私を真っ二つにするつもりね!牙突みたいに!牙突みたいに!

 時の流れというものは存外早いもので、気づいた頃には三ヶ月ほど時間が経っていた。

 この世界にも蝉というやつはいるらしく、七日しか無い余生で今日も元気に女に手を出そうとはしゃいでいる。死の前の七日間の間に生殖するって冷静に考えたら凄いな。処女の私からしたらよくわかんない話だけど。…あれ?今って童貞もプラスされてるのか?前者は不可能だし後者もやる気が全く起きないんだけど、私魔法使いになるのかな?って、冷静に考えたら既に魔術を使っていたな私。


 戯言はともかく今日も異世界からこんにちわ、ルプス=クロスロードです。異世界観察日記みたいになってきていますが、色々とやってきたのでとりあえず改めて情報をまとめてみようと考える次第で。


 まずはそうですね、剣術の話でもしましょうか。ほぼ一週間で免許皆伝、というか覚えることが無くなってしまった魔術と違って、剣術はまだまだ続いています。ですがそれは魔術と違って覚えることが特別多いというわけではありません。結局六属が無い私にとって、魔術だろうが剣術だろうがメが出ないのは確定的に明らかな事ですから。

 なればなぜ未だに剣術を習い続けているのか。さすがに魔術よりはやることもやらなければならないことが多いのは理由の一つですが、最も大きな理由がもう一つあります。

 とても、とても単純な話。


 どうやら私には剣術の才能が無かったようなのです。


 剣術の先生からは六属がないせいか?などと首をひねられるほどに。単純に身体能力が悪いせいなのかとも考えましたが、この体は自分でも驚くぐらいによく動いてくれます。その証拠に普通の剣術の型に関しては十二分だと、先生からも太鼓判を押してもらっています。


 この世界の剣術というものは、私から見れば二種類あるとも言える。一つは普通に剣を持つ上で心がける動きや構え、それに振る時の型などが該当します。これは元の世界でも普通に使えるものですね、やったね。

 この動きを一通りできるようになったら剣士として一位の位階がある程度取得できると考えていいでしょう。ですが元の世界の人、特に剣道とかを習ってた人なら違和感を持つことでしょう。一通りできるようになんて言ったって、その動きをマスターし扱うのは言葉の上ほど簡単ではなく、何年もかかるものだと。


 はい、私もそう思っていました。ですが真実とは違いますね。本当に一位の型やら動き程度は初歩も初歩のものなのです。少なくとも私はやり方だけなら最初の一週間で、先生から認められるまでなら一ヶ月でそれを達成しました。なぜそんなことになっているかと言うと、やはりこれも簡単な話で、《普通の動き》なんてものは、この世界では全く役に立たないからです。


 驚くべきことにこの世界の剣士というやつは、少なくとも先生は成人男性の腰ほどはある岩を剣一本で粉砕してみせました。こんなやつ相手に普通なんて言ってられません。ええ全く。ふざけた世界です。やることがないからと一生懸命休日も剣を振るっていた自分が馬鹿らしいことこの上ない。しかもその動きに準じるためには六属が無いと無理という話ですから、世界というやつを呪うしかない。


 闇属性だけでも魔術で【闇玉】が使えたように、剣術でも少しは人間離れな行動ができるはずなのですが、どうもそれが上手くいかない。ちなみに剣術と魔術の関わりも全く分からず、剣術の際に魂操作をそれとなく頑張ったりしてみましたが反応は無し。


