殺すための知識。

 その時、頭の男の脳裏には瞬時に逃走の可能性が思い浮んだ。

 目の前の化物は、明らかに普通の人間が相手にしていい類のものではない。手下の全員が死ぬまで戦っても、未だに底の一つも見えないのだ。

 もしかしたら。ただ逃亡するだけならばなんとかなるかもしれない。少なくとも戦って勝つよりは簡単だろう。

 しかし―――


 肉塊となり、地面の染みと化した者達を見る。そのほとんどが原型を留めておらず、死んだ場面を見ていなければ頭ですら一部の人間の判別がつかなかっただろう。


 最初に殺された風属性の男。彼は元々盗賊で、男達が盗賊狩りの任務を受けた際、たった一人だけ生き残り隙をついて男達の元メンバーの一人を殺した。その生存能力と根性を見て、頭自身が傭兵団に入れることを決めた。


 火属性の男は元冒険者だった。向上心が高いパーティのメンバーで、無謀な戦いに出た結果彼を除いて全員が死亡。残った彼も無謀なことをするヤツと噂が立ちパーティを組むのを拒まれ、一人でその日暮らしをしている所を誘ったやつだ。


 土属性と雷属性の男は頭と共に傭兵団を作った最初期のメンバーだ。傭兵団以前にも交友があって、設立時には自分たちは頭が悪いからと団長を自分に譲った。


 水属性の男は団の中でも若い部類で、剣技に対して光るものをもっていた。だからこそ冒険者ギルド内で下に見られるのが嫌になって、実力主義の傭兵団に入ろうとしてきた。最初は断ったが確かに才能のある剣技を見て、頭自身が弟子として育てていた男だ。


 別に彼らが死んだことに対して恨みがあるというわけでは無い。世間一般的に見て自分たちの方が悪いことをしたという自覚はあるし、そもそも自分たちのようなものが死んだところで困る人間も悲しむ人間もいない。

 確かに人の役に立つことをしたことが皆無というわけではないが、ほとんどは人には言えないような仕事ばかり。自分自身で自らを悪だと認めているのだから言い訳もできない。


 そう。悪い奴だ。今回だってじじいを適当に殺して子供を誘拐しようとしていた。過程で必要があれば無実の村人を拷問にかける可能性もあった。今更いい人ぶる気もない。


 だけど、だからこそ。同じ死んで喜ばれる屑だからこそ、屑は屑並みに言わなければならない。屑が屑を見捨てたら、誰が屑を助けるのだ。


「てめぇらの酒は今日から俺のもんだ。代わりにあの世でリベンジする機会を与えてやるよ」




 あと一匹。あの頭の男を殺すだけ。

 殺す。殺す。殺す。もう奪わせない。私の幸せ。私の平穏。私の大切な人。奪うのは私だ。


 最後に残った男は全く戦闘に関する情報が無い。ここまで徹底して部下の指示だけを出して、全然戦いに参加しようとしていない。さっき私が土属性を殺した時も、やろうと思えば介入できただろうに。

 わざと自らの手の内を晒さないために?そうだとすれば厄介極まりない。だがもし、男がただの軍師タイプの男で、指揮以外できない人間だったら?


 ……分からない。剣の構えもあまりにも普通すぎる。まるで六属の無い私が構えた時のように、何の属性にも見えない通常の構え。火属性や風属性だったら型が分かりにくいことも多いが…判断材料が少なすぎる。


 とにかく相手は自分からは動かないらしい。先ほどから剣を構えてこちらの動きを待っている。

 ならば罠だろうとこちらから攻めないと埒が明かない。さっきは来るのが分かっていたから簡単に対処できたが、下手に雷属性などであれば一瞬で殺されかねない。


 実物の両手を握る。連動して【闇腕】も手を握る。

 突撃。全力で地面を蹴り前に跳ぶ。反動を受けた床が大きく抉れ背後に吹き飛んだ。雷属性ほどの速度は無いが、今だったら正面衝突だけで土属性以外の奴を吹き飛ばせる自信がある。

 右腕を持ち上げ、真正面から叩き付ける。


 強く握られた拳が迫る中、頭の男は剣を構えたまま身じろぎ一つしない。まさかあの剣で正面から受け止めるつもりなのか?土属性なんて言わないよな。


 拳と剣の衝突。そのまま殴り抜ける感覚を腕が感じ…


 男の背後に拳が落ちていた。


 水属性か!触れるまで気配も感じなかったぞ!

