術は行使できるようだ。


 身体確認を終え、私はじいさんの亡骸を背負って洞窟から抜け出すことにした。

 身体性能が強化されたおかげで苦労はしない。けど、それがまるでじいさんが軽くなったように感じて、外に出る前にまた涙が出てきた。

 前世の私はこんな風に泣いたことってあったっけな。


 洞窟から出る。入口を塞いでいた木の根は、あの男達が入ってくるときに切り払ったようだ。火属性の男もいたし、それぐらは簡単だろう。

 …じいさんは私を狙っている誰かがいると言っていた。そしてそいつらの目を避けるために証拠を消せと。

 だとしたらこの洞窟もどうにかしたほうが良いだろう。

 少し考えた私は四位闇魔術【闇拳】で、例の出入り口を覆っていた根の大本である大樹を破壊する。


 徹底的に木を破壊し終えると、元々魔術で造られたものだったせいか、木はその身を光に変換しながら消えていった。そして光は木本体だけでなく洞窟の中からもあふれ出ている。

 やっぱりじいさんは元々何かあった時のために、すぐに証拠隠滅できるよう準備していたらしい。洞窟を危ういバランスで支えていた木の根の大本もあの木だったらしく、支えを失った洞窟が光と共に崩れていった。


「うわ、うわ、うわ!」


 当たり前だけど地面の下が崩れれば上も崩落する。危うい感じで私はじいさんと共に何とか陥没範囲から脱出する。

 元は小高い丘だったところが、完全に穴と言えるレベルで沈下した。わ、私は悪く無いし。


 逃げるように、というか完全に逃走目的で家まで走る。今は誰にも見つかるわけにはいかない。

 我が家に帰る。実時間では三年間ほど過ごした私とじいさんの家。

 じいさんをリビングに横たえる。私にとってこの家で最もじいさんと過ごしたのは、時にはフレーラも交えてご飯を食べたり座学を行ったこのリビングだから。


 家探しと言う言葉は私に関していえばあてはまるのだろうか?

 じいさんの部屋の場所は知っている。扉を開けようとするが鍵がかかっていて入れない。前も調べようとして鍵に阻まれた記憶がある。

 考え、リビングに横たえたじいさんの体を漁ると見覚えのない鍵を見つけた。

 部屋を開ける前に、じいさんの死骸を漁った事実を実感して吐いたけど、今はただの余談だ。鍵は問題無くじいさんの部屋の扉を開けた。


 じいさんの部屋に入る。壁際に昔教材として使った大きめの紙などがある。かさばるものはああやってじいさんの部屋に置いていたのだ。

 他には目立ったものは無い。簡素と表現していいだろう。机と椅子にベッド、人として最低限の生活を行うための部屋。

 とりあえず私は目立つ机の引き出しを調べる。すると驚くほど簡単に見覚えのない本が出てきた。

 大きさはちょうどA4ノートぐらい?黄金比ってこの世界でも適応しているのか。

 私は表紙に書かれてある数字が若いものからノートを開いていく―――。




 私はユミル=ヴォルスング。数奇な運命を辿ることになってしまった魔術師。まさかこの年で子育てをすることになるとは思わなかった。

 これは彼のことを記すための記録。彼の成長の記録であると共に、いずれ私以上に運命に翻弄されるだろう彼のために残す言葉。


 まずは私自身の経緯を話すべきだろう。

 私は召喚魔術という魔術を研究している魔術師だった。若いころから各地の遺跡を周り、様々な召喚魔術の知識を蓄え、冒険者としても名を馳せた。各地の同様の研究をしている研究者とも語り合い、その分野では第一人者であるという自負があった。

 私がまだ冒険者と称して各地を巡っていた時だった。私の経歴を知って声をかけてくる国があった。今まではそういう勧誘は何度もあり、その度に断っていたのだが、丁度身を落ち着けて研究を重ねたいと考えていた事。そしてその国がどうやら私の研究を全面的にバックアップしてくれると聞いて、私は冒険者を止め国に仕えることを決めた。召喚魔術は俗に悪魔と呼ばれる召喚物に関わるため、国に認められるのは珍しく、後ろ盾を得られればこれほど有益なものも無かったからだ。


 そして私は出会うことになる。彼、ルプス=クロスロード。滅びることとなるウルムナフ王国の第一王子に。




 そこに一行で革新的に書かれていたのは私の出生の秘密。亡国の王子という言葉に私は…。


「うん。それは知ってるんだよ」


 そう。私はそれを知っていた。

 いつの事だっただろうか。確か自由に体を動かせるようになってから、わりと早い段階だったことを覚えている。あまりにも私の両親の話をしないじいさんに不信感を持って、眠たい目をこすりながらじいさんをストーキングして丁度この部屋の扉に聞き耳をしていた時だ。

