第19話 こんにちは、猫ちゃん

「遅いっ……!」


 譲は苛立っていた。我らがリーダー・武内凛が、一時間以上も遅刻しているからである。


「今日はグループ内で大事なミーティングがあるのに、何やっているんですか凛さん……」

「カッカすんじゃねーよ譲ちん」


 要が譲をなだめる。……スマートフォンで漫才を見ながら。


「要先輩、動画見ないでください! 本来ミーティングの時間なんですよ!」

「お堅いですな~、便所でお尻を副リーダーは。まだ良いじゃん」

「茶化さないでくれませんか! それに、まだ副リーダーなんて正式に決まっていません!」

「はーあ、朝っぱらからいちいちうっせーな」

「先輩!」


 譲と要が言い争っている中、「おめーらやめろよぉ~」と落ち着かせようとしているように見えて半笑いの大悟。「やれやれ~ぃ」と囃す晴真。

 そして、


「凛さん……」


 何かあったのかしら、と心配する姫美子。


「みんな、遅れてごめん!」


 そのとき、我らがリーダーが姿を現した。一斉に彼の方を向く部下一同。息ぴったり。これぞ阿吽の呼吸。


「凛さん……!」


 真っ先に駆け寄っていったのは、やはり姫美子だった。唯一彼のことを心配していたのだから。


「きみちゃん大丈夫だよ、おれは何もないから」

「良かった……。おはようございます!」

「おはよう」


 二人は笑顔で、遅くなったあいさつを交わす。すると譲が、イライラしながら口を開いた。


「凛さんは何もなくても、こっちは大丈夫じゃないですよ」

「うん、本当にごめんね譲」

「大事なミーティングがあるんでしょう」

「あ、そうだったね! ごめん」

「遅れるなら連絡してください。困ります」

「うん、分かった」


 カンカンな譲と、いつものおっとりした様子の凛。それを見ながら姫美子は思っていた。「本当に何もなかったのかな」と。

 

「譲ちん、お前リーダーに対してその態度ねーよ。ボクにもひどいけどさぁ」

「でも遅刻は……」


 要と譲の言い争いが再発するか……と思いきや、


「良いんだよ要。譲はきちんと注意してくれているんだ。おれが遅刻したのが悪かったんだから、注意されて当たり前」

「ええ~……」


 凛の言葉に、要は不満な様子を露にした。それは他のメンバーも一緒だった。


「凛さん……」




「それでは、今回はここまで……」


 プルルルル……。


 凛の言葉でミーティングが終わろうとした途端、職場の電話が鳴った。


「はい。こちらCOOLMAN、C-membersの花房です」


 電話の対応をしたのは姫美子。男性陣はその様子をじっと見ている。


「はぁ~、女の子の電話対応って何か良いよなぁ~。後ろ姿が……」

「ケツ見放題だから? カーリング観戦と同じで」

「そだねー……ってぅおいっ!」


 うっとりする晴真に、要は容赦なく茶々を入れた。


「はい! 少々お待ちください!」


 その直後、姫美子は凛を呼んだ。


「誰かな?」

「鹿嶋動物病院の鹿嶋先生から、お電話です」

「あー! うん、ありがと!」


 凛は姫美子から受話器を受け取った。


「ご連絡ありがとうございます! 武内です」


 ご連絡……?


 部下はみな、その言葉が気になっている。


「そうですか、ありがとうございます! では仕事が終わり次第、そちらへ伺います!」


 一体、何のことだろう。


「はー、良かったぁ」

「凛さん、どうしたんですか?」

 

 通話終了した凛に、姫美子は真っ先に彼から話を聞き出した。


「子猫が無事だったんだ」

「子猫?」

「実は……」




 今朝、凛は通勤中に真っ白な子猫を見つけた。


「にゃあ~……」


 その子猫は木の上で心細そうに鳴いていた。凛はすぐに木に登り、降りられなくなってしまった子猫を助けた。


 子猫を助けた後、凛は真っ直ぐに動物病院へ向かった。そして子猫を鹿嶋という獣医に託し、勤務先と自身の電話番号を教えて、職場へ急いだのである。


「へー。そんなバタバタしていたら、連絡忘れちゃうのも無理ないね」


 要がわざとらしく、大きな声で言った。誰に向かって言っているのかは、言うまでもないだろう。


「やっぱり何かあったんじゃないですか……」

「うーん、そうだね」


 凛は姫美子に、のんびりとした答え方をした。


「凛さんマジイケメン~」

「一切子猫のせいにしてねーとことか、なぁ」


 晴真と大悟は、凛の行動に感服していた。


「……」


 凛をじっと見つめている譲。そんな彼の右肩に、ポンッ。


「お前と凛さんの違いは、そういうとこ」


 譲は、要に何も言い返すことができなかった。


「言い返さないなら言い返さないで、それはそれで調子狂う~」




 翌日。


「きみちゃん、おはよう~」

「おはようございます凛さん……あらっ?」


 本日の一番乗りである姫美子が凛にあいさつすると、何やら見慣れないものが彼女の視界に入ったようだ。


「にゃー」

「あ、この子! 昨日の猫ちゃんですか?」

「そ!」

「にゃ!」


 凛の腕の中にいた白猫は、ぴょんっと下に降りて、ちょこちょこちょこ……。


「にゃあ~」

「わぁ、かわいい~!」


 姫美子の足に、スリスリ。姫美子はすっかり猫にメロメロである。


「きみちゃんのことが好きみたいだね、さくら」

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