ここからは私の時間です。
不思議な感覚だった。
目の高さは生前よりも高く、ルプスの時の視点の高さから霊体状態、さらに現在の高さと若干酔いそうになる。
力に溢れすぎている四肢は、たぶん普通の鉄ぐらいなら素手で引き裂けるぐらいの力を持っている。頭の中には明らかに自分のものではない知識がある。
それでも。
自らの真っ黒な手のひらを見下ろして開閉させる。指が動く。指を動かそうとしたら指が動く!
自分のモノでもない知識も合わせて思考が簡単に回る。下手な迂回などせずすぐに頭が動かせる。わざわざ魂を間に挟んでの行動でなく、あっさりとその工程が行える。
帰ってきた。今までのどの体とも全く違うものでありながら、私は今までにない生の実感を覚えていた。
四位闇属性召喚物。固有名称ゾドム。
いや、こうなってはもう単純に召喚物というのは違うだろう。
…ふむ。安直かつパクリだがあの名前にしよう。
四位闇属性フュージョンモンスター。ゾドム。
今の『私』だ。
自らのものでない知識を探る。闇属性の魔術を理解する。
闇属性の魔術は脆い。それは本来この世界に存在しない物体であり、しっかりとした実体を保たないせいだ。反対にその曖昧さは属性を乗せることであらゆる変化を起こす種となる。まるで魂のようだ。
明確な形がないせいで確固たる力を発揮できない。それは本来欠点であり、じっさい悪いところだ。しかし同時にそれは無限の可能性をがあることを闇魔術に示す。
形は自分で作り出す。球などという形に囚われない形を。
魔術を加工するための技術はある。そして幸いにも、私には思い浮かべれるイメージがいくつもあった。
格段私は想像力が豊かな人間ではない。しかし今はそのことは関係無い。私には知識があるのだ。
アニメ、ゲーム、漫画、小説。前世のサブカルチャー知識が私の力の根幹を形成する。
さらに、というべきだろう。例えば十を聞いて十を成せる人間は良いほう人材だろう。基本的に人間は聞いたもののいくつかを取りこぼすものだ。だが十を聞いてそれ以上を成さねば有能とは言えない。そしてこと魔術技能という点において、この世界の人間を置いてけぼりにする力を私は有している。
四位まであるゾドムの知識を足がかりに、その先。五位の魔術に手を届かせる。
先程の攻防を思い起こす。左の拳を破られた時、相手の隙大きかったため大丈夫だったが、もう一歩踏み出されていたら危なかった。そして現状の人数差では明らかに相手のほうが多い。一人では届かない一歩も、二人であれば簡単に届くし、残った人間が先程の奴らと同じ技量だと考えるのも甘いだろう。なにより相手はこちらをかなり警戒している。
サブカルチャー知識と魔術の知識を総動員し、何を作るかを考える。
形成物のイメージを固定。構成要素を想定。適正呪文を構築。
私の口が開く。放たれるは圧縮された呪文。
それは人間が聞こえる範囲を超え、理解できない言語で放ち、空気の振動は私の視界内においてのみ輝く言葉すら映し出す。
魔術の形成に外の力を整えるため、呪文は口から発さないといけない。恐らく空気の振動など何かの条件があるのだろう。だけどそれは別に人間が分かる言語でなければいけないなんて縛りはないし、わざわざ聞かせる必要性だってない。
ゾドムの体は人間には発することのできないできない呪文を放つことができる。本来の十分の一以上の速さで組み上げた魔術を私は展開させる。
この世界には思うところがいくつもある。だから私は宣言してやろう。
―――ここからは私の時間だ。
頭は焦りを覚えていた。
元々のメンバー数は六人。戦術ももちろん六人で扱えるようなものを訓練してきた。
基本的に軍隊などであれば、人員の三割ほどが死ねば全滅と称される。それは人数の少ない男達でも当てはまるところがあった。
今残っているメンバーは光属性の土剣士。光属性の水剣士。闇属性の雷剣士。そして頭の四人。メイン火力たる闇属性の二人が早々と死んだのは痛かった。
