狩りの時間だ。対象?食用にもならん屑肉だよ。

 ガキ二人をトイレに押入れ、仲間の一人を見張りに立たせた盗人二人は、手早くいつものように家の中を荒らし回っていた。

 意図して荒らしているわけではないのだが、効率のために一度確認した後適当に放り投げていると、どうしても終わった後は荒らされたというしかない状態になる。別に盗人達が構う話ではないが。


「どれぐらいの時間で済ませたほうがいいかね?」


 盗人の片方が棚を漁りながら片手間にもう片方の盗賊に語りかける。


「あのガキ二人は収穫だが、同時に足かせにもなるし足がつく原因になりかねない。三十…長く見積もって四十ぐらいには終わりてぇな」

「そんなところが妥当か。あの二人はどうするんだ?」


 あくまで世間話として盗賊達は続ける。彼らにとってこの会話内容はただの職業話と変わらない。


「片方は見た目がいいし、もう片方は態度がいい。どっちともいい値段で売れそうだろ」

「お楽しみは?」

「おいおい、いくら見た目が良いからってあれをヤるのか?それとももう一人の方じゃないだろうな」

「あれはあれで趣があるってもんだ。あ、男の方は勘弁な」


 盗賊達は笑い話で他人の人生を左右する。野蛮な、と考える人もいるだろうが、そういう思考に至らなければ盗賊なんてやってられない。下手な正義心を残したやつは目標から命を絶たれるか、何かミスをして仲間内でリンチにされる。


「どっちにしても無しだ。あの娘と一発ヤるより、その分価値を残して買ったほうが早い」

「道理だな。膜の有り無しでだいぶ変わるからな。…後ろだったらバレないかね?」

「どんだけヤりたいんだよお前は!それに変態貴族共はそっちもちゃんと確認するから、売る時に確認されるんだぞ?嘘をついても本人から復讐のために後で告げ口されるかもしれん。ダメに決まってる」


 男は盛大に顔を顰める。変態貴族も相方も何を考えてるのか分からん、と。どうやら彼の性癖は真っ当であるらしい。素行はともかく。


「冗談だよ。さっさと終わらせちまおう」

「本当だろうな、お願いだから夜にこっそりするなよ。ヤったらお前の分前から減らすからな」


 (盗賊たちにとっては)笑い話をしている間にも、その手の動きは留まるところを知らない。盗賊の分野において彼らは確かにプロなのだ。

 だがそんな彼らが同時に家財を漁る手を止めた。


「チッ。ガキ共が騒ぎ出しやがった」

「恐怖が後からぶり返してきやがったのか?何にしてもめんどくせぇ」


 突如階下から壁を叩くような音とくぐもった叫び声が聞こえてきたのだ。場所的にも必然性としても騒いでるのは捕らえたガキ以外にありえない。

 騒ぎ声。特に子供のそれは作業の集中を乱すし、何より人にバレかねない。早急に止める必要がある。

 そして行動しないといけないのは今漁っている二人のどちらかだ。実は盗賊達の中で最も重要なのは他者が来ないか確かめる見張りであり、脱走したりしたのならばともかく泣きわめいてる程度で見張りの手をわずらわせることはできない。

 二人は一瞬の沈黙の後、素早くジャンケンをした。この世界でもジャンケンはあるらしい。


「俺かよ」

「頼むぜ。商品価値が落ちないように丁寧にな」


 ジャンケンに負けた男は不愉快そうに舌打ちをする。怪我をさせ過ぎないように落ち着かせる作業など面倒極まりない。特に泣いてるのが女の方だった場合、青あざ一つで商品価値が落ちる。

