初めての妹弟子。残念だがゴブリンとかオークは出てこないぞ。

 フレーラ=ロクシュ。村長の娘らしいその女の子を家に案内すると、じいさんが人数分お茶を出してくる。いつも使ってるリビングに三人が落ち着くのを見ると、私はずっと抑えていた一言を放った。


「で、なんなの」


 酷く短く要点が掴みにくい言葉だったが、じいさんはその一言で理解してくれたようで、髭を触りながら何事かを考え始めた。


「そうじゃのう。お主にだったら詳しく説明しても構わぬか」


 じいさんはそう言うと何を納得したのか、一つ頷いてみせた。


「少し世知辛い話になるのだがのう」


 ほう、経済的な話か?


「うちはのう…金に余裕がない」


 思った以上にストレートで世知辛かった。


「そ、そうなのか?あんまり生活に苦労した記憶が無いから実感がないんだけど?」

「確かに毎日を送る程度には困らんのじゃがのう。お前が思っとる以上に、家庭教師の顧問料というのは高いのじゃ」

「家庭教師…ってことは剣術の先生?」

「そうじゃ。あやつは村でも新兵相手に剣を教えとる立派なもんじゃからのう。個人で雇うとなればそれ相応の値段が必要となる」


 ふうむと唸る。

 まさか私の成長のためにそんな無茶をしてくださっていたとは思わなんだ。ってことはもしじいさんが魔術師じゃなかったらさらに払う量が増えたのか。


「でもわざわざそんなにちゃんとした人に頼むこともないんじゃないか?それに教えてるところがあるならそこに混ぜてもらうことだってできるんじゃないの?」


 私が提案してみるとじいさんは露骨に嫌悪の表情を浮かべた。


「ダメじゃダメじゃ。大切なお主を信用をおけるか分からぬ者には預けれん。それに訓練所は衛兵としてしっかり登録された大人が行くものじゃ。お主だったら…教えてもらえんでもないだろうが、あくまで片手間に教えられる程度じゃろう。こうやって個人で教えてもらうのと比べれば効率が全く違うわい」


 あらやだときめいちゃいそう。このじいさんほんとに良い人。傍から見たら親バカか教育バカかって言いたいぐらいに。

 冗談はともかく配慮は嬉しい。そして感謝というのは伝えれる時に素早く伝えるものである。


「そこまで考えてくれてたのか。いつもありがとうなじいさん」

「なに構わぬ。お主のためじゃ」


 今度は隠そうとしているが露骨に表情が緩んでいる。うん、じいさんが喜んでると私も嬉しい。おかしいな。前世だとまともに親孝行もしたことないのに。こんなことになるんだったら母の日に花ぐらい送れば良かった。


 …っと、センチな気分になってる場合じゃない。冷静に考えたら最初の質問から逸れてるじゃないか。


「それで、剣術の先生の給金が高いのがこれにどう関係してるの?」

「おうそうじゃったな。その話じゃった」


 じいさんは緩んだ表情を改めて話始める。


「一応ある程度の金は持っておるし、払えんほどでもなかったのじゃが、いざという時何かと金は入用じゃ。そう考えると悩んでのう。その時に村長が助け舟を出してくれたんじゃ」


 少し悩んどったんかい。

 いやまぁじいさんも実年齢は分からないが老い先短そうだし、そうなったときに遺産の一つも無いようでは私が困るのだが。借金なんてもってのほかだ。


「村長の娘に魔術を教える代わりに、剣術の契約料を肩代わりしてもらう。仕組みとしては簡単な話じゃの」

「なるほどなるほど。つまりこの子は今日からじいさんの新しい弟子ってわけだな」


 そういってフレーラの方を見ると、よくわからない会話に興味を持てなかったのか、じいさんが出したお茶と悪戦苦闘している。まぁ足し算も分からない子供に金勘定は分かるまい。というか本来であれば私が私でなければ話すよう内容でも無いだろう。


「そういうことじゃの。お主の妹弟子となる。仲良くするようにの」


 こちらが見ていることに気づいたのか、フレーラはカップから顔を上げるとニコッと笑ってきた。かわいい。思わず笑顔と共に手を振ってしまった。


「…一応忠告じゃが、同い年だからと言って下手な手を出さんようにの」

「じいさん俺のことなんだと思ってるの?」


 さすがに三歳の女児に手は出さない。いくらこちらも見た目三歳児でも犯罪にも等しいだろう。今のはなんというかこう…あれだ、母性本能みたいなものだ。なんにしてもここまで年下の同性(魂基準)を襲うのは自分で考えても絵面がヤバすぎる。


