糞鳥の話。

『ようこそ!異世界へ!』


 その鳥の第一声はそんな言葉であったと記憶している。


「ええっと…」


 前後の記憶がかなり曖昧だった。私が私の存在を認めた後だったか前だったか。とにかくいつの間にかそんな存在と出会い、会話したという記憶だけが残っている。


『僕は神託を告げる聖鳥!異世界転生システムをご利用になられた貴女に神託を告げに来ました!』


 なんとなく覚えているのは、私はこいつのことを糞鳥と呼んでいた気がすることだ。


「神託?異世界転生システム???」

『はい!予想通りですが記憶の混濁に現状の理解のための情報が不足しているようですね!』


 どこだか知らない庭に、一本の木が立っている。そしてその枝にスズメのようなサイズの白く発光する鳥が一匹。

 私はどこともしれない縁側に、生前の姿のまま座っている。風景だけ見れば、どこか懐かしいような幻想感を得られるだろう。


『まずは前提条件の把握に努めましょう!貴女は死にました!死因は腹部に包丁を刺されたこと、ここまでは思い出せますか!』

「腹部…?包丁…?そういえば、公園で、あの子と……うっ」


 当時の様子を思い出した私は気分が悪くなったことを覚えている。


『はい!どうやら思い出していただけたようで!』

「わ、私、死んだ?でもだったらこれはなんなの?なんで私は生きてるの?」

『死んでるのに生きてるとは哲学的ですね!ですがご安心ください!貴女はしっかりと死んでいます!』


 何をご安心しろと言うのだろうか。


『一つずつ説明するので落ち着いてください!前提条件です前提条件!貴女は生物を構成する三要素をしっていますか?』

「さ、三要素?え?」


 落ち着けと口で言うのはいいが、それなら落ち着く時間を与えて欲しい。慌ててる人間にさらにわけのわからないことを言ってどうするのだ。


『それは肉体!精神!そして魂です!!』


 魂?


「魂?」


 当時の私と今の私は全く同じ感想を抱いた。


『はいはい一つずつ一つずつ。まず肉体!これは簡単だよね!肉と血と骨とその他もろもろ!お次は精神。これは性格的なものだね。あんまり深くは考えなくていいよ!そして最後に興味津々な魂!』


 糞鳥は少年の声にしても高すぎる声で、延々とハイテンションで話しかけてくる。聞いてる方としては小石の一つでも投げたくなるほどだが、残念なことに記憶に残っている私は混乱激しくその場で困惑を続けていた。


『魂…正直これは僕達上位存在でも少し説明しづらい問題なのです』

「おい」


 いくら混乱していてもこの発言にはさすがにツッコミを入れれたらしい。


『いやいや勘違いしないでくださいね。まだ元から魂とかが言及されてる世界ならともかく、貴女の世界は科学技術の発展のし過ぎでそういった方向がかなり疎い世界なので。つまりこれは我々の責任ではないのです!』


 力説してんじゃねぇ首をへし折るぞ。


『その上で説明しますとですね!魂って言うのはつまり、その存在が世界に刻み続けてきた【疵】なんです!』

「【疵】?」

『はい!爪痕とかとでも言えますね!』

「はい!そこの鳥さん!」

『なんですか!』

「全くわかりません!」


 私という生き物はかなり強かだ。こんな時にもボケられるんだから。


『でしょうね!』


 でしょうね!じゃないって。


『そんなに深く考えることではないのです!魂っていうのは、その存在がそれまで行ってきたありとあらゆる事象が刻み込まれた、その存在を証明するものなのです!それは曖昧で、肉体と精神というはっきりとした形があるものの前では、まず姿形もないような存在です!』

「形は無いんだ」


 当時の私は魂と聞いてどこぞの魂なイーターを思い浮かべていたため、なんとなく肩透かしを食らった気分だった。


『はい!でも今貴女は魂の存在ですけどね!』

「ええ!?」


 いきなりのカミングアウトに驚いて自らの体を見る私。しかしそこにあるのはいつもどおりの体であり、試しに触れたりつねったりしても何ら異常は見られない。


「何も変じゃないけど」

『当たり前です!それが固定化した魂ですから!』


 何が当たり前なのかさっぱりわからない。


『じゃあ例えばですね、もし貴女の目の前に貴女と全く同じ肉体で、全く同じ記憶を持った者がいるとします。貴女はそれに対して、どうやって貴女が貴女である存在証明をできますか?』

