私の名前は―――。

「ハァ…ハァ…ハァ…」


 結局銃撃は私が飽きるまで延々と繰り広げられた。

 あの男は崩れた地面と合成されてもはや欠片すら残ってない。命の欠片まですり潰してやった。

 周囲を見渡す。私の正面ほどじゃないけど酷い有様だ。どこもかしこも無機物有機物の区別なく破壊の爪痕が残っている。

 瓦礫と肉片。そしてその中に。


「じいさん!」


 見知った命を見て、【闇外套】を解いて慌てて駆け寄る。

 自らの血で浸っているじいさんを跪いて抱き上げる。傷は…完全に塞がりきってない。意識も無い。


「じいさん!じいさん!」


 大慌てでじいさんを何度も呼ぶ。こんな時にどうすればいいのか分からない。仮にも現代に生きてた癖に、進んだ医療なんてものを全く知らないのだ。

 下手に揺らすこともできずに、名前を呼ぶ。それが届いたのか、じいさんは咳と共に一度血を吐いた後、ゆっくりと瞼を開けた。


「じいさん…」


 安堵の声。そこで私は自身に失敗に気づいた。

 人型であるおかげか、この体は言葉を放つことができる。だがそれは決してあのルプスの声ではない。抱きかかえてる私自身にも、ルプスとの共通点は全くない。じいさんを抱え上げてる時点で縮尺がおかしいのだ。

 じいさんの瞳に私が映る。怖い。あの男達からは終始悪魔と呼ばれた。私はそれで構わないと思った。奴らを殺せる悪魔ならそれこそ本望だと。

 だけど今目の前にいるじいさんからそう呼ばれるのが心底怖い。じいさんから何かも分からぬ悪魔と見られることを想像するだけで、心の奥が締め付けられる。

 抱える腕が振るえる。安静にさせないといけないのに、体言うことを効かない。そして…


「ルプス…か?」


 その一言で安堵した。


「わ、分かるの?」


 震える声で尋ねる。声も形も違い私を私と認めてくれた人物に。

 じいさんは私の言葉に応えずに、私の胸の辺りに手を走らせる。


「これは…これが。そうか。そうだったのか…」


 じいさんは何に納得したのか、深く頷く。


「ルプス。『ソレ』の名は一体なんと言うのじゃ?」


 じいさんの言葉の意味を一瞬理解し損ねる。だが考えるパーツは揃っていた。この体は元々じいさんが用意したもので、そしてじいさん自身この体に何か足りないものがあったのに気づいていたのだ。


「『魂』です」


 不思議な気分だった。いつも色んな事を教えてくれたじいさんに物事を教えている。


「そうか…」


 じいさんは目をつぶって頷き。


「もう一つ質問をしても良いか?」

「なに?」


 そして次の言葉に私は絶句した。


「お主は本当にルプスか?」


 その言葉は私が恐怖していた言葉だった。

 まさか私は悪魔が真似て出てきたものとか、そういう風に考えているのだろうか?プロト○イプ的思考で言えば、私自身が気づいていないだけの可能性もあるが、それでも私は私だった。

 だからじいさんの言葉でショックを受けて、そしてじいさんの表情を見て考えを改めた。


 もし悪魔が化けてるなどと考えているのなら、じいさんはもっと険しい顔をしているだろう。だけどじいさんの表情はいつも私に向けてくれている穏やかなものだった。

 なぜ気づかれたのか。それは分からない。だけど私は確信した。

 じいさんは『私』を見ているのだと。

 その誠意には答えないといけない。


「私は實下結菜みした ゆうな。別の世界から来ました」


 そう宣言する。


「そうか…そういうことであったか」


 何を納得したのか、じいさんはまた深く頷く。


「だけど…」


 そのじいさんに私は言葉を繋げる。どれだけ都合のいい言葉でも、私はじいさんに言わなければならない。


「この世界でじいさんと過ごした私は。いや、俺は。確かに『ルプス=クロスロード』だ」


 じいさんの顔に深い笑みが刻まれる。


「そうか。そうだな」


 もう一度目を瞑ると、じいさんの表情が物事を教える時の真面目なものに変わった。


「ルプス。今から大切なことを話す」

「ヤダよじいさん。大切なことなら体がちゃんと治ってから話せ」


 イヤイヤと首を振る。じいさんの話を聞こうとしないのは初めてだ。


「ルプス」

「ヤダって。今すぐ村に連れていくから。私じゃ無理でも…」

「ルプス」


 じいさんが私の頭に手を置いてくれる。

 泣いてる子供をあやすようだ。いや。そうか。私は泣いてるのか。


「時間が、無いのだ」


 その一言で私の感情は抑えられた。

 後悔の言葉はいくつも浮かぶ。ああすれば良かったのでは。あれは不味かったのでは。溢れだしそうになる言葉を何とか押しとどめる。

 死は理不尽に訪れる。私はそれを知っている。だから最後の一瞬まで、一瞬でも長くじいさんと話していたい。


「わしの部屋に行け。そこにお主の両親のことと…少しだけ餞別が置いてある」


 じいさんの部屋。直接入ったのは、本棚を出すときの一回だけだ。


「必要なものだけ持ったら。家は焼け」

「な、なんで!?」


 あの家にはいくつも思い入れがある。それにこれから私はどこで生きればいい。


「お主を狙っとる輩がおるのじゃ。そやつらの目をくらませるために…ゴフッ!」

「じいさん!」


 じいさんが咳と共に血を吐き出す。


「王都を…目指せ」

「王都?王都に何があるの?」

「ゴフッ!ゴフッ!ゴハァ!!」


 大量の血がじいさんの体を赤く染める。

 本音を言えば。今すぐ叫びたかった。泣き出して抱き着いて死なないでと言いたかった。

 だけど言えない。


 真っ青なじいさんの顔が、少しだけ綻ぶ。

 ああ、これで最後なのか。二回死んだことがある私には、それが手に取るように分かった。

 じいさんが震える手を伸ばしてくる。私はその手を掴む。


「ルプス…」

「…うん」

「わしは………お主を……―――」


 中途半端な言葉を残したまま。じいさんの体から力が抜ける。


 ―――死んだ魂は、上位存在が回収して単純エネルギーに戻して循環させる。


 …やるものか。誰がお前らなんかにやるものか。

 じいさんの体に抱き着き。その体から出ていくものを捕らえる。今の私にはそれができる。




 ―――入り込む。ユミル=ヴォルスングの魂。

 いくら魂を手に入れたからと言って、その全てを知ることができるわけではない。だけど。たった一言。最後に放とうとした言葉が聞こえてきた。


 ―――愛している―――


 泣いた。泣いて叫ぶことしかできなかった。

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