祭り囃子は喧嘩を生む。ああ、世界は変容を望むというのでしょうか。クソ食らえ。
誕生祭。四年に一回、私的に分かりやすく言うとオリンピック周期に行われる、この世の生あるものに対して感謝を示すお祭り。難しく言っているがつまり四年に一回のお誕生日おめでとうだ。
この世界にそういう風習があるということは知っていたが、祭りのことなど考えていられないほど忙しく、それに興味も無かった私はこの事を完全に忘れていた。付け加えて言うならば、誕生祭を行う日程は村や国ごとに違うという話ももちろん初耳だ。運動会かよ。
そして我が家に早くに来て村長とじいさんが何を話しているのかと思えば、何やら誕生祭の日にじいさんに魔術で芸をやって欲しいという話だったらしい。
個人的には意外な話だったが、じいさんはこの要請を受けたとのことだ。こういうことには無頓着だと思っていたのだが。
私的に嬉しいこととは、誕生祭の日はいつもの訓練の日であるが、じいさんも動けないし村事態も祭りということで、何の憚りもなく休日になることだ。本来忙しいはずなのに休み。祝日的な雰囲気は、例え特別なことでなくても嬉しい気分になる。
そういった理由もあって、我が家を出た私は今、じいさんと共に誕生祭中の村を練り歩いている。
四年に一度という希少性のせいなのか、村は思った以上の装飾を施されており、いたるところに出店が立ち上がっている。さすがに日本の祭りみたいなソースの匂いはしないが、代わりの香ばしい匂いは私の胃にダイレクトアタックをかましてくる。
繁盛してたり繁盛してなかったりする出店を見て、思わず私は口から言葉が出てしまった。
「商人って良いよなー、全体的に平和そうだし。なぁじいさん。商人になるにはやっぱり商人の息子だったりしないとダメなのかな?」
世間話という感覚すらなく、ただ口からこぼれ出た言葉だった。
「ダメじゃ。お主は商人になどさせん」
だからじいさんの口から出た言葉も、そこまで深く考えて言われた言葉でもないのだろう。それでも私は、その上から抑えつけられるような言葉に少しだけイラッときてしまったのだ。
「なぁじいさん。確かに最初に色々知りたいって言ったのは俺だけどさ。でも今みたいな生活をいつまで送るんだ?」
「今みたいな生活、とはなんじゃ」
「あのサバイバル訓練だよ。他にも今ままで習ってきたこと。全てが無駄なんて言う気はないし、確かに得るものもあった。だけどもう十分じゃないのか?」
ここまではっきりとじいさんに意見したのはいつぶりか。というか、今までにあったのか。
「強くなることが無意味なんて言わない。魔物が怖いものだってことぐらいは分かる。でもそれは自衛程度のもので十分だろう。わざわざ自分から戦いに行くような技術を身につける必要なんて無い。それに俺は…」
俺は素養が無いから。その一言を自分の口から言うのだけは憚られた。
この三歳から四歳までの一年間で学んだのは、六属が無いというのがどれだけ絶望的であるかということだった。
「どうせ村の衛兵になるわけでも、冒険者になるわけでもないんだ。だったら今のうちにもっと建設的…とにかく何か手に職を持てそうな技術を持つべきだと思うんだよ。農業の手伝いとか、どっかの商会の下働きとかでもいい。なんとかならないかね」
立て板に水。一度口から出た言葉は止まらない。じいさんはただ無言でその言葉を聞き続け…
「…ダメじゃ」
そう、一言だけもらした。
私は今度こそ、感情のままに言葉を言うことを抑えれた。それでもこれがじいさんじゃなければ、正確にはじいさんと私の関係でなければ、私は怒鳴り散らかしていただろう。
そんな醜態を晒さなかっただけでも十分だ。私はそう判断して、口を噤んだ。
しばらくの無言。
「………せめて、ハンターにでもなれい」
最後に一言だけじいさんがそう言った。
その言葉がいかなる感情を元に発せられたものなのか私には分からなかった。それでもじいさんは私を、いや俺をここまで育ててくれたあのじいさんなのだ。納得するところなんてなくても、信頼することはできた。