 でも分かったなら対処はできる。今の右拳は相手の動向を見るための囮。

 左手を開き、男を捕まえるために前に出す。


 速度の遅い掴みならお得意の受け流しだってやりにくいはず。そう確信して攻撃し……再び腕が男の背後に流れた。


 これでもダメか。とにかく一度背後に引かなければ。

 そう考えたところで私の背筋に冷たいものが走る。


 近い!?

 男との距離が完全に零距離と言っていいほどまでに迫っている。ここまで近くになるようにした覚えはないし、男もその場を動いていない。

 私の両腕を流すときに前に踏み出るように仕向けられたのか!?

 気づいてももう遅い。幸いこの体はかなり頑丈みたいだし、水属性の一撃なら耐えられないことも…。


 そしてもう一度の戦慄。


 男の構えが変化し『溜め』のような動作をとる。


 こいつまさか!


 慌てて腕の先をロケットのように噴射し休息離脱を図るが、男の速さは完全な離脱を私に許さなかった。

 剣閃一筋。実体の左腕が宙を舞う。




 頭の男は本来傭兵になる必要も無いような男だった。

 一位は学べば。二位は誰でも。剣術においても魔術においても、二位までの位階は大抵誰にでも取れる。特殊な属性などでもない限り。

 才能の無いものは不可能。普通のものは成長できるギリギリの年で到達できる。才能のあるものは通過点とし次の位階に挑める。そんな格言のようなものがあるほど、二位と三位との力量には差がある。通常のギルドなどでも、三位に片足突っ込んだ二位であれば上級者と呼ばれるほどに。


 男には才能があった。だが生まれが悪かった。

 貧乏な六人家族の長男として生まれた男は、誰かに剣を師事することなどできず、家族のための稼ぎ頭としていち早く働く必要があった。

 剣技は全て独学。幼いころから冒険者の下働きをして見て、時には機嫌のいい冒険者に剣を借りて練習して技を盗んだ。たったそれだけの訓練だというのに、実際に戦闘に出るころには三位に片足を突っ込んだ二位。つまり上級者と同等の力を持っていた。

 それに貧乏であったが故に生き残るための知識に貪欲で、冒険者達から盗んだものは剣技だけではなかった。読み書きに戦術。世界の事。金の稼ぎ方。戦闘で危険を見抜く方法。

 男は駆け出しだったがやり手の冒険者として名を馳せた。そんなある日だった。


 先輩の伝手を頼り本来受けられない商人の護衛の依頼を受けていた時だ。よくある、というかそのための護衛依頼なのだが、商人の馬車が盗賊に襲撃された。

 対人戦は初めてだった男だが、盗賊相手に負ける気はしなかった。盗賊の大抵は良い者でも二位の中堅。結局三位に手が届かないような負け犬たちの集まりだと。

 事実男は盗賊を圧倒した。だが一度。たった一度だけ攻撃を受けてしまった。

 決して致命傷などではない、回復魔術を受ければすぐに治る程度の傷。男はそれに衝撃を受けた。

 相手が盗賊だからといって手は抜いていなかった。注意も十分にしていた。若者特有の無茶な戦いもしていなかった。全てが完全に整えられていたはずの環境で一撃を受けた。

 魔物相手だったら絶対にこんなことにはならなかった。そこで男は対人戦というものを知ってしまった。

 それで気づいたことが、対人に対する恐怖や、反省であればどれほど良かったことか。


 男は魔物と違いただ見た目だけでは判別のつかない、対人戦という世界にのめり込んでしまった。

 ちょうど金も必要だった。そこで貧乏仲間を集めて結成したのが対人メインの傭兵団。

 先ほどは仲間をかけあいに出して悪魔と戦うといった。もちろんそれもあるだろうが、そんなことが無くても男は悪魔との戦いをやめなかっただろう。男は気づいてしまっていたのだ。目の前の悪魔との戦いは、ただの魔物戦などという無機質なものでなく、対人戦という命の掛け合いだということを。


