二回目のさようなら。

「がああああああああああああああああああ!!!!」


 その瞬間。私の中のあらゆる思考が吹き飛んだ。

 この世界の二年間で学んできた戦闘技術も、前世で過ごしてきた価値観も道徳も。


 後に残ったのは純粋なる殺意のみ。


 【闇玉】を展開。数は十。形状はいつものテニスボールサイズ。行動変化回転。射出スピードは命中精度を犠牲にした最大速度。


 もしこれが前世の弾丸通りの威力を保つなら、一撃一撃で対戦車ぐらい狙えそうなものだが、さすがにそんなスペックは望めない。

 【闇玉】は見た目以上に脆い。基本的に何かに当たれば威力を分のダメージを与えて消滅するから貫通を狙えない。一応集中して運用すれば簡単には壊れない玉を作れるけど、それだとせいぜい宙を飛ぶ拳程度。一応人の骨を折るぐらいはなんともないし、例えるならば第五部主人公程度といったところ。パワー不足は否めない。


 しかし私が今展開しているやつなら、一撃で成人男性の体をほぼ両断ぐらいはやってくれる。


 目標はじいさんを切った男。躊躇なく全弾発射する。直前。大きめのラウンドシールドを持った男が割り込んできた。

 私は割り込んできた男が、一瞬の後に肉塊に変わるだろう姿を想像して口元を歪め…


 そして直撃した【闇玉】がほぼ何の役に立つこともなく消え去った。

 盾に衝突した分は金属音をたて消滅。地肌に当たった時は軽く怯んだが、あの様子ではちょっと殴られた程度にしか感じていないだろう。


 その様子に唖然とする暇も無く、私の頭は瞬時に土属性の剣士という言葉を思い浮かべる。


 土属性。防御属性筆頭とも言えるその属性の特徴は、とにかくその堅さにある。

 一応あらゆる剣術使いが、階位を伸ばしていけば人間以上の頑強さを得ることができるのだが、土属性のそれは比が違う。振り下ろした剣が地肌に当たって砕け散った、などという伝承もあるほどだ。


 ならば、と思考を変え威力のみに特化した【闇玉】を作り出そうとした瞬間。盾男の野太い足が私の顔面を捉えた。つくづく足蹴にされる運命だ。

 小さい私は日々の訓練の成果など関係無しに、盛大に後ろにぐるぐると周りながら吹き飛ばされる。抱いていたじいさんも、直撃を食らった時に手放してしまった。


「バカヤロウ!死んじまったらどうするんだ!」

「で、ですがお頭、あのガキ変な魔術を…」


 そいつが頭か。体中に感じる痛みを無視して、じいさんに剣を突き立てた男を睨む。

 今すぐに殺してやりたい。だというのに、頭が朦朧として全く働かない。魂現象なら肉体に関係なく動けよと念じても、魔術の形を明確に想像できないせいで【闇玉】一つ作れない。


 ―――頭を打った、からか…。


 それが分かっても私にはどうすることもできない。指先を動かすだけでも必死な私を置いて、世界は進んでいく。


「ガフッガフッ。き、貴様ら、何ものじゃ…。ものとりでは、無いな!」


 咳と共に血を吐き出したじいさんが、それこそ血を吐き出すように言葉を発した。


「さすが大魔術師様。その通り。俺たちの目的はそこの坊主ってことらしい。あんたはついでだが、一緒に捕らえた方がお徳そうだし…ペッシ。回復魔術だ。先に口を封じろよ」


 お頭と呼ばれた男が手下に指示を出すと、ペッシと呼ばれた男が布を手に持ってじいさんに近づく。

 対するじいさんは、男の言葉のどこが不味かったのか青ざめた顔で呆然としていた。


「る、ルプスが狙い?なぜ!なぜ我々の場所が!」

「別に俺たちはあんたらを探してた訳じゃない。ただ元々俺たちアウトローの間じゃ有名な話でな。村や小さな町に妙な物資の流れがあったら教えて欲しいっていうお得意様の依頼があったんだよ」


