♯44 本当は

「……何、言って……!?」

「何、って何だ?

俺達の使命を果たすんだろうが。

まさかお前、忘れたとは言わせねぇぞ」

「忘れるも何も知らねえよ!」

俺は最早理解出来ぬ事に苛立ちを募らせ、限界に達していた。


【害蟲】に成り、鱗粉を翅でく。

と同時に空中高く飛び上がり、逃亡。


「…………【】」


いつの間にか俺はまた地面の上。

奴はまた同じ表情で、言うのだった。

「俺達の使命を、果たすんだ」




ここの街に【害蟲】と呼ばれる生物は存在しないが、それと同格の生物は存在するという。

「……ここではソイツらを【じゅう】と呼ぶ」

あちらの拓舞――【偽獣】対策本部の会長らしい――は、そんな事を話した。


「俺は人類で始めて【獣化病】に感染し、随意で肉体を【朱鷺トキ】にする事が出来るようになった。

そして他にも【獣化】した人間がいることを知って、この対策本部を創った」


と、会長拓舞の顔がくもる。

「だがな、俺の行動を善しとしない奴もいた。やつらは街と街の間に妨害粒子を放ち、認識を妨害した。

いつしか【獣化】という概念は、街ごとで派生し、異なるものとなっていったのさ。

お前の【害蟲】というのも、その1つだな」


害蟲が、獣化の一部……。

俺は突如脳に浮かんだ可能性に恐怖を感じ、紛らわす為に会長拓舞に問うた。


「……まさかとは思うが……。

?」


会長拓舞は何故か不思議そうな顔をしていた。

「そんなの当たり前だろう?」


俺はもう、自分が判らなくなりそうだった。

俺が何人もいて、同じ顔、同じ名前、下手すれば何もかも同じ拓舞もいるかも知れない。


アイデンティティの無い俺は、果たして誰なんだろう――――。


愕然とする俺を見て、会長拓舞は言った。


「そうか、本当に知らなかったんだな……。

ちょっと来い、話したい事がある」




そうして、本部からどこまでも地下深く続く階段を下り、その最深部まで来たときだった。

「ここは、『本当の拓舞』の部屋だ」


そこには、雑誌やら漫画やらが置かれた、六畳ほどの部屋があった。

「……解ったか?俺もお前も、ニセモノなんだよ。目的を失った、形だけのクローン」




――――本当は、本物の拓舞は死んでいる。




俺――最早『俺』という一人称さえ疑わしいが――はもう、何も考えられなかった。


俺が拓舞でないなら何者なのか?

五十和拓舞は俺で無いなら誰なのか?


もう、分からなかった。




時を同じくして、ジューダの街の宿。

奏が目を覚ますと、静けさが彼女を包んでいた。

「…………そろそろかな」

おもむろに体を起こすと、着崩れあらわになった上半身に、【刻紋壁】と同じ紋様があらわれていた――――。

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