 生まれ持っての戦闘狂。ルプスとはどこまでも相いれない人間。

 度重なる戦いで身についた技量は既に三位に到達している。しかもそれは一つだけではない。

 光属性の水と雷の複合属性。剣術は水、雷共に三位。


 水と雷。魔術においても相性の良いこの複合属性は、対人剣術において真に最強と名高い組み合わせだ。

 元々それぞれ単体で最強クラスの攻撃属性と防御属性。その相性は凶悪だ。

 水属性の弱点である受け流し後、すぐに攻撃に移れない点。雷属性の弱点である攻撃前後の溜め。まるで示し合わせたかのように互いの長所が互いの短所を打ち消している。


 対人に特化した戦闘狂いの牙がルプスを襲う。




 ―――っ!!

 致命傷は避けれたが、切り取られた左腕が灼熱の痛みを産む。

 痛覚は皮膚の辺りにしかないなんて話を聞くけど、自分の左腕がないという現実だけで、失った左腕の形をした痛みの塊があるように感じる。

 たしか幻痛とかって言うんだっけ?医学に詳しいわけじゃないからいまいち分からない。


 …だけど。

 己の体となったゾドムのスペックを調べる。―――不可能ではない。まだ相手の力量も判別しきっていないし、仕掛けてみるのも悪く無い。


 意思を固めると【闇腕】の操作を意識する。片腕を失ったせいで、ただ腕に追随させるだけはでは操作できない。

 再び全力で敵に向かって突撃する。そして同じような右拳。もちろん受け流されて今度は左も拳を放つ。こちらももちろん受け流され、至近距離に男が迫る。先ほどと同じ流れで、男が溜めの動きをする。


「アアアアアア!」


 だが私はその溜めを許さない。【闇腕】の操作を実体の腕から外したのただ腕の操作のためだけではない。追従させる必要の無くなった実体の腕は、もちろん攻撃に使用できる。そしてこの体の腕は人間一人殺すには十分の力を持っている。

 絶大な威力をもった素人拳が男に迫る。その時男は笑っていた。


 もし男が本体を狙おうものなら、たぶん相打ちぐらいは成功できる。もちろん男の命と引き換えの上、生命力の高いこの体だったら生き残れるかもしれない。

 下手に避けても左右は私の【闇腕】に。正面は私自身に阻まれ、背後も決して安全地帯とは言えない。

 厳しい状態の中で、男はどちらの選択肢も選ばなかった。

 剣の一閃が走り、殴りかかっていた右腕が肩口から吹き飛ぶ。


 完全にバレていたのだ。

 インファイトに必要な腕が無くなった。一応足もあるが素人に両腕がないアンバランスな状態で蹴りを放てなんて言わないでほしい。

 頼みの【闇腕】は両腕とも男の背後に埋まっている。戻して再度放つ時間は無いし、仮にあったとしても再び受け流されるだけだ。

 私が罠として放ったあらゆる行動が裏目に出ている。自分で自分の首を絞める最悪な状態。

 男の放った後の溜めが消える。攻撃から攻撃までが恐ろしく早い。男は次の一撃で決まると確信したのか、新たな溜めに移りながら口元に深く笑みを張り付ける。


 だから私も笑ってやった。


「ぬっ!」


 男を取り囲むようになっていた腕がら幾本もの杭が現れる。雷属性の男をやったヤツを内側に重点をおいた感じと考えてもらっていい。

 次の攻撃の溜めに夢中だった男はその場で…足首だけの力で跳躍し、ぎりぎり杭の範囲から抜けていた。


 水、雷でそんな跳ぶのか!これだからこの世界の剣士ってやつは!