 その言葉に今度は私が呆然とする番だった。

 不自然な物資の流れ?それはどう考えても、じいさんがこの祭壇を用意するために使った魔術具だろう。つまり、私のために用意したこの祭壇のせい。

 私が、原因なのか?私が無理に強くなりたいなんて言ったから。そんなことを言わなければ、じいさんはこんなものを作らなかったのに。


 頭が現状の理解を拒もうとする。自分が犯してしまった罪が。罰が。重くのしかかり、思考を停滞させる。


 傷のせいで暴れることもできないじいさんが、なされるがままに口に布を噛まされる。アレでは魔術が使えない。


「いやいやそれにしても、受けたときはどんな汚れ仕事かと思ったもんだが…」


 頭と呼ばれる男が足元の魔法陣を見る。


「こりゃ全く何をやってたんだか。こんなド田舎で高等な魔術師様がと疑ってみれば邪悪な研究ってか?あのガキは生贄か?いやぁ、ろくな仕事なんてないと思っていたが、正義ってのは意外とあるもんなのかねぇ?」


 冗談めかしく言った男が、地面の魔法陣を踏みつける。


 ―――その行為で。あっさりと私の頭は再起動してしまった。


 よりによってこいつらが。正義を語るのか。神の使いでも名乗るつもりか?だとするならば神というやつはやはりとんだアバズレに違いない。

 許せるものか。許せてなるものか。また奪っていくのだ。理不尽な暴力が。理不尽な現実が。また私から大切なものを奪っていくのか!!

 させてたまるものか!考えろ、頭を使え。この場で最も強力な武器はなんだ。一体なんだったらこいつらを殺せる。


 自然と。私の手は前方へ。魔法陣の方に伸ばされていた。


 ―――普通の魔導具が魔術を起こすのと原理は変わらん。


 魔法陣に手が触れる。


 ―――呼び出すものの階位が召喚物の階位より高ければ、召喚物は無条件で言うことを聞くことが判明しておる。


 ならばその逆は?

 その時。私の口元はハッキリと笑みの形を作っていただろう。


 魔法陣が光を放つ。


「な、なんだ!?何が起きてる」

「おい、じじい!何をやりやがった!」

「チゲぇぞ!あのガキだ!このじじいにはそんなことできねぇ!」

「クッソ!ガキが!ガキが調子にノりやがって!」

「バカお前!やめろ!!」


 男達が慌てた声を上げる中、魔法陣はその光を増していく。確かな感触。私の笑みが強くなっていき…


 そして破滅的な一撃が私を襲った。

 魔法陣の向かい側から投擲された一本の剣。

 全く虫の標本は私の方だ。体ごと地面に縫い付けられたのを感じながら、それでも私は魔術の行使をやめない。


 果たしてそれは現れた。


 魔法陣の光が収束し、洞窟を満たした直後。光の灯らない魔法陣の中央にそれは立っていた。


 姿はあまりおかしいところはない。百七十ちょっとといった身長の、青年とでも言えるような風貌。黒髪に黒い瞳。しかしそれが人間でないのは一目瞭然だった。

 その体は服など何も身につけていないが、代わりに腰から下。そして両腕を黒い毛のような、鱗のような何かが覆っている。

 上半身の多くは肌を晒しているが、その色は見事な青。もしこれを同じ人間だというやつがいれば、そいつはきっと別世界か、別惑星から来ている何かだろう。


 人の形をした人外は、無言で魔法陣の中央に立って現れ、そして…


 ペタリ、と座り込んでしまった。

 その顔に生気はなく、瞳孔が完全に開いている。控え目に表現すればただの肉袋だ。


 誰もが呆然と立ち尽くす中、私の頭のみが高速に回転していた。あるいはそれは、走馬灯とでもいうべきものだったのか。


 観測できない世界に干渉して、観測できる世界に引きずり落とす。その魔術はきっと恐るべき研究量の上に成り立ち、私では想像もつかない幾つもの技術的ハードルを乗り越えて完成されたのだろう。

 しかし、しかしじいさんは。そして世界の同じことを研究する者達も知らないのだ。たった一つ。彼らが知らないで私のみが知りうるたった一つの要素を。


 魂。彼らはそれを知らない。じいさんの話にも、ただの一言もその言葉が出てきたことは無かった。

 だからどれだけ形を形成できても、取りこぼしが生まれたのだ。きっとあの人外には、人外に相応な肉体や知識を持っているのだろう。だが魂だけが足りない。元来魂現象側の存在であるからこそ、その欠陥は致命傷となった。


 後悔先に立たず。とでも言えばいいのだろうか。だけど私が何をすれば良かったというのだ?今日まで召喚魔術のことも知らず、魂現象のことだって説明しようとして説明できることでもない。

 私は…何を…。


 ―――薄れ行く、薄れ行く。私はこの感覚を知っている。

 ―――深く、深く。あらゆる感覚を置き去りにして、意識が沈んでいく。


 そして私は二度目の死を迎えた。

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