せめて大切なモノを守れるぐらいに。
先手必勝!!その意を込めて放つ私が最も得意とする状態の射撃。
大きさはテニスボール程度。速さは私が放った影を追うのがギリギリ見える程度。命中精度は魔術による補正で私の視力が許す限り必ず当たる。威力はいつもの魔物相手で実践済み。
人の頭程度なら粉々に砕いてくれる私のお得意の【闇玉】だ。
行方を追う…ほどの時間もなかった。全ては一瞬に。ただ…
ただ、反射的に頭を動かした盗賊に避けられた。
ヘッドショットに拘りすぎた!!
外した直後の私の胸中には、後悔の念が暴風雨のように渦巻く。
普段FPSでヘッショばっかり狙ってる悪癖が出てしまった。何をやってるのだ私は。胴体に二発。少しミリタリー系統をかじれば当たり前に分かるだろう!!
今の一撃で完全に、盗賊の不意をうつことは叶わなくなった。油断なく素早く剣を抜いた盗賊は、本当に盗賊かと疑いたくなるほど真っ直ぐとした視線でこちらを貫く。
―――死線をくぐった戦士の目。
そんな詩的な表現が頭に浮かぶ。私は誤解していたのだ。目の前に佇む敵は既に一個の生命体。職業も思考も関係無い。むしろ盗賊という職は、与奪合わせた生死を何度も経験した殺人のプロだったのだ。
手が震える。今まで包丁を持った同級生に憎悪の目を向けられることもあった。戦闘本能全開の獣と戦ったこともあった。たった今だって強面の盗賊二人を不意をうち殺した。
だが目の前のコレはなんだ。まるで殺人をするためだけの器械じゃないか。
それでも―――それでも。
既に二人の命を吸った『革命の槍』を強く握る。
相手はこちらを、既に二人の命を無傷で奪った、謎に無詠唱の強力な魔術を撃ってくる敵だと考えているだろう。
相手も一個の生命なら、こちらも一個の生命。
死にたくないだろう?だが私も死にたくないのだ。
だから殺す。
スッと、体中の熱が過ぎ去ったような感覚。
既に体の震えは収まっていた。
「【闇玉】!!」
あえて叫ぶことで集中し明確に存在を認識する。数は二。大きさはバスケットボール程度。
二つの玉は、まぁ普通にドッジボールで投げる程度の速さで盗賊に向かう。
「この程度!」
盗賊は迫りくる玉に剣を振るう。しかし。
「なっ…!」
【闇玉】は盗賊の剣に当たる寸前に鋭い軌道で背後に回り込む。
【闇玉】対処に剣を振るって体制が崩れたところに背後からの突撃。殺った!と確信する私の目の前で、盗賊は剣の勢いを殺さずそのまま床にしゃがみこんだ。
虚しく空をすぎる【闇玉】。ぎりぎり互いを空中衝突させずに済んだ。
「このっ!」
さらに二つの玉を操り盗賊に連続攻撃をかます。
だがその全ての攻撃を、盗賊は鮮やかな身のこなしで回避する。バク転。身を捻る。しゃがむ。果てには逆立ちまでやりたい放題だった。
(曲芸師かコイツは!!)
苛立ち、操作が雑になったところを鮮やかな回転斬りで二つの【闇玉】が切られその場で拡散して消える。剣で魔術が切れるの?なんて言わない。どっちとも元が魂現象に依存しているのだから当たり前だ。
あそこまでの。かなり割りと真面目に結構本気で操作した【闇玉】をあっさり対処されたのは問題だが、おかげでこちらも一つ見えてきた。
二属は分からないが、盗賊の六属の内の一つは間違いなく風属性だ。
風属性のものは異様な身のこなしをして、剣戟が手堅く手数が多い。他にも剣だけに頼らず多数の武器に通じ、手先も器用。一撃必殺を語る火属性などからは軽んじられるが、最もサバイバルに優れている。―――じいさんから聞いた話だ。
あそこまで徹底した防御姿勢からすると二属も光か。何にしても扱いづらい。六属にはそれぞれ得意とする属性や苦手な属性があるが、私にはそんなこと関係無い。
体が身軽で素早い相手。普通に【闇玉】を操作しているだけでは当たらない。それなら…
回転斬りをした体制を戻す前に、三つの闇玉を続けて発射する。