 一度の踏み込みで数メートル移動できる悪魔の身で言える話ではないが、他人に厳しく、そして嫌いな奴にはもっと厳しい私にそんな話は関係ない。


 男は跳躍で回避どころか、空中でコマのように回転しながら剣を構えている。

 全力で男と同じく足首の力で背後に跳ぶ。一閃。危ない。間の杭が僅かに速度を落としてくれなかったら致命傷だった。


 攻撃範囲外に抜けた私の上半身の右側に、深々と縦一文字の切り傷が走っている。それでも問題は無い。限界まで傷つけられるか、完全に致命的な一撃を加えられない限り、この体は死なない。

 切られたところの肉が活性化し泡立って、抉れた肉を修復していく。いくばくもしないうちに体が元に戻った。


「おいおい」


 呆然とする男を置いて、私は先ほどの杭攻撃の時に混ぜて忍ばせておいた闇のロープを引き寄せる。括り付けた先にあるのは切り落とされた両腕だ。

 腕の切断面を合わせる。体の切り傷同様肉が泡立ち、すぐに元と同じように接合される。軽く動かしてみるが動きに支障はない。


「悪魔が…!」


 返す言葉もない。そこで私は考える。

 現状では男に勝つことはできない。実体の両腕は戻ってきたが、インファイトで使っても再び切り落とされるのがオチだ。【闇腕】と同時に四本攻撃、というのも今の私のスペックでは難しい。あれほど熟練した相手なら雑な攻撃を受け流されて結局は同じ流れになるだろう。そして次のダメージが致命傷にならないとは限らない。


 ならばどうする。思考の停止は死だ。ここまで来ておいて今更勝てる道筋が無いなんて言わせない。奴を殺せる力は手に入れたはずだ。ならば後は使い方を考えるだけ。

 私の武器は闇属性。六属性全てに通ずる原初の一。同時にただ行使するだけでは全ての六属性に負ける最弱種。

 水と雷という複合属性に騙されるな。あくまで攻撃の起点は水属性。水属性の弱点属性は風。多彩な手札と一撃に重みをおかない戦い方で、受け流しのメリットを少ないせいだ。


 そうか、手数が足りない。両腕が二セットでは足りないのだ。何だったら奴を殺せるか。威力は即死ほどじゃなくていい。ひたすらに奴を殺せる分の物量を持った力。

 該当条件に当てはまりそうな武器を思い浮かべる。自らの魔術精度を考え、可能であると判断する。


 外套から派生した腕の形が変化する。基礎は一回転の間に弾生成から加工、発射速度に回転補正、そして発射のプロセスを行うシステム。後は物理世界で行動する器を用意する。

 幸い形だけならちゃんと頭に設計図がある。この世界にはないであろう悪夢の一つが。




 男にはそれが一体何に見えただろうか。

 シルエットだけ見れば大きな筒。正確に表すならば、六つの小さな筒を大きな輪で何か所か包み、強引にまとめ上げた変な筒。根本の部分は円形の台座。それが左右に一つずつ。

 男には分からなかった。だがルプスの元の世界の住人であれば、多くの人がそれをこう名付けるだろう。

 ―――ガトリングガン。


 ぐるりと右腕側の筒が回転を始める。

 一瞬のうちにソレが危険だと察せたのは、戦闘狂ならではの直感か。


 闇魔術で造られた弾丸が射出される。速度は頭の目でギリギリ追えるレベル。

 直前の直感のおかげで何とか剣の腹で弾丸を弾く。


 このガトリングを撃つ際に、ルプスは命中精度をあまり深く考えずに製作していた。ゲームの欠陥銃みたいなほどではないが、決して集弾性は高くない。それがこの場に至っては良い方向に作用していた。

 もし全ての弾が一直線上に進めば、頭の腕だったら弾を弾き返すことすら可能だった。だが僅かに一弾一弾着弾箇所の違う弾丸に、頭は身を守るだけで手がいっぱいになる。


 ―――左の砲塔が回転を始める。一本で限界だった男に無慈悲な嵐が襲う。

 初撃は男の右肩に着弾した。四位レベルの力で造られた弾丸は、その一撃で左肩のほとんどを吹き飛ばす。

 片腕が使えなくなった剣が、右砲塔からの弾丸の対処を誤り、剣を持ったまま手首から先が空を舞う。


「……あ」


 空を舞った手を弾丸は執拗に撃ち抜く。

 見開く男の瞳。男の瞳の先で弾丸が空を走る。走る。走る。

 体の隅を弾丸が削り、体から外れていった肉片をさらに執拗に追い撃つ。

 男は端から削れる体を見下ろして―――


「アハハハハハハ!アハハハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 悪魔の狂笑だけが崩壊音を彩りに咲き誇る。

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