「なにそれ?」


 相変わらずめんどくさく長ったらしい疑問をぶつけてくる鳥である。だが記憶の中の私はその質問を律儀に考える。


「例え肉体と記憶が一緒でも、私がそれまで辿ってきた動向には変わりはない。つまり防犯カメラとか第三者の視点とか、そういったもので私が私である証明ができる…のかな?」


 最後は自信なさげに締める。当たり前だ、こんな質問に対して自身のある回答なんてそう出せない。


『結構結構!ナイス回答です!同じような質問を今までそこそこの人にしてきましたが、答えられた人間は貴女で…あれ?何人目でしたっけ?とにかくそう多くは無いですよ!こんな姿なので指折り確認もできませんが!』


 自らの足を見せつけながらそう宣言する鳥。相変わらず適当である。


『貴女が言ったとおり肉体と記憶…つまり精神が同じものでも、それまで貴女が行ってきた行動は消えません!それが貴女自身が刻んできた【疵】なのです!』


 なるほど、と少しは納得した記憶がある。


『そしてその【疵】は第三者の視点だけでなく、肉体と精神とは別の自身にも刻みつけられていくのです!それが魂!…ですがここで面白い逆説が発生してしまうのです!』

「面白い逆説?」


 弁解しておくと、私はもともとオタク趣味が強い人間であり、つまりこういった状態で思わず何か面白いかもと思ってしまっても仕方ないことなのである。QED。


『はい!その存在の証明は魂で証明することができますが、逆に言えば魂を参照にすればその存在を証明できてしまうのです!』

「それっていうとつまり?」

『合いの手が上手いですね!つまりですよ!魂には肉体と精神の情報が刻み込まれています!腕の長さ、髪の長さ、顔の形、他者と接するときの癖、食べ物の好き嫌い。そういった肉体と精神の情報を全て記録しているのです!そうなると例え肉体と精神が消えても、魂がそれらを補ってしまえばその存在はその存在たりえる存在となるのです!』


 存在存在煩いな。


「…なるほど、要するに今の私の状態は、私の魂が再現した私っていうこと?」

『その通り!いやー今回は物分りの良い転生者で助かります!』


 転生者に頼る前に自分の性能を向上させたほうがいいと思う。あれ?でもここまでだと少しはまともだな、なんで私はこんなにこの鳥のことが嫌いなんだ?


『さてさて!前提条件は整いましたので、ここからが貴女の今の状況を語るのにとても大切なこととなります!』

「あ、はい。わかりました」


 我ながら適応力高すぎない?


『まず確認なのですが、貴女は死んだ時に強い未練を残しましたよね!』


 確認と言っているが、鳥にとってその事実は既に確定事項なのだろう。語尾が強いのが証拠だ。


「ええ、そうですね…たしかにあんな死に方じゃ死にきれないとは思ったかもしれません」

『素直でいいですね!ここで先程の魂の話に少し戻るのですが、一度言ったとおりに、魂と言うのは本来不定形な曖昧なもの。肉体と精神が滅びればそれに従って単一のエネルギーに還るのが本来なのです!』

「エネルギーに還る?」


 さすが私。私が聞きたいことを的確に聞いてくれる。いや私だから当たり前なんだけど。


『はい!魂というものにも当たり前ながらパワーがあります。存在する以上何らかのパロメータがあるのは当然ですよね!』

「え?あー、はい。まぁなるほどです。それで?」

『我々上位存在は生物。特に人間の生命を管理しているわけなのですが、その管理には貴女達の常識で言うところの非科学的なエネルギーが必要なのです!それが最初の方はそんなに多くもないですし?簡単だったんですが、七十億とかふざけてますよね?一日の間に人間が何人生き死にしてるか分かります?』


 途中から愚痴っぽくなってるよこの鳥。


『そういうわけで我々上位存在もエネルギー不足に悩まされる。例えるなら延々とサビ残を課せられるサラリーマンのような状況に!そこである上位存在が思いついたのが、本来地上で自然消滅する死んだ魂を回収し、純粋なエネルギーとして利用することだったのです!!』


