異世界に馴染もう!…早いうちに。
転生した私の朝はたぶん早い。たぶん、というのはこの世界に、特にこんな寂れた村に時計などというものが無いからである。一応村の中心広場には日時計があるのだが、村外れにあるこの家からでは見に行くだけで手間になる。
まぁそんな些細なことはともかく、一つずつ現状確認を行っていきたいと思う。
まず私のこと。
名前、ルプス=クロスロード。こんな世界で名字なんて持っているものなのかと思わないでもないが、何であれそれが私の記憶の中にある自分の名前だ。
性別は男。誠に遺憾ながら男なのである。年齢は二歳と半年ほど。既に二足歩行も会話もできる。
次に説明が必要なのは…彼だろう。
「ルプス。今日私は村の自警団と共に魔物狩りに出る。家で大人しくしているように。食料はパンがあるので、お腹が空いたら食べなさい。」
「わかったよじいさん」
分かりにくいだろうが、前者が説明すべき彼の言葉で、後者は私の言葉である。
固有名称、じいさん。本名はよく知らないってか覚えてない。なんだか妙に長いものだった気はするが、何にせよ呼ぶのに困らないので特に問題はない。
年齢は分からないが、前世の私の両親よりは上だろう。両者ともに長い白髪と白鬚は、このファンタジー世界においてもザ・魔術師という体をなしている。いや実際に魔法使いらしいけど。
じいさんは私が完全に記憶している範囲。私が二歳になった辺りからの記憶の中で、ずっと親の代わりに世話をしてくれている保護者だ。関係性は親密も親密。実の両親は…覚えていない、その記憶はかなり曖昧だ。
彼の職業は魔法使い。それが職業になるのかと思わないでもないが、少なくとも私が知っているじいさんの職業は魔法使いだ。時折村の人間と共に村の周囲の魔物を狩り、それで生計を立てている。…当たり前みたいに言っているけど、この世界には魔物が存在する。
ただし驚くことに家事スキルが驚くほど高い。本職は執事か何かなのかと疑いたくなるほどだ。
この世界において知り合いが少ない私が全幅の信頼を置く存在。だが私とじいさんとの間柄はかなり不明な点も多い。血の繋がりがないのは分かるが、ならばなぜ彼は私を保護しているのか。両親は?その他諸々のところが分からない。分からないが聞いても分かる気がしない。
ともかくじいさんについては保留でいいだろう。もし今彼に見放されたら、私は一週間も待たずに死ぬだろう。下手に刺激する必要はない。
次は…そうだな、この家、そしてこの村のことでも考えるか。
家は木造のそこまで大きくもない家。ただし木造と言っても日本家屋のようなものではない。
家の中にある器具などから技術レベルが分かるかとも思ったが、残念なことに全くわからない。そもそも剣と魔法のファンタジー世界なわけで、どこまで判断に使えるか分からない。少なくともじいさんは家事に魔法を使うし。
村の中では若干外れた位置にポツンと建っている。すぐ近くに他の家は無いが、しかし完全に離れてるとまでは言えない絶妙な位置にある。
そしてそんな私の家がある村の名前はアスラ村。イスライ国という国の領土の中にある辺境の村だ。
主な産業は近くの森から取れる木材や天然資源。それに狩りで手に入る皮や肉。ちなみに狩りの中には魔物も入っている。それに当然ながら小麦などを作っている畑がそこそこ。
村の規模は比較対象を知らないので不明。しかし決して大きいわけではないだろう。色んなパソゲーをやってきた私には分かる…が、最低限度村が普通に成り立つぐらいには豊かだ。
なにより素晴らしいのは戦争などが無いところか。戦時中か無能が王な国の村は絞り尽くされるのがド定番名なためこれは純粋に良かったと言っていいだろう。
とりあえずここまでが私の【記憶】の中にあるこの世界の情報だ。
…それにしても、こうやって自分の記憶を辿っているだけなのに、私は私に非常に気分の悪い違和感を覚えさせられている。
今思い出した情報の内、そのほとんどは記憶ではなく知識と呼ばれる部類のもののはずだ。だというのに、私はその知識を呼び起こすために自分の【記憶】を呼び覚ましている。
なんと説明すればいいんだろう?例えるなら、数学の問題を解く時って、普通問題文にそって知識の中にある公式を当てはめていくものだ。だけど私の場合は、問題文と似た問題をやった時の記憶を思い出し、その記憶の中にある公式を思い出して問題を解くというプロセスを行っているのだ。なんというか非常にむず痒い。