基本的に配下の男達は頭が悪い。普段体に染み込んだ連携ならともかく、細かい指示は頭が出さないといけない。特に今はメンバーの抜けから連携にも差異が出て来る。実質的な戦闘力は三人だ。
頭が現在の戦力でどこまでできるか、頭のなかでそろばんを弾く。幸い部下は無知ではあるが無能ではない。飛ばされた土属性の男も、じじいの回復に専念させていた水属性の男も前線に戻って武器を構えている。
作戦に悩む頭だが、残酷なことに悪魔は待ってはくれない。
何をどうやっているのかは分からないが、今度は悪魔は闇のマントのようなモノを作り出した。
本当に布であるかのようにたなびくそれは、中央の部分が裂け、羽のように二つに広がっている。
奇怪な形に眉を潜めたのも束の間。マントが蠢いたかと思うと、一対の腕を形成した。先程のように拳だけではない。
不気味としかいいようのない変貌。強さは折り紙付き。
頭は瞬時の内に指示を叫んだ。
五位闇魔術【闇外套】
闇の外套を生み出し、それを四位闇魔術【闇腕】に変化させる。頭の男は瞬時に手下の男達に命令を出し、隊列を組み直していた。
「ベック、お前は左翼でひたすら耐えろ!ペッシとヨードスは右翼に展開!」
私の右腕側にベック…大盾持ちの土男。左腕の側にはじいさんに回復魔術をかけていた光属性の男と、もう一人は情報がない。
なんにしても、とでも言うべきか。
―――叩き潰す。
悪魔が一直線にこちらに向かってくる。振りかぶるは右の腕。空気を切り裂く豪腕が土属性の男、ベックに迫る。
「グッ!」
直撃、しかし耐えきる。しっかりと地に足を下ろし、来ると分かっている攻撃を耐える場合において、土属性の剣士を抜けるものはそうはいない。
右腕側の不利を悟ったのか、今度は左腕が唸りを上げる。
正面に立つのは、ごく一般的な剣を握る一人の男。土属性の大盾とは比べるのもおこがましいほど細い剣が、唸る豪腕と衝突し。
ぬるり、と衝突した拳が男の背後に落ちた。
水属性の剣士。その特徴は受け流しといわれる高等防御術。土属性のようにただ耐えるのではなく、相手の攻撃を逸らして流す。相手の攻撃を無傷で完全に潰し、さらに相手の体勢を崩す脅威の技。
六属性中最も習得が難しいとされており、同時に習得した際の力は最も大きとも言われている。
だがもちろん弱点もある。
完全に受け流す水属性の剣術だが、そこに一点集中するため受け流した後の反撃ができない。一応上位の者は受け流し自体を攻撃に転用したり、相手の体勢の方が大きく崩れるので直後の戦闘は有利に進めれるが、いかんせん受け流しを除けば全ての技術が他の六属に劣る。
しかしそれは決して水属性が使えないということには繋がらない。
水属性剣士一人の腕で足りないのならば。
仲間の剣を頼れば良い。
水属性の剣士の後ろに隠れていた男が、身の安全を確認して体を晒す。
雷属性の剣士。特徴は他のあらゆる剣士を置き去りにする速さ。
相手に切らせず相手を切る。その剣筋は歩法も含まれており、何メートルも離れた位置から接近と切断を同時に行う。
悲しいことに攻撃属性の中では威力が低く、さらに攻撃の前後に溜めのようなものが一瞬入るせいで、魔物系統との戦いには向いていない。代わりに対人戦においては、その一撃必殺により最強とも言われている。
グッと雷剣士が腰を落として力を溜める。いくら威力が低いとはいえ、速度である程度は補うことができる。
土属性と水属性で腕を抑え雷属性でとどめを刺す。己の必殺の布陣が決まったことと、普段とは違う陣形でも部下が柔軟に対応してくれたことに頭は口元に笑みを浮かべようとして…その表情が凍りつく。
悪魔が笑っていた。
あの男達は勘違いをしている。
悪魔悪魔と連呼して私を攻撃する。理由はわかる。誰しも私が召喚した悪魔の中に入ってるなどとは気づかないだろう。
そう、気づけなかったのだ。眼の前にいる敵が人語を解し、人の道理を理解するものだと。