 男は階段を降り一階に向かう。ガンガンと煩い音が鳴り続ける。


「あークソガキが」


 これだからガキは、と自分のことを棚に上げる犯罪者。彼はトイレのドアの前に移動するとドアノブに手をかける。


「うるせぇんだよクソガキが!少しは静かにできねぇのか!!」


 大声を上げながら勢い良く扉を開く。

 そしてその言葉が盗賊の遺言となった。




 切り裂かれた首から大量の血が出ていても、体が倒れていっても、気を失っても。最後まで自らの身に何が起きたのか分からないまま、盗賊はその人生を終えた。


 他方盗賊を斬り殺したルプスはふぅ、と一息ついていた。


 まず一人。思いつきで作ったものだが中々の効果を出すなコレ。

 つい先程数分程度の時間で作り上げた武器。名称『革命の槍』を見下ろして、悦に浸る。


 ルプスが作ったのは簡単に説明すると箒の柄にロープでナイフを括り付けただけのもの。アイデア作品の一種にしか見えないようなハンディメイドな武器だが、れっきとしたとある革命で使われ、何人もの騎士を屠ってきたと言えばその価値が分かるだろう。

 子供の身長と短いナイフは、ルプスに致命的なまでの距離におけるディスアドバンテージを生じる。基本的に人間を一撃で仕留めるなら、心臓か首の大動脈、そして頭部だろう。肋骨で守られている上、はっきりと場所が分かりにくい心臓はダメ、頭部はかなり硬いためこれも難しい。となれば首を狙うのが最適解なのだが、前述の攻撃距離の不利はその全ての選択肢を不可能にする。


 そこで咄嗟に思い浮かんだのがこの武器。とあるジャーナリストは、落ちてるものを組み合わせたアイデア兵器で特殊部隊をなぎ倒したりするが、人間の発想というやつはやはり武器になるらしい。工具とアイデア兵器はロマンにあふれていると思う。


 後ろから猿ぐつわを噛まされたフレーラが悲鳴をあげた気がするけど気にしない気にしない。こんなこともあろうかと猿ぐつわをハメたままにしておいてよかった。あ、いや猿ぐつわをハメられたままの声を出すために付けてたのがメインなんだけどね?さすがに今から対人戦かまそうって時に口を塞ぎたくない。

 しかし次は同じような作戦はできないし出番はないだろう。盗賊がドアの前で死んじゃってるし、撒き散らした血は短時間でどうにかできるとも思えない。仲間の死体を見たらすぐに私達がやったって気づくだろう。どこかに隠れて攻撃の機会を伺っても、成功できる確率は半々というところか。トイレに居なければ相手もこちらを探すのは道理なのだから。


 さてさて、その上で次はどうしましょうか。血に濡れたナイフを上着で拭いながら、半年の間に鍛えられたハンター思考がルプスを突き動かす。




 男は止まることのなかった手を止め、ふと気づいた。

 そういえば、もう一人の男が帰ってくるのが遅いな、と。


 泣き出した捕虜の扱いというのは難しい。特に女子供の場合、下手に攻撃して傷がつくと商品価値が下がるし、最悪死んでしまう可能性もある。

 だから相方が向かう時に『これは時間がかかるな』と思い今まで気にしていなかったのだが。考えてみればさすがに時間が経ちすぎてないかと。

 男は考え…そして今まで気づかなかった理由に気づいた途端表情を青ざめさせた。


 子供の泣き声が止んでいた。


 いつの間に?気づかなかったということは、だいぶ前には止んでいたのか?ならばなぜ相方が戻ってこない?下の物色を始めた?

 いや、と自分の希望的観測を取り除く。盗賊とは基本的にいつどこでなにが起きるか分からない職業。最悪を考えて行動した上でなお最悪な結果に終わるほうが多いのだ。


 男は剣を抜き放ち、ゆっくりと移動していく。

 そして階段の辺りに近づいたところで、男は嗅ぎ慣れた嫌な臭いがしてくることに気づいた。


 血の匂いだ。


 最大限の注意を払い、階下に降りていく。降りきったと同時に左右を素早く見渡し…男は気づいた。


「なっ…!」


 血溜まり、だった。盗賊の男にとっては見慣れた光景であるが、今この場には似つかわしくない物。

 廊下の天井にまで飛ぶほど血が溢れた真っ赤な空間。床に広がる血溜まりには『二人』の人間が沈んでいた。


 ここでこの世界の雑学を一つ。

 一般的?に仲間意識が薄く、誰が死のうとかまわないと思われがちな盗賊だが、その予想と反してこの世界の盗賊というのはかなり仲間意識が高い人種である。

 盗賊と言えども初めから盗賊であるものは少なく、そうである限り罪悪感というものが一切無いものは少ない。もちろんそんなものでは生き残れないので切り離すが。それでも罪悪感を薄めさせる手法の一つは、仲間と一緒にやるからというものだ。ルプスが聞けば赤信号かよと笑い飛ばすだろうが。