でもそれはこの世界にいる間の私の記憶であり、逆に前世の私の記憶を探る場合、全く逆のプロセスにそって記憶が再生されている。
別の例えを用意してみよう。例えば幼い頃にロウソクで遊んで火傷して、火にトラウマを持ってる人間がいる。通常この記憶を呼び覚ますとすれば、ロウソクで火傷した記憶からトラウマのことを想起する。
しかし私の場合まず火に対するトラウマという反応が発生する。それにより自分が火に対するトラウマがあることを思い出し、そのトラウマを思い出すことによって幼いころの火傷の記憶を思い出す。
○○があったから△△という思い出すプロセスを、△△だから○○があったと逆転しているのだ。
まぁ異世界を転生なんてすればそれくらいのことはあるだろう。頭痛とか腹痛とかと同じで、後々治るだろうと考えて待つ。問題がなければそれでいいのだ…えぇ、問題がなければ、いいんだけどね。
「―――はっ!」
私は物思いに耽っていた思考から急遽思考を取り戻す。
気づいたら私はいつの間にか自室のベッドでごろごろとしていた。
時間は?時計時計…時計どこ?枕元に無いよ。あ違う私そもそもいつもスマホで確認してたから枕元に時計なんかない。ええっとスマホスマホ…だから違うっつってんだろ!そもそもここには時計もスマホも無いって言ってんだろ!なんで自分で自分にキレてるのバカなの!?
一人で大概ツッコミを繰り返すと、なんとか少しだけ冷静さが戻ってくる。
時計は無くても太陽の傾きで朝昼夕方夜ぐらいの判別はつくだろう。とにかく窓の外を…あれ、おかしいな。何故か外がもう橙色に染まって、太陽が地平線からこんにちわしてるぞ?朝日かな?(すっとぼけ)
………うあああああああなんでだあああああああ!?!??!?ちょっと待って!昼飯は!違う昼飯食った記憶があるぞ!うん!。違うそうじゃないんだ。確かに物思いに耽っていたのは認めるが、そんなに時間が経ってるはずがない。冷静になって思い出してみよう。
私の記憶にしっかりと残っているのは、じいさんを見送ったときの記憶。それから…それから?何してた?ベッドでごろごろしてた記憶しかない。
どれだけ冷静に思い返してみても、私が知覚できることは一つしかない。
つまり、ほぼ意識が飛んでるレベルで、私はただ一人自室でごろごろしていた。
私はその事実に戦慄し、叫ぶ。
「またか!!」
そう、まただった。
私がこの体で物心ついた時。しっかりと私が私であるという自意識を持った日。私と自分が一つになった日をXデイ。始まりの日と考えると、この世界における私の活動時間は既に一週間を超えていた。
しかしその時間の中で私ができたのは先程までのこの世界の情報の確認と、後は日々の生活に私が馴染むこと程度だった。
というのも、たった今もあったとおり物心ついたはずなのに、私は気がついたらいつの間にか自意識が吹っ飛んで、ただ自堕落に生活して時間を潰していることが多々あるのだ。
他にも無意識の内に行動していたことがいくつもあり、正直自分が自分であるという意識を持てないレベルに達しているのだ。
先程も言ったように異世界における違和感は、問題がなければ放置するのが一番なのだが、残念なことにこれは問題がないとは言い難い。この世界において現状必要なのは知識と常識。それらを得るためには自室でごろごろしているだけではいけないのだ。
というわけで私も少しは対策を考えた。その一つとして、今まで意識が飛んでた間に私がとった行動をリストアップしていく。紙に書ければ楽なのだが、残念なことにこの世界にボールペンは無い。紙はないでもないのだが、書くためにはインクを使う必要があり、まだ二歳半である私は自由に使うことができない。
あ、そういえばこの世界の言語はもちろん日本語ではないのだが、この世界に数年住んでるせいもあって日常会話に不便な点は無い。私自身なんだかんだ古典だの英語だので異国語を覚える能力がある上、この体は驚くほどに物事の吸収と成長が早い。さすが子供なのか、それとも素ステが高いのか。どちらでも使えることに変わりないので文句はないが。
話を戻して私の無意識時の行動をリストアップ。
条件:家の中
・ベッドでごろごろ・自室でごろごろ・机でポケー
条件:時折じいさんの連れられて村を周る時
・周りの人間の目線や服装、生活レベル、人間関係の観察。・家の大きさや、色、装飾。住宅地の配置による権威の確認。・じいさんが話している人の口調の上がり下がり。表情の変化の様子。じいさんとの関係。私をどう思ってるかなどの確認。・同年代の動き。
