そして一年多用しすぎじゃない?前回までは半年とかだった?そうですか。
魔物狩りは単調なのでとても楽な部類の行動に入る。
元が猪の魔物は突進してきたところに合わせて真正面から【闇玉】を叩き込む。狼型は予め五つの【闇玉】を展開し、初撃で正面と左右に発射。大抵はここで身動きが取れないまま撃ち抜かれて死ぬが、時折大きく横に跳んだり上に跳ぶヤツが出て来る。そういうのには残しておいた【闇玉】を隙が出たところに撃ち込めば終わりだ。
威力という判断基準において、私の魔術は十分にその役割を果たしてくれる。元が同じ魔物であれば行動も似てくるため、一度パターンを掴めば後は作業と化した。
こんな奴らじゃ相手にもならない。あの盗賊は、きっと同じことをしても殺せない。だから魔族狩りは私にとって、給金稼ぎとじいさんの代用に過ぎなかった。
目の前で魔術により魔物を蹴散らすルプスを見て、村の衛兵団の団長―――ルプスからは先生と呼ばれている人間は眉をしかめた。
「折角教えた剣が台無しじゃねぇか。腰に刺さってるのは重しか坊主」
「接近戦になったら使うよ。遠距離でやれるならそれに越したことはないだろ」
全く道理な話だ。確かに損傷率もそちらの方が低くなるだろうし、ツッコミどころを探すほうが難しい。
そして先生自身も、別にこんな話で絡みたいわけでもなかった。
「なぁルプスお前…なんだ、その。大丈夫か?」
眉をしかめたまま先生は尋ねる。
「大丈夫って何が?ちゃんと家ではご飯も食べて『ます』し、別に無茶な身体改造とかも『してませんよ』」
それだよ、と叫ぶのを先生はぎりぎりのところで抑えた。
先生はこの頃のルプスに対して、どうしても違和感を拭いきれないでいた。
これが他のものであれば、中途半端な敬語も覚えたてだから馴染めないだけだと考えるだろう。例えアクセントや雰囲気が若干おかしくても、普段使い慣れてないせいだと。
だが仮にも半年の間ルプスと関わった先生としては、その違和感は心に残り続けるのに十分な理由だった。
半年の間ルプスと関わってきた先生は、彼のことを歳の離れた友人のように思っていた。
自分でも関わってた当時はまだ三歳だった子供を、友人と考えることがおかしいことは理解している。それでも先生はルプスのことを友人だったと言うしか無い。もし妻子がいなくて、しかも子供が息子でなければ。ルプスが剣の稽古を義務以上の必死さで食らいつき、何より才能があれば、あるいは違う関係性になっていたかもしれないが。
格段話が合うわけでもない。別に親密な関係となったわけでもない。共通の秘密があるわけでもない。ただ話しやすかったのだ。妻子の話。ちょっとした武勇談。別の町の話。ジョークの会話。深い話をした覚えはないのに、彼との会話は楽しく、何より自分がとても知性的な人間に思える不思議な友人だった。
しかし今は違う。ガサツながらも年上をしっかり敬う態度を示しながらも、大人と子供という隔絶が無いあの妙な語り口とは違う。自分と他人。世の中にはそれしか無いとでも言いたげな、どこまでもその姿が近くに見えるのに、見えない壁を降ろされたような関係。あの半年と同じ人間とは思えない、仮面を被ってしまったような別人。
いや、それこそ違うのか?と先生は首を傾げる。
そうだ、先生自身が変なアクセントを嫌ってやめさせたが、初めの頃ルプスは先生に敬語を使っていたのだ。
だとすれば、あの半年こそが仮面。ルプス=クロスロードという仮面を被った何か。
それももちろん驚くべきことだが、彼の仮面は人の気持ちを読むのが得意とは言えない先生ですら分かるほど、今はボロボロに崩れていた。あの半年バレなかった、いや他の人間に対しても被っていたと考えれば、一年以上は保ち続けていた仮面が、開き直って外すのでもなく壊れかけているのだ。
だから先生は心配だった。先生は別にルプスが仮面を被っていたことを攻めなどしない。人間関係なんてのは自分の良い面だけを見せるようにして、悪い面を見られたときに互いに笑ってごまかせられたら良好。それが先生にとっての処世術だった。