もちろんそんな適当な玉に当たるはずもなく、盗賊は横転であっさりと回避する。
それで良い。私だって今ので勝てるとは思っていない。今の【闇玉】は時間稼ぎで、役割はしっかりと果たされた。
左の手を握り、一瞬『溜め』をつくった後に大きく振りかぶる。
「『展開!』」
【闇玉】それも一つや二つではない。無数に、作っている自分ですら把握できないほどの数を。
目的は一つ。廊下の一面を埋め尽くし、逃げ場の無い状態にする。命名はそのまま。
「『飽和攻撃!!』」
廊下を埋め尽くす『壁』と化した【闇玉】を一斉発射する。相手の姿が見えないためいつもの命中補正ができないが、こうなってしまっては今更当たるも当たらないも無いだろう。
巨人の手のひらで直接叩かれたような衝撃が村長の家を揺さぶる。躊躇なく放った【闇玉】達が家の壁の一面を根こそぎ吹き飛ばしてしまったのだ。今はそんなことどうでもいいが。
問題なのは―――手応えが無かったことだ。
私がその事実に愕然とした瞬間、盗賊の頭がひょこっと廊下の角から飛び出した。何の事はない。元々盗賊は玄関口のある廊下から来たのだから、その方向に逃げただけだったのだ。
盗賊は今の『壁』の次弾が無いことに気づくと、猛然とこちらに走り始めた。さすが風属性というべきか、放っておけば数秒もせず近距離に持ち込まれる。
同時に好都合でもある。数秒の間に先程の壁をもう一度放てば、今度こそ逃げ場は無い。
左手を握り展開のために『溜め』ようとして…
直後、空を切るナイフが私の左肩に深々と突き刺さった。
「うっ!」
痛み。しかし躊躇している暇はない。トラウマを抉る体から突き出る短剣の柄を目に止めないように、ひたすらに【闇玉】を作り出して連射する。
対して盗賊は驚くことに、走ったまま壁に向かって跳躍。さらに向かった壁に足を付けて天井に飛ぶ大スタントで私の苦し紛れの【闇玉】を避けると共に近づいてきた。どうしても一度作ってから発射しないといけない魔術では盗賊の足に追いつかない上に、単調なリズムで放ってしまえば簡単に避けられる。
天井から急降下してきた盗賊の足が、完全に私の胸板を捉える。華奢な子供の体では耐えられるはずもなく、なされるがままに地面に押し倒された。
灼熱の痛みを発する左肩。鳴ってはいけない音を出す体。成人男性の重量が乗った一撃は、簡単に子供のアバラをへし折った。
「ぐっうぅう!」
それでも最後に放った『革命の槍』の一撃は、あっさりと柄の部分を絡め取るように断ち切られ、次いで盗賊の剣先は私の首元に向けられた。
―――詰みだ。
死、という言葉が脳裏に重くのしかかる。その感触を、私はまだ忘れていない。
恐怖で指一本も動かせない私とは裏腹に、盗賊は私の首元に突きつけた剣を動かそうとはしなかった。
どうしたのかと考える私の視界の先で、それまで戦士の顔をしていた盗賊の口元がニチャリと歪んだ。
「おい坊主。俺の仲間にならねぇか?」
その言葉は一切予想できていなかった。
突然のことに言葉が出ない私の前で、盗賊は言葉を続ける。
「なに、そっちの二人のこたぁ構わねぇよ。嫌いな奴らじゃなかったが、こんな業界じゃよくある話だ。それよりお前だよ。『ただの風二位』なんかの俺と違って、そいつらは強かった。それを坊主殺した。暗殺だってのは分かるが、風属性持ちとしても盗賊としてもそっちのほうが好ましい。向いてるよ。さっきの人を人と見てるのか分からない目といい、お前はこっち側の人間だ」
愕然とした。別に盗賊に向いてるなんて言われたことじゃない。
確かに私はことさら戦闘訓練を真面目にやったというわけではないし、強くなろうとも思っていなかった。だけど転生特典地味た魔術行使技術だけは、異世界チートみたいな感じで嬉しく、同時に誇りのようにも思っていた。
それが、届かないのか?ただ六属がないというだけで、ただ六属が使えると言うだけの相手に。仮にも一年を費やした私の刃は届かないのか!?