 鳥はなんだかとてもうれしそうに身振り手振りを交えているので、なんとなく私は拍手している。人を調子に乗せるのは処世術の一つ。やり過ぎには注意である。


『そういうわけで魂の循環システムによりエネルギー問題を解決した我々。いやぁ循環って凄いですよ!まさに神の見えざる手!いえ経済は関係無いのですけど』


 うんその話はもういいから次に進めてくれないかな。


『ただそれでも時々その循環システムに困ったことが発生しましてね。今までは基本なんだかんだで人間の問題と思っていたのですが、我々が利用する循環システムにまで干渉するとなると見過ごせません!』

「その問題と言うのはなんですか?」

『そう!それが今回一番重要なところなのです!』


 ビシィ!と短い羽を突きつけてくる鳥。あー、何か手羽先が食いたい。


『死ぬ時に強い未練を残した人間は時折、なんと魂だけで形を成し現世に留まることがあるのです!貴女達風に言えば幽霊!そして貴女のことです!』

「え!?私!?幽霊!??」


 これは流石に驚いた記憶がある。知らぬ間に私は幽霊になっていたらしい。


『そうですそうです。そしてこれは何度も言いましたが、魂というのは本来不定形で曖昧なものなのです!肉体と精神という器がないと、すぐに崩れてしまうほどに!』

「崩れる…とは?」

『躁病と鬱病を悪化させたものと言えばいいですかね?幽霊となった者は基本的に誰にも見てもらえませんし、触ることもできません。大概の幽霊はすぐに精神を病み、そして生きてる人間を恨むようになるのです!怨霊化です!』


 ………正直に白状しますと、これを聞いた当時はそれならそれで良いとか思っちゃいましたね。生きてる間は何かと窮屈なことも多かったですし。


『そして不安定だからこそ、魂という存在は時に常識を超えた力を生み出すことがあるのです!つまり大惨事ですね!』


 大惨事をそう楽しそうに言わないで欲しい。


『といっても貴女達の世界にもそういうのに対処する職業はありますので、いざとなれば何らかの対処がされたでしょう。しかしそれでは我々が困るのですよ!』

「と、言いますと?」

『完全に消された魂はリサイクルできないのです!エコロジー精神に反します!』


 ゴミの分別に厳しい近所のおばさんかお前は!


「つまり幽霊になってしまったら、そのエネルギーに変換できないから困ると?」

『それはそうなんですけど、正確には一応できないこともないですね。幽霊の未練を無くす…というか幽霊自身にエネルギー化することを承諾して頂ければ、こちらで対処できます。強引にする手段もあるのですが、我々は非干渉が基本なので』


 それでも交渉はするんですね。


「だったら未練を無くす、成仏的なものですかね?そうしていけば…」

『成仏。いい言葉ですね!大体あってます!ですがやっぱりここにも問題があるんです!』

「その問題というのは?」

『まず単純に基本非干渉な我々がそこまで干渉していいのか。仮にお告げとか出した現地の人間に手伝わせるにしても、それはそれでコストが掛かりますし、何より非干渉が常な我々では報酬が出せません。今時誰がそんな面倒なことするんですか』


 思った以上に世知辛い話だった。


『それに何より一度霊になった人間は、なかなか成仏しません。なんでか分かりますか?きっと自分の胸に聞いてみれば分かりますよ?』


 鳥の言葉に耳を傾け、霊の立場になって考えてみる私。と言うか本当に霊なんだけどね。

 もし自分が死んだ時、死んだのになぜかまだ意識があって、なんにも干渉できない代わりに何者にも干渉されず自由を謳歌できる。怨霊化の危険性もあるが、そこまでは私の知ったことではない。既に死んでいるのだから。

 そしてよくわからない上位存在とやらのために成仏すれば、私は消えて何か分からないエネルギーに変換されて他の誰かのために使われる。それってほとんど自殺と変わらないのではないか?

 うんうんと、記憶の中の私は何度か頷いてから。


「絶対に成仏しませんね」

『やっぱり素直でいいですね!そうです!誰も成仏したがりません!そこで再び悩んだ我々上位存在です、またもやある者が素晴らしい案を出したのです!それが異世界転生システム!!』

「あ、それ何か聞き覚えありますね」

『はい!ようやく最初の話にもってこれました!』


 なげぇよ。お前の口調が妙なせいで会話がなげぇんだよ。…ん?今何か別の意思が混ざったような?


