盗賊って良く雑魚扱いされたりするけど、『平民』にとってはかなり致命的。ちなみに奴隷は王に強い。

 彼ら―――三人の盗賊にとって、その行動は全くもって『いつも通り』の行動だった。

 正確には盗賊と名乗ったら本物の盗賊に怒られそうな彼らの本職は、いわゆるこそ泥もしくは空き巣。一応人数合わせなどで通常(?)業務の盗賊に加担したりもする彼らだが、基本的には民家から物品を盗むのが生業だ。何にしても迷惑な連中には変わりないが。


 そしてそんな彼らにとって、誕生祭が行われる年というのは最も空き巣がし易い、金儲けにもってこいの年なのだ。

 ルプスなどは特に誤解しているが、誕生祭というのはただの村の自己満足イベントではない。誕生祭というイベントは周囲の村や町、傍は近辺であれば他国にまで大々的に広告する、村にとっては今後の生死を決めかねない一大イベントである。誕生祭が成功すれば村を訪れる人が増え、来訪者が訪れるというのは一概には表せない複数の利益を村に生み出す。逆に失敗すれば他の村に来訪者を取られる大問題となり得る。

 もちろん誕生祭単体での利益効果も高く、村のお店としてはそれこそ死にものぐるいで売り出しを行う。誕生祭を行う日が村ごとに違うのも、下手に競合して客を拡散させないためだ。

 じいさんもそういった背景があったので、普段あまり目立つようなことはしないにも関わらず、恩ある村にと重い腰を上げたのだ。報酬がおいしかったというのももちろんあるが。


 だが誕生祭は同時に一定のリスクを孕む。他所から来る多数の客人は、その中に例え危険な人物がいてもすぐには分からず、挙動不審なものがいたとしても気づかれにくい。出店を出し誕生祭に参加する村人も多いため、必然的に家の守りが薄くなるのだ。

 盗賊たちにとっては自ら狙ってくれる日を教えてくれてるようなもの。実際誕生祭の日には空き巣事件が多数発生する。同業者同士が出会って苦笑い、なんてことも日常茶飯事だ。

 それでも村人は利益のために誕生祭に出店しないわけにはいかず、自分の家が狙われないように願い、もし狙われても喪失を補填できるほどの売上をと声を張り上げ客を呼ぶ。


 そして誕生祭に興味のなかったルプスも、箱入りなところが大きいフレーラもそんなことは知らなかった。というか、やっと四歳という子供達に、そこまでの情報量を求めるほうが間違っているのだ。本来教える立場の人間にとっても、その認識は変えられない。


 かくして偶然と必然が混ざり合い、ルプスとフレーラのいる村長の家に盗人が入り込んできた。

 彼らは例のごとく誕生祭のことを知り、同業者に先に取られないよう早くから村を偵察し、最も大きく豪華な村長の家に目をつけていた。

 時間も深くなりいよいよ向かうか、と思ったところで二人の子供が家に入っていったのは予想外だった。もしかしたら大人も来るかもしれないと警戒していたが、しかしその様子はない。

 それを遠くから確認した彼らは、舌なめずりをして下衆な笑いを浮かべていた。お宝が向こうからやって来たぞ、と。


 入ってきた片方の子供―――ルプスのことは知らなかったが、ここ数日村長の家を見張っていた彼らは、娘のフレーラを知っている。彼女がエルフであり幼くあり…そして可愛いことを。

 躊躇することなく踏み込んだ。熟練の盗人の彼らは外から見ただけでなんとなしに部屋の構造を把握している。何より明かりがついてる部屋が一部屋しかないため、ルプス達の場所はすぐに知れた。

 三人同時に踏み込むと、中に居たのは想定通りのガキ二人。お目当ての少女は少年が後ろに隠している。

 これがもう少し年齢が上であれば、調子に乗った野郎と盗賊達の不況を買うのだが、さすがにこの歳の子供だとほう、と関心する程度の心を盗賊は持ち合わせていた。


「女庇うたぁ大したガキだ。だがな、俺たちは女だろうがガキだろうが容赦はしねぇ。分かってんだろうな」


 しかし感心することと見逃すことは違う。そういうところはプロ意識のある専業盗人。むしろ現実を知らないガキが攻撃してきたら存分に女の前でなぶってやろうと笑いを浮かべる。


