♯48 物語の終わり

「……」

もう動じる事もなく、俺は目の前の女を見据える。

そこに立っていたのは奏……だと言いたかったのだが、あからさま偽者だった。


「変装も下手糞だとは、性格悪いなお前」

「――――違う。これは変装じゃない、自らを騙す為の鎧……ッッ」

突如飛びかかってくるニセ奏を避け、それと同時に女の髪をいた。


「……何でお前なんだ」

俺はやりきれない怒りで胸が張り裂けそうだった。

みこと




すると鎧はぐしゃぐしゃに熔け、月光に当てられた命の姿があらわになった。

素肌は照らされ白磁色に輝いている。


命は泣いていた。

頭を垂れ、アスファルトに大きな雫をこぼしながら、声も無く泣いていた。


「こんな事、したくないよ…………」

「なら」

「でもっ!!」


叫びがビリビリと空気を変えていく。

まるで命の感情の昂りに呼応するかのように、その震えが大きくなる。


「……それが私の、【異種】の使命だから」


今この瞬間最も聞きたくなかった言葉だった。

それは命が異種である事を肯定する、最悪のワードだったからだ。


「畜生……ッッ!!!」

レノにしたように、斃すしか手立てはないのか…………俺は悔しさから、そんな事を考えた。

考えてしまったのだ。


「…………っ」


戦闘の最中で、俺は躊躇いを思ってしまった。だがそれは、絶対のタブーなのだ。

心の間隙に相手は、その刃を差し込むからだ。


「隙だらけだね」


幾度と無く滅多刺しにされ、いよいよ出血も酷くなっていく。


「こんなに弱いはず無いのに変だなぁ」


コイツは俺がレノを殺した事を知っている。

全部、最初から見ていたのだ……。


痛みは外傷よりも心の方が強かった。

荒むどころではなく、潰れていた。

俺は精神的にも肉体的にも、敗北した。


「さ、それじゃあ頂こうかな。拓舞おまえの命を」


「させないぞ!!」


突如男の声が背中に突き刺さる。


言下鳴り響いた銃声は俺に向けてか、命に向けてか。

どちらにせよ、そこで俺の記憶は途切れてしまった。


そしてここで、俺の役目は終わった。

これより綴るのは、俺が後から聞いた物語である。




拓舞はその場に倒れていた。

『ガイアジェット』をその手に握った男――かつてハーネスと名乗っていた――は拓舞の姿を見て、ため息混じりに言った。


「頑張ったな」


そうやって、首に『ガイアジェット』を射す。


みるみるうちに拓舞の身体から植物が発芽し、土に還っていく。

「……もともと命は深いところから出で、深いところへ還る。

いつしか進化に目が眩んだ生命は、その本質を見失ってしまった」


独り言を呟きながら、今度は命に近づく。

まだ息があった。


「……拓舞に何をした」

「一旦殺した」


しばらく沈黙して、また口を開く。

男もそれを待つように、黙っていた。


「何が目的だ」

「最初から解っていたと思ったが……。

まぁいい、教えてあげよう」




俺が『ガイアジェット』を会長の神江の倉庫から盗んだのは事実だが、彼の言った事には虚偽も多々あった。

俺はまず、外から来た人間だった。

本来俺ははり土竜もぐらの細胞をもった哺乳類の【偽獣】だが、蜂だと言い張って連合に入会した。

で、戦いの事も全て知っていた。

拓舞がクローンである事も最初から知っていたから、わざわざ彼を罠に掛けて試した。


結果は思った通り、彼は失意に落ちた。

俺はそれからずっと、変装したりして彼の様子をずっと見守っていたのさ。

本当は彼を戦いから遠ざけたかったが、思わぬ邪魔が入って干渉出来なくなってしまった。

嘘を吹き込まれた拓舞自身の手で、俺は会員から脱落し、そのまま逃亡生活をした。

まぁ窃盗の罪は犯した身だ、いずれにせよ逃げるつもりではあったが。

そんな事で今、俺は最初からの目的を果たす為にここに来た。

『全クローンの排除』


「……というわけだ、命ちゃんよ。

悪いがお前にはご退場願う」


何発か無遠慮に破裂音を叩き込まれ、命は絶命した。

「――――さて、拓舞。

お前をこれから******るぞ……」

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