 ともかくだ。


「彼女にもとりあえず属性の説明から?俺も一緒に聞いといたほうが良い?」

「ああ一緒に聞いておいてくれ。じゃが初めに教えるのは属性のことではない」


 そうなのか?と尋ねかけてじいさんの表情を見てやめた。

 じいさんは時折見る真剣な表情で腰をかがめ、フレーラと目線を合わせた。


「お嬢ちゃん」

「おじいさんどうしたの?」


 首を傾けるフレーラ。じいさんはその瞳を覗き込むようにして。


「お嬢ちゃんは魔術のことをお父さんお母さんからどれだけ聞いておる?」

「んー?お手てから火とか、水とか出せるんだよね!バビューンって!」


 笑顔で擬音にジェスチャーを付けるフレーラ。実に三歳児らしい。


「そうか…では一番初めに教えるぞ。魔術とは、危険なものなのじゃ」

「きけん?」


 じいさんの言葉でなんとなく何を言いたいのか察しがついてきた。

 じいさんはフレーラから体を話すと、手のひらを片方上に向け、手皿を作るようなジェスチャーをした。


「『闇よ木を纏え』『小さな種を育め』『咲けや一本食肉の花』【食虫花】」


 二位闇系木属性魔術【食虫花】。

 じいさんが詠唱を終えると、手のひらの上に小さな種が生まれ、そこからみるみるうちに一本の赤い花が咲いた。

 見た目としては実に綺麗だ。小さいうえに一本だけとは言え、赤い花びらを何重に巻きつけ…まるで中を見せないように包み込んだ姿は一見に値する。

 フレーラも同じことを思ったのか、目の前で起きた不思議な現象に目を輝かせながら花に手を伸ばす。


「触れるでない!」


 その手が触れる前に、じいさんが強い語調で言い放つ。フレーラはその声に怯えビクンと体を震わせ手を引っ込める。長く見続けたら目元に涙まで浮かびそうだ。


「これは一見綺麗な花に見える。じゃがのう…」


 じいさんはどこから持ってきたのか細い木の棒を取り出し、花の前に差し出す。

 直後その様相からは思いもつかない俊敏さで花びらの内側―――鋭く並ぶ歯をむき出しにした【食虫花】は近づいた木にかぶりつき、何度も何度もその尖った歯を突き刺した。


「ひっ!」


 さっきまで綺麗だと思って手を近づけたものの唐突な変容に悲鳴をあげる。


「分かるか。魔術というのは適当に使ったり、その魔術のことを知っていなければとても危険なもの。怪我をするかもしれん危ないものなのじゃ」

「けが…お手てけがしちゃう?」

「ああ。これであれば指が一本失くなるかもしれぬ」


 フレーラが自分の指を見てその様子を想像してしまったのか、顔が目に見えて青ざめる。


「しかしのう、ルプス」

「はいさ」


 言葉に応じ【闇玉】を展開する。

 大きさはテニスボール級。少しオーバーキルだが分かりやすくていいだろう。

 それを目に見える程度の速度で【食虫花】に向けて放つ。

 一部の狂いもなく放たれた【闇玉】は未だに木に夢中な【食虫花】をバラバラに砕き、植物特有の汁っぽいものと共に飛び散った。自分でやっておいてなんだがエグくてグロい。果たしてフレーラはこの光景をどんな気持ちでみているのやら。


「このように正しい知識と意思の元に使えば、危険なことから守る力にもなる」

「まもる…」


 青ざめた表情のまま、フレーラは言われたことを反復する。


「お嬢さんにも大切な人はおるじゃろう?」

「おとうさんにおかあさん…」

「そう、それに自分もじゃ」


 じいさんは再びフレーラの目を見つめる。


「これから魔術を習う前に、これだけは誓うのじゃ。魔術は人を傷つけるためではなく、何かを守るため、何かを助けるために使うのじゃ。それだけは誓ってくれんかの。もし怖くなったのなら魔術を諦めてもかまわん」


 じいさんは出来る限り言葉を選んでるのだろうが、三歳の女児どこまで分かるのか。

 フレーラはまもる、あぶない、きずつける、たすける。といくつか単語をぐるぐると言い続けている。

 やがて大きく頷く。何がわかったのかは、じいさん以上に分からない。


「分かった!魔術を誰かのために使う!」

「うむ。良い子じゃ」


 じいさんはそこでやっと表情を崩した。


「ずるいなじいさん。俺のときはそんなこと教えてくれなかったのに」


 なんとなく拗ねてそんなことを言ってしまう。いや別にそんなことで拗ねる年じゃないからね!なんとなく言っただけだから!皮肉だから!


「お主にも必要か?」


 対してじいさんはにやりとした笑顔で応じてくる。まるで信頼してるとでも言わんばかりに。


「別に」


 いたたまれなくなって顔をそらすと、ククッと抑えた笑いが聞こえてきたのでじいさんを睨む。向こうは全く気にもかけなかったが。


「それじゃあ嬢ちゃんの初日の座学を開始する。ルプスもお嬢さんの横に座れい」


 じいさんの掛け声で授業が始まる。言われたとおりにフレーラの横に移動しどっかりと座り込んだ。

 いきなりの来訪者はどうしたものかと思わないでもなかったが、悪くない。悪くは…ない。そんなふうに私が一人納得している。


 あ、そう言えばじいさんの名誉のために言うけど、あの【食虫花】は人の指を噛み切れるほどの力も無いし、攻撃対象を術者が選べる優れものよ。万に一つも重大な事故なんて起こさないって。


 そんな一人言を心のなかで言っていると、なぜか横からきず…いたいこと…いたいこと…とぼそぼそ聞こえてきた。

 言われた言葉を反復してるだけかと気にもかけなかったのだが、やがて大きく頷いたフレーラが元気に手を上げた。


「はい!おじいさん!」

「む?どうしたのかね?」


 いい雰囲気に流されてるのか、心なしかじいさんも穏やかに答える。

 そして―――


「おとうさんはいつもおかあさんに叩かれてよろこんでるんですけど、おとうさんにはどうすればいいんですか?」


 台無しだった。

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