だから彼らは私との対峙に『対魔物戦』を想定して戦ってしまった。もしこれが対人戦だと分かっていたならば、男達だってもっとやりようがあっただろう。
男達の作戦。それが私には手に取るように分かっていた。
というかわかり易すぎる。前方に出た二人の役割が盾役なのは明らかだった。特に土属性の方など隠す気があるのかと疑いたくなるほどだ。もう一人は六属までは分からなかったが、構えを見れば分かるものもある。守護属性は分かりやすいものも多い。あの腰を若干落として剣先がふらふらと揺れる構えは水属性のそれだ。
受け流しの水属性とくれば、後ろに隠れている人間がアタッカーであるのは火を見るよりも明らかだ。こちらも二属は闇だろうと想像できるが、六属までは分からない。しかしこちらも構えをみればすぐに分かった。あの攻撃前の溜めは雷属性の特徴だ。
対応策はもちろんできあがっている。【闇外套】はそれ自体は攻撃力も防御力もほぼないただのマントでしかない。その特徴は瞬時に別の魔術につなげることができる反応速度にある。それは別の魔術を展開している途中でも変わらない。
故に私は笑みを作る。木属性の魔術で生み出される食虫植物などを見たことがあるが、奴らが迫る得物を見る時の気持ちはこういったものだったのだろう。
さあ早く来い。ここが私のお口よ。
「待っ…!」
頭が止める時間もなく、雷剣士は溜めた力を開放し高速移動攻撃を決行する。
その直前。本人ですら動く体を止められないタイミング。この場でソレの発生を見ることができなのは頭と、放った悪魔だけであった。
土属性の男と水属性の背後。動きを止めた両腕の内側。
その内側を埋め尽くすように無数の杭が男達の方に向かって生えた。あくまで腕の間のみという言葉が入るが、その間を抜けて攻撃しようとした雷の男は?
答えは簡単。自ら針山に突っ込んだ男の全身に杭が突き刺さる。奇怪なオブジェだった。
水属性の方は幸いにも内側に向けた杭の特徴から、ちょうど当たらない位置に立てていた。
仲間の無残な死に方に腕を抑えていた二人が怯えを見せる。そして悪魔は隙を逃さない。
手早く土属性の男に向けていた右手を引くと、悪魔は杭に刺さったままの男を引き抜く。途中で腕が杭に刺さっているように見えるが、同じ力同士で傷つくことは無い。
そして水属性の背後に落ちた左手も引くと、悪魔は右手に掴んだ男を水属性の男に向かって投げた。
頭はすぐに気づいた。だが水属性の男は気づけなかった。
向かってくる仲間が、敵が放った攻撃であると。
気づいていれば、いくら成人男性の重さがあるといえど、力も籠めずに適当に投げられた肉塊を受け流すのは容易い。
しかし飛んでくるのが死んだとはいえ自らの仲間で、できるだけ体を残して埋葬してやりたいと考えていた水属性の男は反応が遅れ死体が直撃する。
「うっ」
僅かな痛み。同時に自分と同じほどの重量を受け止めた男の体勢が崩れ、地面にしりもちをついてしまう。
「あ…」
雷属性は元より、同じ守護属性とはいえ受け流しに特化した水属性の防御力は低い。
振りかぶられた左腕が、装備ごと二人の男を打ち砕く。
左腕は血を滴らせながら持ち上げられ、やってきた右腕と指を絡ませ手を組む。
巨大な塊となった両腕が、今度は土属性の男に向かって振り上げられる。
「ひっ、ひっ、ひっ」
口の端から情けない悲鳴を漏らしながらも、土属性の男は必死に盾を上に向ける。
一撃。男は死ぬことは無かったが、地面に埋まるように倒れさせられ、片腕も折れている。
悪魔は組んだ両手を解いた。それでも攻撃が止むことは無かった。
子供が駄々をこねるように、両腕を交互に振り下ろす。地面、いや洞窟全体が悲鳴を上げるように揺れる。
やがて振り下ろしが止まり、腕が悪魔の両サイドを守るような位置に戻る。一つの肉塊を残して。
ここまでやっても全く動かない頭と、悪魔の目が交差する。
―――あと一匹。
悪魔が深い闇を駆ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます