そして私は年を重ねた。早く十八歳になりたい。
私の学習の日々は続いた。
世界のあらゆることを知るために、毎日本と地図を見比べ四苦八苦。分からないことはじいさんに聞きに行き、その日常はやはり在りし日の時間を思い出し、少しだけセンチな気持ちになりながら。
その意気込みをじいさんも認めてくれたのか、最初は何冊かずつ渡してきた本や資料を、じいさんは本棚ごと私の部屋に持ってきてくれたのだ。
ちなみに当たり前なことだが、この学習を始める前から私は家とその周辺の地形を把握していて、じいさんがどこからその本や資料を持ってきたのかと疑問であった。が、実際のところは簡単で、単純に鍵の掛かって普段入れないじいさんの部屋に置いていたらしい。
なにはともあれちょっと良さすぎるレベルで私に都合がいいのだが、前世であんな酷い目にあったのだから、折角転生したんだしこれぐらいのことはあっていいいだろう。
じいさんが持ってきてくれた本棚の内容は、予め例の手帳と地図で知っていたじいさんの凄さを、改めて疑問に感じてしまうほど多岐に渡るものだった。
まず例の手帳がずらりと並んでいる。しかも本棚を置かれると同時に渡された外装の皮の色が違う手帳には、今までのように各種地域毎の情報ではなく、魔物情報や草花のまとめなど、特化した一種の情報が書かれてあった。
この世界のことはよく知らないが、これを増刷できたらそれだけで金持ちになれるんじゃないか?とも考えたが、あまりにも情報量が多い上、地図などは制作技術が高すぎてマネすることはまず不可能。変なことは考えずに今は学習に勤しもう。
手帳以外にも、こちらはちゃんと装丁がなされている本が何冊か並んでいる。
内容は三種。剣技と魔術に関しての本が一冊ずつあり、残りは物語系統。しかし物語系統はなぜか戦記物が多かった。いや歴史を知る上で戦記はそこそこ役に立ちそうなんだけどね?なんでここらへん戦いに特化してるの?ああいやそういう世界なのか?
ともかく剣技と魔術の本は興味が無いと言えば嘘になる。糞鳥には文句を言いたいが、それでもお剣と魔法のファンタジーの世界に胸を踊らせないかと言われれば踊ります。え?特に意味もない呪文と同時に手から火とか出したくない?ただしマルチバッドエンディングなファンタジーはNG
だがいくら興味があっても、それは私の将来設計とは違うだろう。私が望むのは牧場で物語的なスローライフであり、MMORPGなら職業生産職みたいなのが望ましい。それでもまぁどこぞの竜の排泄物を加工するハメになった鍛冶屋ぐらいは戦闘技能があって構うまい。こんな世界なのだから力を持って悪いことはないだろうし、それに『あの日』のことはさすがにトラウマとして残っている。自分の身を自分で守れるぐらいには強くなりたい。ナイフを向けられても逃げれるぐらいには。
などと複数の理由をつけて、剣と魔術の本にも目を通す。物語の方は純粋に学習の合間の楽しみとして使えた。私は生前読書家を勝手に名乗っていたが、ジャンルはかなり雑食だった。戦記モノも意外と面白いものである。
さてさて、いつものまとめの時間だ。この数ヶ月の間知識を詰め込むだけ詰め込んだし、一度今必要な情報をだけピックアップするのも悪いことではないだろう。
まずまとめるのが不必要なものは弾こう。剣と魔術に魔物とか草花。そういった戦いとかに通じそうな情報はとりあえずなしだ。
だとすれば…やっぱりあれだね、この世界の事情。メタ的に言うと世界観というヤツをまとめておくか。
この世界を一言でまとめてしまえば、それはやはり剣と魔法のファンタジーだ。ビーストとかエルフとかドワーフとかいるらしいし、ダンジョン的なものもあるらしい。
だがその上で普通のファンタジー世界と違うと言えば、まず魔王とか勇者はいない。それに先程言った人間とは別の種族。それらは一概の魔族…などとは呼ばれていない。
この世界において他種族というのは、姿形も言語も違うが、だからどうしたという話。全種族が統一した政治を行っているとかではなくむしろ逆。それぞれの種族が自らの領土と法と民のある国を持っているのだ。そして当たり前のように人間は他種族と、他種族は他種族と、果てには同族同士で戦争を行う。
要するに剣と魔法が変わらないのだ。変わったところと言えば、日本人と米人が人間とエルフになったとかそれぐらい。やはり核の抑止力というのは偉大だったのだと考えさせられる。
幸いにして今このイスライ国が戦争していないのは、最近同盟国だったウルムナフ王国という国が、どこかの誰かによって襲撃を受け一夜の内に亡国となってしまった。結果その国を襲った誰かを警戒しなければならず、迂闊に戦争できなくなったせいである。束の間の平穏とでも言うべき状態であるが、なんにしてもウルムナフ王国とやらを滅ぼしてくれた連中には頭が下がる。まぁ被害者の方々は可哀想だが、担ぐべき王を間違えたということで、FA。
世界観という点で言えば、特筆すべき点はこれぐらいか。そういえばこうして学習を始めてからは、ただ学ぶだけでは無く他に自分ができることを色々とやってみた。
例えば前と同じようにじいさんの買い出しに連れて行って貰い、その際出くわす人間と親しげに話したりとか。特に商売をしている人間とは親しく。話の種に世界事情とか風習とかを聞いて同時に自らの学習も行う。
それに学習ってのは何も大きは世界やら国の範囲だけでなく、もっと小さい範囲でも行うべきものである。おかげで今では私の頭の中にはこの村の家族関係から人間関係、果ては恋愛のあれこれまで頭に入っている。村を走り回る子供を見ればすぐにその親の顔を思い出せるレベルだ。我ながら素晴らしい。…なんだか盛大に何かを間違えてる気がするが。
後私の学習と成長という観点において、じいさんはやはり素晴らしい存在だった。
ある時期何か少し悩むような素振りを見せていたじいさんは、唐突に私にこう切り出してきたのだ。
「ルプス。座学だけでは学べぬこともあるだろう。明日儂は村のものと共に村周辺の魔物を狩りにでるのだが…お主もついて来ぬか?」
一瞬。は?なんでそんな危なそうな場所に?と問いかけたくなった私だが、しかしすぐにその思いを引っ込める。
知識で知るのと実際に見るのは違う。百聞は一見にしかずなどとも言うわけで、じいさんからの申し出には得るものも多いだろう。
そうやって少し悩んだ上で、私はじいさんと同行することを決める。
そして後日私は実際に幾人かの武器を持った男とじいさんと共に、魔物狩りへとでかけた。
男たちは始め露骨に嫌そうな顔をした。当たり前である。いきなり三歳にも満たない餓鬼が魔物狩りという一歩間違えれば死にかねない危険な仕事場に出てきたのだ。ぱぱーあのおっきなきはなにーみたいな状況からリアルに死人がでかねない。
だがそこは心配なかれ、これでも伊達に人心掌握に人生を捧げてきた人間ではない。
まず必要なのは自分が無能な存在では無いと分かってもらうこと。人間誰しも初めは何もできないものであるが、それでも最低限人としての必要なものがある。それを下回る無能は私でも御し得ないほど最低な存在だ。
この場合でいえば、子供だからと言って迂闊な行動はせず、しっかりと大人達の言葉を聞いて行動すること。魔物狩りでは大人達は私の何十倍も洗練されたプロだ。下手なことはせず、しっかりと言われたとおりの安全な行動をとる。
その上で次は自分の有意性を示す。これは即ち今自分ができる出来る限りのことをこなすということ。周りを見て必要なものを必要な時に行う。
幸いにしてそのタイミングはすぐに訪れた。魔物が出る森の中、一度昼食にしようと休息の時間を入れた時。私は動いた。
私は率先して疲れた大人達のために食料や水を配り、その汗を拭き、疲れた体にマッサージを施した。…最後の行動だけは肉体的なスペックが足りず、子供の微笑ましい行動になってしまったが、それでも周りに溶け込むまでにそう時間は掛からなかった。交流の場というのは大切なものである。少なくともこの時私はまた新たに一つの交流を得ることに成功したのだ。
ちなみに元の目的である魔物と、さらにはその戦いの雰囲気というものにも触れることができた。いやはや剣と魔法のファンタジーだとは知っていたけど、やっぱり目の前で戦いが繰り広げられると違うね。私は一生そこに参加したくないけど。
私が見た魔物は主に狼が魔物化したものが多かった。魔物と言うのはそのほとんどが元々何らかの生物であったものが変化したものが多く、突然変異的なものはあれど元々の動物の性質を受け継いでいるものが多い。
ちなみになぜ魔物み変異したかは分かっておらず、魔力的なものが何らかの作用を及ぼしたのではないかと言われている。言われているだけで何も実証されていないのだが。
さて、そんな風に慌ただしくも楽しい日々を送っていると、時間というものは早々と巡っていき、季節も移ろい変わる。
まだ温かいといえるボーダーライン的な時期。五月の十日。その日私は三歳になった。
そんなちょっと記念すべき日の朝。朝食を終えた私はじいさんの呼ばれ、机を挟んで向き合っている。
長い、と形容するにはまだかもしれないが、それでもそこそこの時間を共に過ごしている。じいさんのその何かを覚悟したような顔を見たのは、先日魔物狩りの同行を求められた時以来だった。
重苦しい雰囲気が漂う。私とじいさんの間でそんな空気が漂うのは珍しいが、じいさんが真面目な表情のまま何分間も黙っていれば自然とそういうふうにもなるだろう。
私がじいさんが何か言ってくれるまで待ちに待ち続けて…とうとう、じいさんは一つ深呼吸をおいた後、私にこう言ってきた。
「お主には今日から、魔術と剣を修練して貰う」
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