盗賊は続けてどうする?だとか盗賊になるメリットだかなんとかを説明していたが、私の耳には一切入ってこなかった。
諦め、諦観。言葉はなんでもいいが、とにかく私の心は折れていた。
戦い以外で生きればいいなんて慰めも浮かばない。無属性という重しが、まるでこの世界というシステム自体に否定されているような気がして。
全く反応が無くなった私を見て諦めたのか、盗賊が剣を持つ手に力を入れ始めた。
その光景をただぼんやりと見続ける。
きっとこれは罰だったのだ。人を人とも思わないで自分の都合通りに操ろうとし、失敗して殺されても反省もせず生きながらえようとした厚かましい人間に対する。
せめて今回は苦しむこと無く死んでいきたい。処刑の時を待っている私の視界で…薄緑の髪が動いた。
薄緑は盗賊に体当たりして、ドスッと鈍い音。痛さと突然のことに振り返る盗賊。
フレーラが私が渡したナイフで盗賊を刺した。
その事実も、その時フレーラがどう思っていたのかも、私の頭のなかにはなかった。
脳裏にあるのは、諦めたフリをして鳴り続ける怨嗟の言葉。死にたくない、なんで死ななければいけない、罰なんてクソ食らえ、神様なんか死んでしまえ。なぜ私でなければならない。―――生きたい、生きたい、生きたい。
だから私が分かったのは三つだけだ。
盗賊が振り返った。隙が出来た。殺せ。
効果はすぐに現れた。
沈黙。頭を失い倒れ込んできた盗賊を退けると、咳とともに血が出てきた。盗賊の一撃が覿面に利いているらしい。
すぐ近くにいる光属性であるフレーラに回復を頼もうと目を向けて…その惨状を見てしまった。
フレーラは怪我人の私よりよっぽど青ざめた顔をして、盗賊の血と脳症に濡れる頭を気にもとめず手元のナイフを凝視していた。
魔術を教える際、じいさんは二言目には魔術の危険性を説明した。そして説明のための例え話の中には、よく刃物や凶器の扱いの話も出ていた。普通の人間よりそういった概念を深く知っていた分、彼女の衝撃は通常のそれより大きかった。いや、そうでなくともほぼ四歳児の子供に人を刺す体験は辛かったのだろう。
慰めようと痛む体を無視して手を伸ばす。
「フレーラ…」
ナイフを凝視していたフレーラはそれでも私の動きを知覚したらしく、視線をナイフからこちらに移して…
「ひっ…!」
まるで得体の知れない怪物を見るような目をして、腰を抜かして後ろに倒れた。
―――自らの姿を見る。
血塗れだった。赤くない部分を探すほうが難しい。
周りには私が殺した三人の盗賊。内蔵とかが無い分まだ大人しい、と考える私の思考は既に狂っているのか。
もう一度フレーラを見た。怯えきったその瞳を見て、私はあの日の加害者の目をなぜか重ねてしまい。
そして私は、また大切なモノを失ったことに気づいた。
結局じいさん達がやってきたのは、盗賊が全滅してから一時間ほど経った後だった。
メンバーはじいさん、村長夫妻、剣術の先生。
村長宅の玄関の前。盗賊の死体三人を並べ、その後ろに座る血塗れの私を見て四人はそれぞれ驚きの表情を浮かべた。怯え、ではないことを祈るばかりだ。
蛮族地味た野蛮な行為だという自覚はあるが、盗賊の仲間が残っていないとは限らないし、別の盗賊が来るかもしれない。この家には怖い番犬がいるということを証明する必要があった。
フレーラは無理やり体を洗うようにさせた。その後は知らない。なんにしても、私ともこの死体たちとも一緒に居ない方が良いだろう。血塗れの廊下だけはさすがにどうしようも無かったが。
じいさん達は私に何があったのかを尋ねてきた。特に隠す必要も無かったのでありのままに説明する…一つのところを除いて。
「全員俺が殺した」
そう言った。嘘でもなかった。
死体を調べてたじいさんと先生。先生の方は見逃したが、じいさんはやっぱり鋭かった。
「この首なし死体だけ後ろから刺された疵があるぞ」
「追い込まれたって話はしただろう。フレーラが魔術の詠唱をして気が逸れたんだ。その隙に背中を指して、足りなかったから魔術を使った。あ、もちろんフレーラが使ってたのは非殺傷の魔術だったよ」
一体何を守ろうとしているのか。私の言葉に村長夫妻は完全に引いている。先生は納得したようだが、じいさんは明らかに全部気づいている。わざわざ私が致命的瞬間を逃すと考えていないのだ。それによく見たら魔術の侵入経路が下顎からなのもすぐ分かる。背後から当てる角度じゃない。
だがじいさんは何も言ってこない。私の気持ちを察してくれたのだろう。私は私の気持ちが分からないが。
説明は何も一方的にだけ行われるものではない。私からもいくつか質問をして、誕生祭の日には空き巣が多いということを知った。今更知ってどうなるというのだ。
この後どうするとか、未だに私がやったのかと疑いの会話をする村長や先生。じいさんは私の喋ったことに関しては黙っている。
バカバカしかった。盗賊は私が殺して、私は大切なモノを一つ失った。村長は…一応壁を壊したけど、それぐらいは勘弁して貰いたい。
「ねぇ村長。なにやってるの」
あまりにも長々と無駄話しているのが許せなくて、私はそう言っていた。
「村長が考えないといけないのはフレーラでしょう?」
誕生祭への影響や、今後の自体の片付けばかり話していた村長夫妻は、やっと気づいたとでも言わんばかりの顔をする。その顔が気に食わなかった。
村長夫妻は家の中に入っていき、先生は応援を呼びに行った。
場には私とじいさんだけが残る。
「じいさん」
「なんじゃ」
あっさりとしたものだった。言葉も、私がその結論に至るまでも。
「私、強くなりたい」
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