 誕生祭における盗人事情は知らないルプスであったが、現場の状況だけみて自らの身がどういう状態に置かれているのかはすぐに判断出来た。そして理解した彼の行動は早かった。


 ゆっくり手を挙げる。彼女は戦いなどまっぴらごめんなのである。―――自分の身に危険が迫らない範囲においてだが。




 両手を縛られ猿ぐつわを噛まされた状態で、私とフレーラはトイレに転がされた。

 邪魔にならないところで大人しくしておけ、ということだろう。

 この家のトイレは悪臭がすると言うほどでもないので、そのことに関しては構わない。そんなことを考えてるぐらいなら、今後のことを考えたほうがいいだろう。


 乗り込んできた盗賊は三人。全員男で成人しているっぽい。ちなみにこの世界の成人は十八歳ね、ファンタジー世界観にしては若干高い。

 武装は腰に挿していたショートソードを全員。他には目立ったものは見えなかったが、ナイフ程度なら持っているかもしれない。防具は動きやすさ重視なのか各部を覆う革鎧。魔術は不明。盗賊として武装が整ってる方なのかどうかも分からない。


 まず考えるべきなのは救助の有無。元の世界みたいに電話一つで警察は呼べないし、この状態では呼ぼうとすることも不可能。私達の状態…というか異変に一番最初に気づいてくれるのはじいさんと村長だろう。逆にそれ意外が思い浮かばない。こんなことならもっと他の人と密接に関わるのだった。

 そしてじいさんと村長が気づくタイミングも遅くなるだろう。今じいさんは演舞中だろうし、村長もきっとそれを見届けるだろう。演舞が終わった後少し片付けをして…最初に異変に気づくのはこの辺りか。

 じいさんも村長も私達がじいさんの演舞を見ることは確定事項だと考えているはずだ。そして演舞が終われば、私がじいさんのところに行くことを、村長はともかくじいさんは完全に把握している。だからなかなか来ない私に違和感を覚えるだろう。それでも初めはただ人が居て上手く合流できないだけとでも思うかもしれない。はっきりと何かがあったと考えて行動するとして、私だったら…


 …私だったらまず祭りの会場を探す。村長に掛け合えば捜索する人間を増やせるだろうが、そこに私は居ないのだから時間がかかるだろう。そこから村長の家にいるかもしれないと考えるまでの思考時間に、会場から若干離れてるここまでの移動時間。その他もろもろを考慮すると。


 うん、無理だね。外部の助けは諦めよう。

 次は自力での解決…の前にこのまま何もしなかったらどうなるのだろう?

 村長の家で金目のものは全て持っていかれるだろう。それで村長は困窮するかもしれないし、もしかしたら村長としての立場も危ういかもしれない。が、そこはどうでもいい。考慮できるときは考慮するけど、私が今考えられるのは自分の命だけだ。

 物がどれだけ奪われようと構わないが、今囚われている私達は?


 そう考えてちらりとフレーラの方を見る。喚いてこそいないものの、その両目からは完全に涙を流している。号泣だ。体も可哀想なほど震えている。

 この世界で共に過ごしてきた兄貴分としての気性が彼女に駆け寄りたい、慰めたいと悲鳴をあげるが全て無視する。精神は切り離せ、ドライに考えろ。


 この世界の盗賊事情は知らないが、私のファンタジー知識で考えたら見た目が可愛いフレーラは完全に連れて行かれる。慰みものの後奴隷か、商品価値を残したまま奴隷か。どちらにしても結末は変わらない。

 なら私はどうだろう。私なんて一人称だけど体は男で、しかも男受けしそうな体格や格好でもない。度重なる訓練で既にだいぶ筋肉がついてるし、顔なんて完全に悪ガキのそれだ。