 その時に聞こえてきたのが、恐らく私の両親であるものの名を呼びながら、国の遺児を必ずしや育てて見せますというじいさんの宣言だったのだ。

 それ以降は正直知りたくなかったから逃げて聞かなかったことにしたんだけど、これで確定事項になってしまった。


 そう私が結論づけたのと同時。私の頭に激しい頭痛が走って、一つの記憶が呼び起された。この感覚は覚えている。これは―――。


『はいはい!転生時の特典の一つ!「良い家柄に生まれたいけど、家に縛られたくない」と言うことで亡国の王子にさせていただきました!あ、大丈夫ですよ。別に私達が直接何かして滅ぼしたわけじゃありませんからね!』


 ね!じゃねぇ糞鳥。いつか絶対に焼き鳥にしてやる。

 確かにお金持ちの子供になりたかったとかあるよ?否定はしないよ?でも家に縛られたりするのもなー、とか考えたこともあるのは否定しないよ?でも否定しないってことが正しいってわけじゃねぇよ!?

 現状を考えるとどう考えてもバッドステータスの呪い的な出自にしか思えない。じいさん辺りは国の復興なんかを願っていたようだけど、申し訳ないけどごめん被る。私は、平和に、過ごしたいのだ。


 …ふぅ。糞鳥のせいで乱れた心を落ち着かせ、記録を読むのを再開する。




 国、というよりも国王は私の技術を望んでいた。その理由は…さすがに紙面に書くのははばかられる。そもそも私はこの秘密を墓場まで持っていこうと考えている。

 なんにしても国王は長い年月を経ていく内に、私にとって大恩あるお方となった。国王がいなければ、私の研究がここまで進むことは無かっただろう。

 私は宮廷魔術師として国に使え、裏では研究に熱中し、同時に友人や家族とすら言える人々との日々を過ごしていた。あの日々は私の人生の中で最も輝いていた日々であった。

 だが滅びは唐突に訪れた。


 たった。たった五人の侵略者を相手に、ウルムナフ王国の王都は一夜にして落とされた。

 未だに奴らが何者だったのかも、何が目的であったのかも分からぬ。分かることは、この私が勝てないと確信するほどのおぞましい戦闘力だけ。

 火の手が上がる王城。国王は私に幼いルプスを託した。

 大恩ある王のため、私は必ずこの役目を果たすことを誓った。いずれウルムナフ王国を復興させるためにも、ルプスは私が立派な王に育ててみせると。


 それから長い逃亡生活の末、私はこの村にたどり着いた。

 村長に何とか話を付けた私は、やっとのことで今こうして落ち着いて記録をつけていられる。

 若いころからこういう書き物をするのは得意だった。今まで書いたものはルプスの教材にもなるだろう。人生何が役に立つか分からないものよ。

 今後もこうやって細々とルプスのことを書き記していきたいと思う。いずれこの書が偉大なる王の記録となることを願って。




 最初こそ仰々しく書かれていた日記だが、ページ数を増すごとにその内容は単なる育児日記のようになってきた。

 泣いた私をあやす方法とか、食事とか完全に一児のパパみたいになってる。…ってあれ?ウルムナフ王国の王都からここまで結構距離あるぞ?それまでどうやって面倒を見てたんだ?

 あとやっぱりというかなんというか、私はだいぶじいさんに危ぶまれていたというかなんというか。小さな化物ってなによ。できれば理解したくないんだけど。


 そんな風に読み進めていって、最後の一冊となった。これまでかなりマメに書かれていた日記だが、この一冊だけ間隔が空くことがある。




 私はルプスのために禁忌に手を染めることにした。

 召喚魔術の再研究。ウルムナフ王国では熱心に続けたことだが、国の後ろ盾がない以上下手をすれば死刑もありうる。

 私はそれでもかまわないが、ルプスを巻き込むわけにはいかない。


 そう考え始めると、私はどうしても私の死後のことを考えざるをえなくなった。

 誰かに殺されたり処刑されたりする以前に、自然の摂理として私はルプスより先に死ぬ。その後ルプスは誰を頼り何を目標に生きさせればいいのか。

 ルプスはその出自から決してただ平穏に生きることは許されないだろう。その彼のために私は何をできるのか。

 せめてもの餞別と、私は隠し洞窟の魔法陣以外に一つの魔道具の製作を慣行することにした。隠し場所は私の部屋の床下。隠蔽は魔術を行使すれば事足りる。




 ―――床下?