『説明しましょう!まずこれも前提条件として一つ知識を。一度誰かのして形を成した魂は、別の何かや誰かになることはできないのです!則って強引に体を動かすぐらいはできますが、他者になることはできないのです!例えそれが赤子でも!』

「なるほどなるほど」

『ですがそれはあくまで【この世界】での話なのです!』

「そのこころは!」

『なんと別の世界であれば、例えば生まれた時に死んでしまった赤ん坊に魂を入れるなどして、強引に転生させることができることが発見されたのです!』

「おお!」


 わざとらしく驚く私。そしてなんとなく話の筋が見えてきた。


『そのことに気づいた我々は急遽別の世界とアポイントを取りました!意外と決まるまでは早かったですね!』

「…ん?でも待ってください。他の世界に転生させるだけじゃ、結局貴女達の利益にはならないのでは?」

『それがそうでもないんです。つまり必要なのはトレードでして。まず前世の記憶をもって別の世界に生まれる。このことの優位性は分かりますよね!』

「強くてニューゲームですか?いいですよね。一周目で苦戦したのを一撃で倒すとか」

『そうです!そして文化が違えばその分違う発想が生み出されます!技術水準が離れていようとも、別の世界と言うのはそれだけで発想の宝庫!つまり…』

「つまり優秀な人間を簡単に生み出せる上に、新しい発想を世界に持ち込めると?」

『その通り!やっぱり貴女は優秀ですね!!』


 鳥がとてもうれしそうにしている。


『ここまで来たらこの先の展開も読めますよね?』

「と言うよりほぼ仰言っていると思われますが…。要するに、私は異世界で転生して第二の人生を送れるということですよね」

『その通りです!あ、ちなみに正式に挨拶していませんでしたが、僕は異世界転生で何かと違う常識に悩む転生者をお助けする、ヘルプ鳥です。今後も何かあったらまた情報を開示すると思います』


 うんうんと、私は喜ばしげに頷いていたのを思い出す。何と言っても運良く第二の人生。生前に未練が無いかと言われればあるのだが、私の思考は基本ポジティブなのだ。

 しかし私の幸福の絶頂はまず間違いなくここで終わった。


『そういえば、上位存在の方々が貴女の可哀想な死に方を見て、貴女にちょっとしたサービスをすることになりました』

「サービス?それまた嬉しいことです。一生をかけて敬います」

『うんうん。信仰は良いよ。最近の地上には信仰が足りてない』


 嬉しそうな様子の糞鳥。ああそうだ。なんとなく思い出してきた、この糞鳥が糞鳥である所以が…


『基本的に転生先は転生者の能力に合わせて決められるのですが、今回はなんと貴女の好みそうな世界を我々が選び、更に転生体まで我々が厳選したのです!』

「おお!」


 この時私は気づくべきだったのだ。

 上位存在と名乗ってるこいつら。たぶん神様的なのなんだろうけど、基本的に神様と言うやつはアバズレだ。世界を海の下に沈めることに躊躇が無いし、主神のほとんどは絶倫浮気野郎と相場が決まっている。

 そんな連中がだ。人間を思って、転生先を選ぶ。まともになるはずがなかった。


『快適な異世界人生のために一部の条件は伏せさせて頂きますが、まず一つ目!』

「一つ目!」

『前世で死んだときのように、何かあった時に対処できるような頑強な体!つまり…』


 そして糞鳥は言ったのだ。


『男性として転生させて頂きます!』

「…………………………は?」

『さらになんと貴女は結構趣味人だったようですね!喜びなさい!転生先は剣と魔法のファンタジーです!科学技術はよくある中世レベルです!』

「は?おいは?ちょっとまて、おい待て鳥。性別…は?男性?それに中世?中世って水洗式トイレあるの???」

『それでは張り切って異世界ライフを!あ、転生先では肉体や精神より魂が優先された体となりますが、魂の出力に肉体や精神が追いつくまで時間がかかるのであしからず。多分三歳になる前ぐらいにはちゃんとした意識を持てると思います!』

「いやだから待て!鳥!鳥!」

『それではまた次の機会にー!』


 鳥が穏やかに言い放つと、私の記憶が途切れていく。


 最後に思い出せたのは、糞鳥と乙女とは思えない声量で叫ぶ誰かさんの声だった。

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