沈黙の回旋曲

♯43 二人の『俺』

70億分の3くらいの確立で、地球上に『同じ顔の別人』がいるという。

また、同姓同名の人間は場合にもよるがかなりの低確立で存在する。


しかしその両方ともなると、さすがにあり得無いと思っていた。


ところが、今俺の目の前にいる裁判長は、俺と全く同じ顔。

さらに名前は『五十和拓舞』と、全くの同姓同名なのだ。

そんな奴から処刑宣告を受けるなんて、罰にしてもたちが悪過ぎるんじゃなかろうか。


「…………お前の罪名は、殺人だ。

しかも殺された男、お前の友人だったろ?」


民衆のブーイングとともに、背中に卵黄のシミが出来る。

「殺人罪はこの街では普通、拷問かあぶりか、或いは絞首なんだが…………。

処刑法を選べ、お前が最もみじめかつ長い時間をかけて朽ちて逝けるものを」


そう言って、【偽】拓舞は処刑法を唱え始める。


「絞首、火炙り、島流し、拷問、労働、晒し首、ギロチン、服毒、電気椅子…………。

さぁ、処刑法を選べ」


俺に【無罪】の選択肢は、無い。


「……じゃあ、服毒をさせて下さい……」




俺はこうして、毒を飲む事になった。

裁判長は、ただ俺の様子を見ている。


「早く飲め!!」

「さっさと逝っちまえ!!」

「罪人は消えろ!!」


ヤジの興奮はいよいよ最高潮に達していた。


俺は白いさかずきに並々注がれた毒――恐らくは虫の毒――を、一気に飲み干す。

悲鳴にも聞こえる黄色い絶叫。

これで『罪人は消える』という、民衆の一様に安堵した顔が目に焼き付く。


だけど残念。俺は罪人である前に【ほぼ蛾】なので、毒のたぐいは効果が無い。

よって罪人は、死なないのである。


と、裁判長が民衆に叫んだ。


「コイツが万一死ななかったとして、聞く。コイツをこの後どうする?」


まるで俺の心を見透かしているかの様な発言にひやりとしたが、周囲のヤジがその寒さをき消した。


「絞首!絞首!絞首!」


全員がそう叫ぶ中、裁判長は更に大きく叫んだ。


「毒は遅効性だ。よって罪人の経過を裁判員が管理し、死亡が確認でき次第報告させることとする。以上、閉廷!!」


木槌が叩かれ、民衆のヤジは収まらぬまま裁判は終わってしまった。


「罪人、五十和拓舞。こっちへ来い」


裁判長が俺を呼ぶ。

俺は言われるがまま歩き出した。


「何故こちら側へ来た、異常事態か?」


突然訳の分からない事を問われ、返事が出来ない。

「妹が逃げ出したので、連れ戻そうと……」

「何?妹って『ミオ』が?」

「違います。俺の妹は『カナ』と『ミコト』。で、逃げ出したのは『カナ』です」


二人の話は食い違う。

何故か、あちらは俺の身辺を知っている風な物言いなのだが。

「――――お前は本当に『タクマ』なのか?俺の認識が間違っていなければ、お前は俺と同じ、『五十和拓舞』のはずだが…………」

「はい。俺は五十和拓舞です。

妹に奏と命、母響歌、父弦宗の5人家族で、蛾の細胞を持った【害蟲】です」


言下、あちらの拓舞の顔がひきつった。


「5人……?【害蟲】……?

ああそうか、とうとう【その時】が来たのか……?」

「何を言っているのか解らないんですが」

「ありがとう、お前の来訪で今後やる事が決まったよ。

さあ始めようじゃないか、【侵攻】を」

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