 あまりにも無為に木剣を振り続ける私は、ある日先生にこんな言葉を漏らしてしまいました。


「剣術も魔術のようにいけばいいのに」


 それは本当にため息のように漏れ出てしまった言葉。


「ハハッ!魔術のようにって。剣術は魔術とは関係無いだろう!」


 豪快に笑ってみせる先生に、私は一瞬だけムッとしたのを覚えています。こいつは《魂現象》のことを知らないから、そうやって笑ってられるのだと。


「そうですかね、剣術だって魔術だって、属性によって動きや使う魔術が変わってくるんでしょう?だったらどっちともどこかで繋がってるかもしれないじゃないですか」


 また笑い飛ばされるだろう。そんな諦めもこめて言い放った言葉だが、予想に反して先生は両手を組んで難しい顔をした。


「むっ…確かに。今まで考えたことも無かったがなぁ」


 この世界においてそういう発想が異端なのか、それとも目の前の人間が考えてないだけなのか。どちらにしても剣を振るうことに飽きていた私は、その話を続けることにした。


「魔術のほうはある程度得意なので、剣術との関連性が見えれば上達するんじゃないかと思いまして」

「んん、そうかぁ。だがなー、うーん。剣術と魔術は使った感覚が真逆だからなぁ」

「使った感覚?剣士も魔術を使うんですか?」


 最後に言った真逆という言葉よりも、私はそっちに先に食いついた。私の知識の中では剣士イコール脳筋だ。


「そりゃ属性によっても違うけど、剣士だって二位程度の魔術は使うぞ。便利だからな」

「そうなんですか?」

「ああ、特に俺のような火属性系統はな」


 先生は頼んでもないのに続きを話してくれた。


「基本的に呪文だけ覚えれば二位ぐらいの魔術は簡単に使えるからな。そして何もない場所から自由に火を取り出せるってのは便利なんだ。火打ち石の代わりはもちろん、明かりに調理。それに魔物の遺骸を焼くのに使える。奴らの死骸を放っておくと、それを食った野良が魔物化することが多いからな」


 それに…と続けようとしたところで、先生がこちらの表情に気がついた。

 申し訳ないね。この体になってからどうにも感情のセーブが効きにくい。前だったらこれぐらいの精神ダメージは簡単に受け流せれたんだろうけど、今はどうにもこうにも。

 恐らくその時の私は文字通り死んだような顔をしていただろう。一度死んだことがあるだけに、そういう顔の作り方は知っている。


「ああいや、すまんなボウズ。別に自慢とかそういう話じゃないんだ…」


 当時は確か授業が始まって二ヶ月ぐらいだったか。それぐらい経つと、六属が無いのが私のコンプレックスになっていることを向こうも知っていた。

 何度も言うように別に戦いたいというわけではない。だが面と向かって貴女には素養がありません、と言われているようなものなのだ。ファンタジー世界でファンタジー技能の素養が無いのだぞ。TRPGで戦闘特化の冒険者でやったら、始まった直後に今回戦闘はありませんと言われたような気分だ。しかも事前情報は一切無しどころか、キャラシまで勝手に作られた状態から初めてだ。詐欺に等しい。


 とにかく私は先生の言葉に、『いいえ、大丈夫です』という言葉だけをなんとか返せたことを覚えている。


「あー、それでだな。剣術と魔術の感覚っていうのは全く違うものなんだ」


 先生は普段大雑把で豪快そうなノリに見えて、こういう時のフォローは上手い。たぶん魔物狩り隊の隊長として覚えた技能だろう。これで地雷を踏まない能力があれば言う事なしなのだが。

 それはともかく折角相手が流れを変えてくれたのだから、これに乗らない手はない。


「そうなんですか?」

「ああ、魔術は使った時にこう…内側から外側に向かうような感覚があるんだ。ボウズも分かるだろう?」


 ほう、と少し驚く。

 魂が主体の私の感覚が他者にはわからないように、私は他者が感じている感覚が分からない。普通の人間が魔術を使った時にどう感じるのか疑問に思っていたが、なるほどそういう感覚なのか。


「剣術のときは逆でだな、なんと説明すればいいのやら」


 そう言うと先生は持っている木刀を素振りし始める。まるでその一振り一振りで剣術の感覚を思い出していくように。


「剣をっ!振るってっ!いるとだな!一振り一振り。一撃毎に、だな。体の動きが内側に、染み付いてくるんだ!」


 先生は一際大きく木刀を振るう。 曇りのない風切り音が耳を撫でる。


「そうやって振っていくうちにだな。これは切れる、これは壊せる、この速度で振れる。剣を持った瞬間にそういうのが判って…なんというか『見えてくる』んだよ」


 木刀を正眼に構える。中空を睨む視線の先には、一匹の蝶が浮かんでいた。


「考えたとおりに切れるし壊せるし、思ったとおりの速さで剣が流れる。逆に切れないと思えば切れない。それを切れるように稽古して自信をつけていく」


 一閃。後に残るのは二つに割れた元一匹の蝶。

 ……いやいやいやいやいや。あっさりやってのけたけどそれ木刀だよね?なに?柄に洞爺○とでも書かれてるの?


