成長記録その二
ルプスに魔術を教えると決めた時、私の心は踊っていた。
なんといってもこの私をして制御不能と言わしめる化物だ。一体どんな属性を持っているのか。二属の両方を持っている、六属全てを持っている。それぐらいでは驚かないと心に決めて。
だからこそ結果が出た時、私は愕然とせざるをえなかった。
―――無属性。古今東西の魔術に通ずる私ですら、そのことがどこまで破滅的なことか分からなかった。
何よりも不味いと思ったのは、無属性と知った時のルプスの目だった。大はしゃぎでもらった父親からプレゼントを開けたら、箱の中にドッキリ大成功と書かれたカードが入っていたような冷めた目。気休めにまだ六属が定まっていない可能性があるとも言ったが、本人も、なにより言った私自身もそんなことは信じていなかった。
六属が定まらないのは、まだ右も左も分からずはっきりとした自我を持っていない子供だけ。ルプスがそうじゃったら、ほぼ全ての人間が成人になるぐらいまでは、まともな魔術も剣術も使えないだろう。
それでも一応教えることにした。それ以外に自分が何をすればよいのか分からなかったからだ。結果は壊滅的。ルプスの初めての魔術は児戯にも劣るようなしょぼくれた魔術で、撃った本人の顔も青ざめている。私はその顔を知っていた。魔術行使の疲労が溜まった人間の顔だった。
あんな程度の魔術を撃つだけで疲労がたまる。絶望的と言うしかない。無属性という言葉が、魔術の才能無しという烙印であるとでも言うように。
だから休むかという問いにルプスが否定した後も、何の期待もせず目の前の現実に気を失わないようにするのが精一杯だった。
…直後、樹齢何年という木が弾け飛ぶまで。
やはりルプスは小さな化物だった。無詠唱ということすら私の常識を超えているのに、その後私に隠れて練習したルプスの実力は筆舌に尽くしがたいものであった。私は断言する。なんといってもルプスだからな、と。
魔術の操作技術という面において、ルプスより優れたものはそういないだろう。少なくとも既に私など足元にも及ばない。
後は無属性という弱点を除ければ…そしてそれを除ける可能性を、私は知っていた。
しかし、それはと躊躇する。いくらなんでも法に触れかねない行動は、世話になっている村にも、何よりルプスにも影響を及ぼす。
一旦その方法を置く私。代わりに彼の成長のためならば、その方法以外のことであれば一切の手を緩めずルプスの成長を手伝うことを決めた。
村長の娘に魔術を教えるのも、出来る限り多くの魔術師にルプスを触れさせるためだった。フレーラ自身魔術の素養があったため、途中から教えるのが楽しくなったというのは否定できないが。
そしてだからこそ私は信じることができなかった。ルプスに剣の才能がないことを。無属性という弱点を除けば、あらゆることをこなせると思っていたルプスの挫折。私にはそれが信じられなかった。
それでもルプスの行動を見ていれば経過は明らかだった。最初期のように魔術の練習を一生懸命することもなく、剣術の稽古や日々の練習はただのルーティーンワーク。
さすがに見かねた私は判断を決めなければならなかった。本来の授業予定のさらなる繰り上げ。サバイバル訓練。私がハンター時代に覚えたありとあらゆる知恵を教え込む。
幸いにもルプスの基本的な身体能力は決して悪くない。頭脳に関して言えば、難しい薬品調合の計算式などをあっさりとこなしてみせるほど。あまりにも平然としすぎていたので、授業が終わってからやっと違和感を覚えたほどだ。
だが綻びのようは見えていた。
ルプスのやる気は目に見えて落ちていた。一応必要最低限のことはやるし、気を回すのは下手をすると私より上手い。しかしその行動は傍から見ればどうにも手を抜いてるようにしか見えなかった。お主だったらもっとやろうと思えばやれるじゃろうと。
露骨にそれが現れたのは誕生祭の日であった。元々市場にルプスと出る時、彼は物品の適正価格やら、農民に今の時期は何が作れるかなどをよく聞いておったが、露骨に私に意見を言うことなど初めてだったような気がする。
約二年間連れ添ったものとして、ルプスには通常を超えた親愛、親心のようなモノを感じている。ただの保護者ではなく、彼の父親…は年齢的に厳しいか。それこそ本当の祖父であるかのように考えてた。
ルプスの言う言葉は最もであった。もし本当に祖父と孫の関係であれば、私は彼の目的を全力でバックアップしていただろう。
だがダメだった。彼は、ルプス=クロスロードは、宿命的に平穏に暮らせることはまずありえない。来るべきときの自衛のため、できれば自ら宿命に立ち向かうためにも、私は彼に力を授ける必要があった。
だが悩んだ。今更ルプスをそんなことで縛っていいのか。しかしルプスを縛る縄は強く、何より私もその縄の一因であるのだ。
悩んだ末に出たのはハンターになれという言葉だった。なぜそんな言葉が自分の口から出たのかは定かではない。自分と同じハンターの道。もしかしたら本当に私は、彼のことを息子か孫かと勘違いしてしまったのかもしれない。自分の跡を次いでくれ、などと考えてしまったのかもしれない。
いつかは結論を出さねばならないだろう。遠くないその時までに、自分は何ができるのか。そんなことを考えていたら…あの事件が起きた。
フレーラを庇い、村長夫妻に側に寄り添うよう言いながら、決して自分はフレーラに近づこうとしない彼に何を言えばいいのか。私には分からなかった。盗賊三人を殺したなんて過程は、彼にとってどうでも良かったのだろう。結果だけが、彼に何らかの影響を与えた。
私に話しかけるルプスの口調は、まるで女のようなものに変わっていた。そちらが本物だというように、今まで被ってきた仮面を外すように。
長い言葉なんて要らなかった。
―――強くなりたい。その一言を聞いた私は、一つ大きく頷くと共に決心した。
例え世界を敵に回しても、この老いぼれの全てをルプスに捧げようと。
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