 日記の記述を見て、気になってよくテレビで見る、床にコンコンと指を当てるのをやってみる。

 すると意外とすぐに何か反響音がするところが見つかり、魔術で完全に床と一体化していたので無理矢理引っぺがした。

 日記の通りそこには、じいさんが作っていたであろうものが見つかった。


「……剣?」


 そこに鎮座されているのは、大剣と称すにふさわしい幅広の長大な剣だった。たぶん斬馬刀としても使えるレベル。どっかの狂戦士の鎧を着るヤツがもってそうな長さだ。幅はそこまででもないけど。

 刃を形作るのは僅かに金色に光る謎の物質。そして柄のすぐそばに何かの紋様。いや知ってる。これウルムナフ王国の紋様だ。

 ……なんだか嫌な予感がして、僅かに指を切って血を紋章部分に垂らした。

 ペカーと光を放つ紋様。うん。

 じいさんには悪いけど誰が持っていくか!?狙われてるのになんでこんな身分証明書みたいなものをぶら下げねばならん。そもそも体格的に使用不可能だろう。

 いや、一応フュージョン形態だと使えるのか?とりあえず保留。


 全くじいさんも厄介なものをおいていってくれたものだ。

 一人心の中で呟きながら、日記を読み進める。

 しかし最後の日記丁は半分を過ぎた辺りで、明日ルプスを連れて初めての実験をするという言葉で締めくくられていた。


 ―――そうだ、もしかしたら何か見落としていることがあるかもしれない。何か解釈違いしていることがあるかもしれない。

 そう自分に言い聞かせてもう一度頭から日記を読もうとする。分かっている。こんなことは現実逃避だ。

 だって仕方ないでしょう?これが終わったら私は…私はこの家を焼かなければいけない。

 偽造のためにじいさんもその時一緒に。亡骸とはいえ、じいさんを家と一緒に焼くのだ。それだけで気が狂いそうになる。いっそ狂えれば楽になるがそうはいかない。現実逃避の何が悪い。


 家の中から必要最低限のものを取り出す。金はもちろんの事、携帯食料やそれらを入れるもの。サバイバル訓練の時に、やることはないだろうと思いながら受けていた長距離移動訓練のことを思い出しながら荷物を積める。

 じいさん作の手記も情報が一纏まりになっているものだけ取り出し、細かすぎるものは置いていく。他にも地図系統のでかいのもアウト。持ち出すものは最低限でなければならない。

 あくまで可能性だが、襲撃者があの男達だけとは限らない。急いで準備を進めなければならないと考え、ただ義務的に知識を頼りに体を動かす。ああ、まさかちゃんと体を動かせるようになったことを、こんなにも早く恨むことになるとは思っていなかった。魂で操作するだけならば、余計なことは考えないで済んだのに。


 支度を終えると、次は家中に油を撒く。まるで最初から全て分かっていたかのように、家の中は可燃物に満たされていた。

 つい今日の朝まで過ごしていた我が家は、今や見る影も無かった。いや、パッと見るだけでは一部物が無くなっているのと、撒かれた油以外に変化は無い。

 それでもこれまで過ごしてきた人間としては、今まであった何かが消え去った家を呆然と見るしかない。例えるならばそう、死んだ人間のように魂が抜け去っていた。死んで肉塊と同じく、ただ家具が置かれただけの木の箱と化していた。


 リビング。いつも一緒にじいさんと過ごしていたはずの場所。いつもの場所に私が座り、いつものように向かい側にじいさんが居て、いつもじいさんが淹れてくれた紅茶のようなものを飲んだ。

 それが空虚で、あまりにも中身が無くて。砂糖を入れたはずなのに、紅茶がとても塩辛くて。

 私はたぶん前世での一生分の涙を流した。一生分の涙が尽きてしまったら、今後私は泣くことがあるのだろうか。

 冷え切った紅茶を飲み干す。五年間。意識があった期間で言えば二年と半年。この異世界で手に入れた全てを、私は炎の中に落とし込んだ―――。




  ―――その日、アハト村の中では有名な魔術師の家に火災が発生した。

 火の勢いは凄まじく、朝早くで準備が滞り、火が消し止められた時には家は面影がないほど焼け落ちていた。

 同日未明に森の中で謎の地面陥没があり、その調査のために人が出ていたことも、鎮火が遅れた原因とされている。

 家の中から発見された遺体は一つ。村人達はその事実を訝しんだ、この家には二人の住人が住んでいたはずだと。

 それにあれほどの魔術師が火事一つで死ぬのだろうか。…遺体の損傷が激しく、腹部の刺し傷が見つからなかったことは、誰にとっての幸いだったのか。

 このことは結局ただの事故として処理され、その後姿を現さなかったもう一人に関しても、遺体は見つからないが死亡として処理された。全て村長が決めたことである。


 ―――そして。

 その日の深夜、村の中でただ一人。もう一つの死体と出会った村長は、彼の事情を全て知り、村の中に置くデメリットを知りながら、彼に残るように言ってしまった。

 彼は笑ってこういった。


「この村はじいさんとの思い出が強すぎて、長く居たらきっと私は死んでしまいます」


 その笑顔があまりに儚くて、村長は彼の影に別の人物が見えた。


「だけどそれはできないのです」


 彼/彼女は嬉しそうに/悲しそうに。


「じいさんの愛してくれた俺を、私は殺してはいけないから」




 炎の中。燃えぬ魂だけを頼りに、彼女は闇に沈んでいった。

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