 フレーラだけ連れ去られてここに放置…はさすがに希望的観測にすぎないだろう。最良で奴隷市場直行。最悪では口封じにこの場で、もしくは若干離れた森で始末されて獣の餌。


 結論を言うと積んでいる。

 なれば何らかのアクションをするしかあるまい。一人でもどうにか脱出してじいさん達を呼ぶ…うーん。無理かな。玄関に見張りを立てるって話聞いちゃったし。窓からなら…あれ?この世界に便利に開閉する窓なんてあるのか?特に気になったこともないから確かめてないぞ。はめ殺しじゃなかったかあれ。窓割ってから子供の足で逃走アクションなんて不可能だぞ。


 外に助けを求めれないなら自力解決を計るしか無い。盗賊が三人。力量は不明。不明な相手は常に格上だと考えろってじいさんが言ってた。実際剣術も魔術も一位な私より弱い人間のほうが少ないだろう。やるなら確実に一撃で、いつもの狩りみたいに頭を使って不意を討たねば。


 そう考えた段階で、ふと、私は人を殺すのか?と考えついた。

 冷静に考えればむしろなんで今まで気づかなかったのか。サバイバルに慣れすぎて感覚が狂ったのか?

 何事かと頭をぐるぐる回してみたが、それでも一度も殺すことに抵抗が無いことに気づいて、やっと分かった。


 思い出すのは包丁の感触。腹に突き立てられた。熱い、こぼれ出る、痛い、痛い、痛い―――

 私は既に一度死んでいる。なのになんでもう一度殺されなければならないのか。それは理不尽だろう。何を持って、何の権利を持って私のものを奪うのだろうか。

 冷静に、改めて冷静に考えてみよう。そうだろう。私の命を奪うようなやつなんてそんなの―――


 ―――そんなの人間じゃない。ただの獣だ。


 躊躇の必要はない。いつも通りに殺そう。あの生命活動を行ってる肉塊は、致命傷を与えれば死ぬのだ。


 そのためにはまず行動の自由を得る必要がある。具体的に言えば縄をどうにかしないといけないのだが、魔術ってのは意外と感がいい人間だと行使しているのをバレる可能性がある。

 私はフレーラに近づくと、泣いてることなどお構いなしに全力のジェスチャー(顔と目で必死にする)を行って、上着の胸の内側の辺りを示す。

 フレーラはきょとんとしているが、構わず床に横になって繰り返し胸の辺りを示す。


 ようやくおずおずといった感じで私の上着の内側に手を潜り込ませたフレーラ。体制としては完全に上に乗られているのだが、今はそんなことを考えてる場合じゃないし、私からしてみればかわいい妹に寝起きにのしかかられた程度の感覚だ。

 やがてフレーラの手が硬い感触に当たる。怯えるフレーラが私の顔を見てくるので頷いてやった。

 何度目かのトライの結果、フレーラは私が隠し持っていたもの…肉厚のナイフを取り出した。

 いやはや日頃の癖とは恐ろしい。そしてじいさんが常識人でありながら、私の癖を否定しない人物で良かった。わざわざこの暑い日に上着を着たかいがあったというものだ。


 再びジェスチャーで地面に落とすように指示を出すと、フレーラはあっさりと従ってくれる。阿吽の呼吸。伊達に一年を共に送っていない。

 フレーラが落としたナイフを拾い器用に手首の縄を切る。続いて猿ぐつわを外す。ルプス=クロスロード。再起動完了である。


 現状を確認しよう。こちらの武装は今持っているナイフと予備のもう一本。魔術はどこまで通用するか不明。不意打ちの観点から考えると魔術は使いたくない。

 体格は死ぬほどチビ。剣術も微妙なのにナイフを扱った短剣術など論外。投げナイフはできるけど大事な武装をそんなことに使いたくない。色々考えるとどうあがいても絶望的だな。


 悩む。そういうときは意外と周りに何か解決策があるものなのではないかと、狭いトイレを見渡す。

 あるのはもちろん便器(中世仕様)。両手を縛られたフレーラ。箒。…箒?フレーラ?


 思い浮かんだ。自分の頭の中に浮かぶ設計図と実情を勘案し、十分に可能だと判断する。

 思わず。今から作るものを考えてニヤリとする。牢獄破りにはおあつらえ向きだ。


 もしものときのために一本ナイフをフレーラに渡すか。それだけ追加で決めると、私は早速行動に移った。

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