「ま、そういうわけで反復練習だな!ほーれ木刀を振れい!目標は木刀で石を砕くことだ!」

「はいはい。了解しました」


 上手くまとめた気になってる先生の言葉通り、木刀を振るう。いつも通り型をなぞって振るうだけの空虚なもの。

 だが木刀を振り続けながらも、私の頭の中では全く別の考えが巡っていた。木刀を振るうだけならば、肉体に命じれば勝手にやっててくれる。分割思考というにはあれだが、楽ではある。


 しかし…なんだ?今の話実はかなりやばい話じゃなかったか?

 正直先生からの言葉は全く期待してなかったのだが、今の話が本当だとするのならば。ほとんど直感じみた言い方だったけど、魂を直感的に操ってる私からすればその話は笑える話ではない。


 魔術は魂を外部から無理やり操作することによって発動させる。しかし緩やかな変化であり時間もかかるが、魂を改造する方法は他にもある。というよりも本来そちらのほうが通常なのだ。

 魂は肉体と精神。その積み重ねから作られる。もしかしたら剣術は、肉体や精神をひたすら改造することにより魂にまで影響を及ぼす。その結果影響された魂によって肉体に特殊な作用がかかるような魂現象が発生する。そういうプロセスを辿ったものならば、肉体が満足に動かせない私はどうすればいいんだ?これって実は不可能に近い命題だったりしないよな?

 いや一応魂現象を扱うのなら、一度感覚をつかめればできないでもないだろう。たぶん魔術を扱うより簡単な気がする。だけど初めの一歩を踏み出せない限り、それ以上の踏み込みもできない。


 八方塞がりである。せっかく塞ぐのならば美人で…って、このくだりは前にやったな。とにかくそれから一ヶ月以上一応あれこれやってるけど、一向に成長の兆しは見えない。


 剣術の話はこれくらいだろうか。もう一つは…彼女、フレーラ=ロクシュの話になるだろう。


 基本的に私は週に三日剣術を習っている。先生は色々と忙しい身なので、これでも優遇してもらっている方だ。

 そしてフレーラの魔術授業も同じ日にやっている。午前は剣術、午後は魔術。それがない日は適当に遊んだり剣の稽古したり、本を読んだりとまぁ適当に過ごしている。

 今日も数多い休日の一日なのだが…


「こんにちわー!」


 がらがらと遠慮の無くなって久しい扉の開閉音と共に、元気な声が家に響き渡る。


「いらっしゃーい」


 私がその場を動かずに超おざなりな返答をしている間に、とてとてと足音を響かせながら彼女は私がいるいつものリビングにやって来る。

 そして彼女は私の方を見ると、そのぱっちりおめめをさらに開いてキラキラとさせてくる。


「おにいちゃんなにそれすごい!」


 彼女―――フレーラは休日だとか特に関係なく家に来ていた。ついでに言うと私に懐いていた。

 後から聞いた話だが、フレーラの両親、特に父親の村長はかなり過保護らしく、この歳になるまでフレーラはろくに外にも出たことがないらしい。つまり私が友人第一号。というか兄などと呼ばれている。

 これにも明確な理由があり、じいさんが私のことを説明する時に兄弟子と説明したせいだ。それがどこでどう情報がねじ曲がったのか、気づいたらおにいちゃんと呼ばれるようになっていた。


 はっきりと言うと私は子供というのがあまり好きではない。見る分程度には構わないが、自分の事情ばかり優先して人の話をろくに聞かないのがどうしようもない。親戚でそういう幼い子がいたが、話が通じないところなど同じ人間かと疑いたくなったほどだ。ぐずられたときなど真剣に絞め殺そうかと考えそうになった。