 そして基本的に盗賊達は身寄りも仲間も保証も無いアウトローの集まりだ。つまり人に飢えている。一般的な人間と自分とではまともな関係になれないこともはっきりと理解している。アウトローは同じアウトローとしかつるめない。

 酒を一杯共に飲めばその者を友と呼ぶ。互いに素性も腕も知れず、しかし屑であることは知っている。下手をすれば自分の寝首をかきに来るかもしれない相手。そんな彼らが団結するためには友人という薄っぺらい言葉に、友情という見えない糸に縋るしかない。ある程度巨大な盗賊団には鉄の掟などがあるのもこのためだ。


 ―――その上で仲間を見捨てたり盾に使えるのだから強かな連中であることに変わりないが。


 そしてこの盗賊の男にしてもそれは変わりない。特にこの盗賊たちは仲間内でつるんで空き巣狙いの死亡率が低いことを繰り返していたため、かなり長い期間の付き合いだった。


「う、うおおおおおお!」


 だから男は判断を間違えた。もしここが戦場であれば、普段の彼であれば起こさないようなミスを男は起こした。まだ彼はこの空間が…既にこの場が彼女の狩場になっていることに気づけなかったのだ。


 男は倒れた男を抱きかかえる。手前に倒れてるガキなんてどうでもよかった。それがせめて成人している男性であれば、もっと注意深くもなれただろうに。

 首を深く切り裂かれ虚ろな顔をした仲間。どうしてこんなことに。男はまだ理解ができない状況に後悔し…そのまま二度と理解することは無かった。




「二つ」


 前と同じように、血を吹き出しながら倒れた盗賊を見て私は呟いた。

 ふふふ、思わず笑ってしまいそうなほどちょろい。本当は現場を見た後、残ったフレーラが気になってドアに注目してるときに襲うつもりだったけど。案外盗賊って輩も情に厚いらしい。


 血溜まりに重ねて倒れている二人の男の顔を見る。死体の表情はなぜ?どうして?とでも言いたげなアホ面を晒している。まったくそう言いたいのはこっちの方だ。腹がたったので一度死体を蹴っておく。


 それにしても今の作戦は良かった気がする。もしかしたら次も同じ作戦でいけるか?いやでもさすがに死体が二体だと警戒されるか…


 ルプスはこのとき調子に乗っていた。実は初めドア前で革命の槍を握ってたときなど、緊張と怯えで失神しかけていたほどなのだが、何の苦労もなくあっさりと二人を殺せたことで悦に浸っていたのだ。反動、ともとれる感情だが。

 それにルプスは結局盗賊は盗賊なのだと頭のどこかで侮り始めていた。一対三から一対一へと同数まで持ち込めたのも大きい。

 もう一度言おう。ルプスは調子に乗っていた。

 だからゆっくり血を拭いながら次の作戦などを考えていたルプスは忘れていたのだ。今殺した男は死ぬ前に大声を出していたこと。そしてこのトイレ前から玄関までは、ほとんど距離が無いことを。


「どうした、何かあったのか?」


 ひょいっと、見張りに立っていた男が顔を覗かせてきた。

 視界の先には、血溜まりに倒れ伏す二人の仲間。その仲間を見下ろして何事かを考えてるガキ。


 ルプスも声を聞いて一瞬にして理解した。


 しまった!!!!

 順調に行き過ぎて気が緩んでいた!私としたことがなんということか!

 既にこちらを完全に見られている。今から再び隠れたりして襲撃することは難しい。いいや不可能と言っていいだろう。残された手は…


 槍を持っていない左手を銃の形にして盗賊に向ける。指先には既に【闇玉】が装填済み。私が全速の一撃を放つ時にいつもやるジェスチャーだった。


 先手必勝!!

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