♯46 地球噴射
扉の最奥、液体の中で浮かぶ人影が1つ。
他でもない拓舞。
姿かたちが全て同じで、ただ何の能力も持ち合わせていない、【本物の拓舞】。
目の前にして見て、判った。
俺が本当に、偽物だということに。
「拓舞は……本物の拓舞は、どんな奴だったんだろう」
「上の部屋で見つけた日記いわく、彼は極端な虫嫌いで、殺虫剤が手放せなかったらしい」
出会っていたら殺されてたな、俺。
などと思いつつ、また1つ浮かんだ疑問を口にした。
「日記……って、他には何か書かれていたのか?」
「ああ。拓舞がしてきたこと全て書かれている。
例えば――――『殺人を犯した事』とかな」
オリジナルの五十和拓舞は研究者だった。
【害蟲】及び【偽獣】の完全なる殲滅を目指した彼は、ヒトのある免疫細胞に着目し、そこから【偽獣】用生物兵器を開発したのだ。
しかし【偽獣】の存在が認識されていなかった時代、彼の研究は殺人に他ならなかった。
残虐刑に処され、それでもなお研究の真実のみを語った彼は、こうして理解者を待ちながら、悠久の時を生き永らえたのだ……。
「……そしてその兵器こそ、これだ」
そう言って鳥類拓舞が取り出したのは、いつか会長が持っていたものと同じ緑色の液体。
『【害蟲細胞】を死滅させる抗体』だった。
「……通称【ガイアジェット】、正しくは【R.E.D】だが…………。
これは人間の体内に含有される消化酵素『ペプシン』が主原料だ」
ペプシン……。胃に多く含まれる、たんぱく質を消化する為の酵素……だったはずだ。
「まぁ効き目としては殺虫剤と変わらない。細胞を持つ者全てに効くジェットな訳だ」
それって〇ースジェットだよな絶対。
出来ればもっと格好の良いたとえ無いのか?
「お前にこれを託す」
「なんで俺なんだよ?」
「お前が蟲だからさ。
生物の中で最も矮小かつ大量、専門的能力に特化した種族――――。
異種が紛れるのに、これ以上のものはない」
「え、じゃあ異種ってのは……」
「ああそうだ。お前らの中に異種がいる。
その可能性はかなり高い」
時を同じくして、会長こと神江鍵。
取り調べは尚も続き、神江も担当の【害蟲】も、疲労が溜まっているようだった。
「何故」
【害蟲】が静寂を裂いて、問う。
「何故、五十和の血は絶えたのだと言える?まだ五十和拓舞は若く、子もいないではないか」
「彼は偽者だよ。本物はとっくに死んだ。
私が学生だった頃に、な。
でもその拓舞くんに、嘘を吹き込んでいる奴がいるみたいだな――――」
と、神江は明日とも明後日ともつかない方向を見て、にやついたのだった。
「……まぁ、それでも良いか。
問題は、また別にあるわけだし…………」
同時、曇天に潜むように飛ぶ奏。
(思い出した)
(私が何故この街にいたのか…………)
(その記憶が蘇った)
鱗粉がきらりと舞った。
鴉揚羽だった濃紺の翅が、より鮮明な蒼に変わっている。
それは、【害蟲】細胞の最終形態であった。
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