今考えてみれば、こうして他人に背中を預けられるようなことは今までにあっただろうか。両親はただ当たり前にそこにいてくれる存在だった。友達は…どうなのだろう。友達の定義というやつを、私は知らない。その言葉は『貴方と友好的な関係を築きたいと思っている』程度の方便にしか思ってなかったような気もする。
気まずい沈黙の時間は、私達がフレーラを連れた村長と出会うまで続いた。
「おや、ちょうどいいところに」
村長さんの喜びの声。まぁちょうどいいタイミングにちょうどいい場所に来るようにしたのだから当然ではあるのだが。
「演舞の準備をしてもらっていいですか?」
「ええ、構いませんよ。そのために来ましたので。ルプス」
じいさんは穏やかに会話した後私を呼んだ。
「お主には言う必要も無いじゃろうが、くれぐれも気をつけて、下手に金を使わんようにな」
そういってじいさんは私の手元に幾つかの硬貨を渡してくれた。
金額は…ふむ。菓子やらちょっとした飯を二、三個ぐらいは食べられるか。子供に預ける小遣いとしては妥当な線だ。
「ルプス君。私もちょっと用事があるから、その間フレーラのことを頼めるかな?」
「はい、もちろんです。虫一匹近づけさせません」
前述の通り超親バカの村長さん。今でこそこんな関係だが、最初の方は娘に手を出すんじゃないかと疑われていたらしく、当たりが若干きつかったのを覚えている。
後に偶々二人になることがあって、フレーラのかわいさ話に花を咲かせたらあっさりと手篭めにできたが。フレーラに対する妹という扱いはどう反応されるか悩んだけど、わりとあっさり受け入れてもらえた。現状ではフレーラに近寄る虫を排除する番犬程度には珍重されている。
じいさんと村長が連れ立って、特設されたステージの方に向かう。ステージでは今も何らかの出し物が行われていた。
「フレーラ。何かやりたいこととかある?」
フレーラと二人取り残された私は、とりあえず彼女に尋ねてみる。彼女も私と同じように小遣いをもらっているので、祭りで何かを買ったりすることができないでもない。金額は私と似たり寄ったり。村長さんはそういうところでは意外とストイックであったようだ。
「おじいさんのえんぶを見たい!」
そう来るだろうと思っていた。と言うか私も見たい。めっちゃ興味ある。のだが。
「それは当然としても、始まるまでには時間があるだろう?」
今から準備を始めるのだから、実際に始まるまでには時間がかかるだろう。きっと少量のお小遣いもそれを見越して、始まるまで何か適当に見繕っておれ、といった具合なのだろう。
「何か食いたいものとかあるか?」
祭りといってもこの世界の基準の祭りは元の世界のものとは違う。行われているのは基本的に出店で、出店も本来店の中で売られてるものを表に出した程度。輪投げぐらいなら遊びもあるかもしれないと思ったが、景品が無いためそういった出店もない。小物なども値が張るので買えないとなれば、後は食べ歩きか舞台の様子を見るぐらいしかやることがない。
「うんうん、さっきおゆうはん食べてきたばっかりだから」
「あー、そうか」
どうやら祭りの日でも日頃の食事を欠かさないタイプのお家だったらしい。
「おにいちゃんは?」
「うーん、俺もなー」
正直この世界の食事事情はあまりよろしくない。というのも日本という恵まれた環境で、美味しい料理を作る母親に恵まれた人間は言う基準だが。何にしても祭りと言えば健康に悪そうなソース系やらフランクフルトだろうに。一応肉系もあるけど、そういった雑で味の濃い物を期待していた私の食指は動かない。
「俺も別にいいかな。他に何かしたいこととかある?」
ダメで元々。思いつかないなら他人に任せるのがいい。私は別に特設舞台の前で待機してるだけでもいいし。
「…あ、そうだ!」