そして先生は知っていた。あの事件の時。ルプスがついたたった一つの嘘こそ見破っていなかったが、全身血塗れで自分自身も怪我をしている状態で、フレーラのいる家を守るためにずっと外で自分達を待ち続ける。衛兵という村を守る立場である先生には、その気高い心がルプスの奥底にある真実の一つだと信じていた。だから仮面も真実の顔も無視して、ルプスという一人の人間を案じていた。
同時にそれは、先生にとって一つのジレンマを負わせることになる。ルプスの今のボロボロの状態が決して良いとは思えない。そしてそうなってしまった発端が、あの事件であることぐらい先生は分かっている。
だが先生はあの事件の当事者であるルプスに対してかけられる言葉は、『良くやった』という労いの一言しかないのだ。子供一人で大人の盗賊三人から村長の娘を守る。字面を見れば衛兵である彼は拍手をしながらルプスに喝采の声をあげてやりたいほどの名誉な行為だ。穏便に解決しようと画策した村長と魔術師のじいさんの手によって、あの事件を解決したのは先生ということになってるからこそ、その行動がどれだけ名誉的なことだったのかが身に沁みて分かっている。
だからあの事件で変わってしまったルプスに、あの事件を名誉だと思う先生はかける言葉を見つけることができない。
結局今日も上手く会話することもできずに、先生は魔物を淡々と殺し続けるルプスの背中を見続けることしかできなかった。
あの事件から一年が経っていた。時が流れるのは早い。本当に早い。特にこの一年間はそうだった。
しばらくしていなかった異世界での行動をまとめる行為。思い出そうとしても、去年の一年間のことしか思い出せないせいで、上手くまとめることができない。
始点。この一年の始まりは、私がじいさんに『強くなりたい』と言ったことが始まりだった。
じいさんは私の願いに対して力強く頷いてくれた。
といっても、何か特別なことをした記憶は無い。半年ほどはサバイバル訓練の継続に、魔物狩りへの実質戦力としての同行。ついでにじいさんと時折実戦訓練のようなものを何度か。
そしてここ半年は、それらの行動からじいさんという要素が抜け落ちた。サバイバル訓練も魔物狩りも一人でするようになり、実戦訓練は無くなった。
一応村に住む条件に、じいさんが魔物狩りを手伝うというのがあるという話を聞いたから、大丈夫なのかと聞いたところ。なぜか先生からこっそりと『燃やす手間を除けば正直坊主の方が早いから問題ない』と言われた。なるほど小声でしか言えないな、と思ったけど、あのじいさんのことだからそれも折り込み済みで送り出されたような気もする。
そして手が空いたじいさんが何をやっているのか、というと…正直良くわからない。なんだか魔道具を多数発注していたり、連日家に帰ってこなかったりと、とにかく何かやっているということは分かるんだけど。
何回も聞いてようやく教えてもらったのは『お主の弱点の解決となるかもしれないこと』とだけ教えられた。それだけ聞けたら、私としてはもう言うことは無かった。じいさんが私のためにと言うのなら信じるしか無い。じいさんを信じれなくなったときは、私も潔くこんな世界に転生するんじゃなかったと諦めよう。
めぼしい話はこれくらいかな。
………ああ、いや。誤魔化さずにちゃんとまとめよう。本当に気が進まないけど、ブラックボックスと化してしまうのも気が進まない。
フレーラのことだ。
あの事件以来、私はフレーラと出会っていない。
事件後フレーラは魔術訓練にも、家に遊びに来ることも無くなった。それならばと魔術自体を止めるようにしたのだ。提案したのは私だ。
魔術は恐ろしい凶器であるということを、教訓としてではなく実体験として知ってしまったのだ。後天的な刃物恐怖症、とかと似てるのかな?包丁が凶器だってのはもちろんほとんどの人間が理解してるけど、それでも包丁が凶器になりえると考えるのと、凶器を包丁として扱うと考えるのでは全く違う。私が言うんだから間違いない。こっちでの調理は全てナイフで行っている。じいさんのモノグサのせいなんだけど、私としては感謝するしかない。