…だいたいこんなところだろうか。うん、これはね………。
前世の私の癖だ。
そこまで思いついた時点で、そういえばと記憶を漁る。
あの糞鳥との会話を思い出す。そういえば異世界転生システムとやらに関連するあれやこれやを話した記憶があるが、最後に何か重要なことを言ってた気がする。
確か…『転生先では肉体や精神より魂が優先された体となる』『魂の出力に肉体や精神が追いつくまで時間がかかる』とかだったかな。
糞鳥のところでは分かったような言い方をしていたけど、正直魂とやらについては分からないことのほうが多い。当たり前だ。私は学者じゃなければ巫女やら修行僧でもないのだ。人体構造だって暗唱しろと言われれば戸惑う程度の女子高生にそんなものを求めないで欲しい。
それでもこれまでの私の異常と糞鳥の言葉を組み合わせれば少しは見えてくるものもある。
魂というのはきっとパソコンでいうところのプログラミングのようなものに近いのかもしれない。その人間の基礎となる行動データ。その上でハードや実質的な機能がそれぞれ肉体と精神として存在する。
まずハード。マウスやキーボードが使われ、それに対応するプログラムが反応し、インターネットやファイルが開くという機能が働く。この例えだと精神が微妙だし、魂と同レベルで精神の方の理解も微妙なわけなのだが。
まぁ言ったとおり私は学者でもなんでもないから、一々そんなものを的確に理解する必要はない。私が納得できればいいのだ。
そしてさっきの例えでいうならば、魂だけで動いているという状態は延々と自動アップデートやシステムスキャンが延々と行われてるような状態。どころかなぜか勝手にネットが開いて、ネットが開いたからネットを開く動作をしたんだよね?と後から勝手に情報を付け足すような状態だ。もしそんなパソコンがあれば私はただちにスクラップにするね。
しかし残念なことに私な生身の人間であり、存在的にはオンリーワン。そう安々と捨てるわけにはいかない。
プログラムの例えを生身に当てはめるとすれば、一つずつ家の外が好きか中が好きか?その中でもどの場所が好きか?どのような状態で居たいか?といったような工程が行われているのだろう。そしてその結果に出てきた行動を行う。思考回路の出来としては虫とそう変わらないだろう。
本来であればそれは夏休みの宿題したくないなー的な気分的な問題で終わる。したくなくてもしなければならないという義務感やらで体を動かし、気分が進まなくても無理矢理にでもやるものだ。
だがそうやって魂の動作を抑えるための肉体と精神は、現状魂の制圧下にある。ふむふむ見えてきたぞ。
次に大事なのはそれに対する対応策。いつまでもこの状態ではまともに動くこともできないというのだ。
だが喜ばしいことに対応策に必要と思しき情報は、あの糞鳥との会話の中にちゃんと残っている。『魂の出力に肉体や精神が追いつくまで時間がかかる』、この一文は一考に値する。
私という魂の中には既に十八年間を生きてきた経験が刻みこまれている。例えるならばこれは最新のノートパソコンの基盤だとすると、それに対応するハードやソフトが第一次世界大戦時代のお粗末なものだったら?どれだけ基盤がよくても、周りが活かせきれないなら宝の持ち腐れだ。
人間というのは基本的に年を重ねれば成長する生き物だ。少なくとも二十代前後までは。日本ではありえないことだろうが、もしもそれまで全く足し算を知らない六歳と二十歳の人間がいれば、教えて先に覚えるのは二十歳の人間だろう。
私の魂に適応するまでの期間。きっとそれが二年と半年という私が私を認識していなかった記憶の時間。そして完全と言えないまでもそれが可能となったため、私がこうして意識の上に現れてきた。
なればさらに肉体と精神を鍛えるか…もしくはそうだな。完全に把握してないまでも逆に完全に肉体と精神から魂を切り離したりして、魂から肉体と精神を操る方法もあるのか?
なんにしても人生はまだまだある。せっかくだから物覚えの良い今のうちに色々と済ませたいから早めにしたいが、それでも時間は私の味方だ。一つ一つ。積み重ねて行きましょうか。
―――結局私がこの世界で自由に動けるようになるまで、それから二ヶ月の期間を要した。
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