何やら思いついてしまったらしい。頭の上に豆電球の吹き出しを加えたいほどの勢いだ。
「おにいちゃん!今からフレーラの家にこない?」
村長の家にですか。
村長の家に着くまでの間に思い出した話だが、そういえば確かに前フレーラが私を自分の家に誘いたいと言っていた気がする。いつも私の方の家に来るから、たまには自分の家にも来て欲しい、と。
そんなことを言いつつほぼ毎日我が家に来てたから、結局行く機会が無かったのだが。
村長の家、と言うものには興味がある。RPGだったら間違いなく重要拠点の一つで、新しい村の村長の家は新イベントが発生する場所と言い換えてもいいだろう。
そこで攫われた娘を洞窟まで探索するクエストが発生し、成功して村長といい関係を築く。勇者でもなんでもない私には関係のない話で、しかも既に村長との関係は良好だからする必要はないけど。
果たして村長の家に着いた私が始めに抱いた感情は、でかい!といったものだった。
いやまぁ小学生並感極まれりみたいな感想だけど、村外れの最近雨漏りが辛い家に住んでる身分としては驚く他無い。前世の我が家より大きんじゃなかろうか?日本なんて言う人口密集地を引き合いにだすのもどうかと思うが。
メインの居住区とは若干離れた場所にある村長の家は、何ものにも憚られること無く巨体を形作る白い木版を晒している。家の周囲の囲いや門も我が家より良い感じに仕上がっている。それでも破ろうと思えば破れそうだが。どっちにしてもこの世界の剣士なら鉄ぐたい簡単に切れそうなので気にするほどのものでもないけど。
フレーラに連れられ家の中に入る。内装もなかなかに豪華。特に磁器の紅茶カップなんて格差社会を感じる。他にも絨毯やら、机や椅子も良さげな品。平民の心をポッキリ折ってしまいそうなほど、綺麗に整った家だった。
「すごいな…あ、あそこにかかってるのは弓か」
「うん!エルフだからね!」
その理屈はよくわからないが、確かにエルフ=弓矢と言われたら首を前に傾きかねない。
飛び道具を扱える私だけど、弓矢は嵩張る上に修練が難しいからと使っていない。それに小さなこの体にあった品もなく、特注しても成長するたびに作り変えないといけない。製作技術があったら変わったかもしれないが、じいさんもさすがにそこまではできなかった。
「えっと、あれ?鞭がある。冒険者用?」
「それはいつもおかあさんがおとうさんに使ってるよ!」
その理屈はほんとに分からないし分かりたくもない。
フレーラに案内されるままに、村長の家を練り歩く。その度に関心することやら驚かされることがある。でも別にこれは僻む対象ではない。さすがに保護者の金銭事情に文句を言うほど悪い人間ではない。
あらかた見させるところが終わったのか、フレーラと共にリビングに座る。ちゃんとした椅子がある時点で我が家より強い。
「おにいちゃん楽しんでくれた?」
「存分に楽しめたよ。やっぱり人の家を見たりするのは良いね」
さて、とそこで腕時計を見るふりをする。この世界にそんなものはないので、実はただの私の治らない癖なんだけど。
「もうそろそろ時間かな。祭りの方に戻ろうか」
「おにいちゃん時間が分かるの?」
「いや、直感だよ。でも遅れるよりはいいだろ?」
「うんっ!」
フレーラの元気な反応を見ながら、二人で席を立つ。
―――その時。
ドゴンッ!とどう考えても普通の人間が普通にあげる類ではない大きな音が玄関の方から聞こえてきた。
「お、おにいちゃん…」
先程の元気がどこにやら。顔を曇らせたフレーラがこちらに擦り寄ってくる。
それをなんとか片手でかばいながら、私の脳裏には危険の文字が踊り狂っていた。
なに!?何なのこのイベントは!私が何をしたっていうんだコンチクショウめ!
玄関の方から幾つかの無遠慮な足音が聞こえてくる。
―――そして私達は、まだ恐怖を知らない。
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