とにかく、本人が恐れるものに無理に近づけさせる必要は無い。それに、私と会う必要もないだろう。彼女にとっては、あの日襲ってきた盗賊も私もそう大差ないだろう。そんな人間を近くに置くわけにはいかない。
灰色の毎日。ぼっちの高校生の標語を私が実践できるとは思っていなかった。それがこの一年間ほどの私のゆるらかに変わらない日常だった。
しかし一切変わらない毎日というのものもない。そして変化の種は確かにあった。
その日私はじいさんから一つの言葉を言い渡された。
「準備していたものが完成した。明日の明朝向かうから、最低限のサバイバル準備しておくように」
完成した、というにはどこか硬い雰囲気を纏いながら、じいさんはそう言った。
反対に私はじいさんが今まで作ってきたものに興味があり、久々に日常にいいカンフル剤が入ると喜びながら準備を進めた。
そして運命の歯車は回って巡る。ああそうです。神よ、今日も貴方を呪いましょう。くたばりやがれ。
「あの家だな」
木陰の中、六人の男達がいた。
男達は一様に軽装な革鎧と剣を持ち、野卑な顔に体の至る所に付いている汚れ。彼らを見るあらゆるものが、彼らを盗賊だと判断するだろう。その汚れが妙に一定の位置に配置されてることに気づかなければ、だが。
実際のところは傭兵。と言ってもやってることは盗賊と特に変わらず、両者の差は有事の際雇って貰える程度の信頼と腕があるかどうか程度。金を貰えれば商人の護衛だろうが盗賊の援軍だってやってのける。ハンターギルドに加入していない彼らの信条は、金に対する誠実さのみ。そして傭兵が盗賊に扮してやることで良いことなどあるはずもない。
「随分手間取りましたね。村の人間も全然口割りやがらなかったし。やっぱり拷問したほうが早かったんじゃないんすか?」
男達の一人が、呟いた男に尋ねた。男達のまとめ役らしい呟いた男は、呆れた顔をしながら返事をする。
「それで対象に知られたらどうするんだ。それに村人だと思って甘く見てたら、気づいたら村中の人間が農具を持って襲い掛かってくるなんてことになるぞ。普通の武器のようにそれ専用のものじゃねぇから、農具でやられるってのはだいぶ悲惨らしいぜ」
ほとんど脅しのような言葉が功をなしたのか、手下の男は一度怯えたような声をあげた後引き下がる。
決して腕は悪くないのだが、頭が回る者が少ない。いい加減引退を考えていたまとめ役の男は、一度ため息をついた後に改めて条件を確認した。
「男の子供の方はなんとしても捕まえる。じいさんの方もできれば捕縛だが、抵抗した場合容赦はしない。未確認情報だが五位の魔術師らしい。注意してかかれ」
男の言葉に周りの者たちに動揺が走る。
なぜ五位の魔術師がこんなところに。年齢で衰えのくる剣士とは違い、魔術師ならば基本的に喋れる限り現役だし、五位ともなればその知識量だけで王家に雇われてしかるべき存在だ。それがなぜ、と。
耐えきれなくなった男の内の一人がまとめ役に質問する。対してまとめ役は
「明らかに訳ありだろうな。それも仲介人を挟んでるから相当用心深い。疑うのは勝手だが、疑われるようなことをしてる人間は疑われる対策もとってる。そして報酬額を考えろ。明らかにちっぽけな傭兵団ぐらい潰せるぞ」
と再び脅しの言葉を放つ。
再度の沈黙。男達はバカで学習能力も低かったが、命の危機に関しては人一倍鋭い。そうでなければ、まとめ役の男だって彼らを仲間として迎え入れなかっただろう。
「さぁ、いつもどおりの汚れ仕事だ。洗い流してくれるのは酒だけ。さっさと終わらせるに限る」
へい!と同時に了解の合図を出す男達。
明け方の明朝。寝る直前と同じぐらい人が油断する時間。そして全ての事柄は進んでいった。
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