 しかし、だ。目をキラキラとさせながら私の前で、ただ私を見ているフレーラの姿を見る。

 ちなみに私は今【闇玉】を三つほど生成し、それを片手から片手に投げ、その間に宙に一つ投げ、空いた片手に落として、とった玉をもう片方の片手に投げる。説明がめんどいな。結論だけを言うとお手玉をしていた。《闇玉お手玉》である

 傍から見ればそれはもう大道芸人も顔負けみたいな感覚で危なげなく回してる私だが、実はそこには種も仕掛けもあるのである。お手玉してるのは見せかけで、魔術なのだから浮かぶも軌道修正もお手の物。上手くやってるように見えて魔術で操作してるだけのハリボテ大道芸なのだ。


 フレーラは私が延々と【闇玉】を回す姿を嬉しそうに眺めている。これが例の子供であったら速攻で【闇玉】の奪取にかかっていただろう。他人が楽しそうに遊んでるものは自分も楽しいだろうと考え、そう考えれば後は奪い取って遊ぶだけ。単純な思考回路である。だからお願いだからスマホをとって勝手に弄らないで欲しい。あとネトゲの最中のパソコンにも触れないで欲しい。お願いだから。

 その点フレーラははなまる満点と言いたいところだ。元々の性格か、はたまた使ってるものが仮にも魔術だからなのか、彼女は迂闊にこちらに手を出そうとしない。時折発言がおかしかったり、やっぱりぐずりだすことなどもあるが、彼女はしっかりとした理論を持って行動しており、その理論は私的に一般的といえるそれに近い。最低限人間として会話ができることがなんと喜ばしいことか。いや彼女はエルフの血も混じってるけど。


 とにかくこの優秀な娘っ子は実にかわいい存在であり、ここが異世界でなければキャラ作ってるだろと疑いたくなるほどの逸材である。現状この世界にきて喜ばしかったことと言えば、彼女と出会えたこととじいさんに出会えたことぐらいだ。


「やってみるか?」


 目を輝かせるフレーラに三つの【闇玉】を捧げる。彼女は嬉しそうに頷くと、私から【闇玉】を受け取る。

 そして私と同じように回そうと投げて失敗する。ちなみに私は良い方向にも悪い方向にも力を使っていない。さすがにビーズが入ったお手玉と同じとは言えないが、現状の【闇玉】は手のひらサイズのただの玉にすぎない。

 フレーラはやろうとしては失敗するを何度か繰り返し、果てには元々どんなふうにやってたのかも分からなくなったのかぐちゃぐちゃになってしまう。目元に涙が浮かび始めた辺りで軌道修正。


「まずは二つからやってみよう」


 そう言って自分の手元に二つ【闇玉】を作り実践してみせる。これぐらいだったら私でも魔術の補正を受けずにできる。

 フレーラも真似してやろうとして…やはり何度か失敗し、そして私がこっそりと力を貸す。『できた!』と喜んで何度も重ねていく内に、少しずつ私も魔術による補助を無くしていく。自転車の乗り方を教えるのに似ている。最初は後ろを持って、軌道に乗ってきたら離すというやつだ。


 何度かしているうちに私の補助を一切無しで二つができるようになり、次は三つだ!と意気込んでやっぱり失敗する。それでも今度は先程のように泣き出しそうになることはなく、分からなくなったら二つに戻してやり方を確認したりする。実に勤勉だ。


 微笑ましい姿を見て私もこうしてはいられない。兄としての威厳を見せねば、と五個玉に挑戦する。もちろん魔術補正付きで。

 最初の方こそなんとかなっていたが、不意に『あれ?これってどうなってるんだ?』などと考えてしまったのが運の尽き。一瞬でバランスが崩れた【闇玉】はあっちへこっちへ飛んでいく。

 その様子を二人で見て、苦笑いがこぼれそれがすぐに笑いに移行する。


 生前私は一人っ子だった。子供も嫌いだった。だけど、この娘だったらどうだろう。

 どう言い繕ったところで私は、この肉体年齢同い年の年の離れた妹を難からず思っている。そしてこの平穏に過ぎ去る日常を、私は楽しく過ごせていた。

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