♯42 願い事

挨拶は終わり、俺たちはジューダの城を出た。

と、向城がふとこんな事を呟いた。


「……約束、忘れちゃいないよな?」


「まぁ、覚えてるけど」


そう。彼をここまで連れてくる時、俺たちはある約束をした。


【俺が妹を取り戻すまで手伝う。その代わりに何でも1つ願い事を効き、叶える】


「……で、お前の願い事って何だよ?」

「その、さ。とても言い辛いんだが、――――お前の妹を俺にくれっ!!」


…………まさかそう来るとは思わなんだ。


俺はすっかり思考が麻痺してしまった。

「……それは、起きたら奏に訊いてくれ。

俺が一方的に決める事じゃないからな」




俺はそして先に宿に入って、自分のベッドの上で横たわり天井を仰いだ。

一面に施された彫刻が、美しい螺旋を描いて幾何学的な模様を産み出している。


と、俺は気が付くと居眠りしてしまった。


その間に部屋で何があったのかは知らない。

確かなのは、この部屋で、良からぬ事が起きていたことだけだ。




「…………ううん…………?」

寝起きで痛む頭を抱えつつ、俺はどのくらい眠ってしまっていたのかを考えていた。

と、戸をノックする音が聞こえた。

俺が『どうぞ』と軽く返事をすると、そっとレノが入ってきた。

――――入ってきたと同時に飛び上がり、すぐさま部屋から立ち去ってしまった。


「……何を驚いていたんだろ」


ぼーっとした頭を覚まそうと、まずはベッドから降りようと足を出した瞬間。


すっかり冷たくなった肉の触感が、俺の足の裏にこびりついた。

「……え…………?」

困惑できっちりと目が冴えた俺は、恐る恐るその正体を暴こうとベッドから身を乗り出す。

泡を吹いて眼を丸く開いた、向城だった。

その口からは少量とはいえ血が垂れ、床にシミを作っていた。

「――――!?」

一瞬で頭が真っ白になり、次の一瞬で正気に戻った俺は首に触れてみる。


「死んでる…………」


顔があおめていくのが判った。

さあと血の気が引いて、脳みその歯車は凍りついてしまう。




そして、俺は逮捕された。

街の憲兵が、練り歩いて罪人の姿を晒す。

「嘘吐き野郎め!!」

「私たちの【平和】を返して!!」

「憲兵様、罪人を極刑に!!」


まあそうだろう。

人々の安寧を崩した張本人が、こうして民衆の面前を牛歩で裁きを受けに行くのだから。


俺は何もしていないのだが、この街では客観が真実となるらしい。

レノが俺を見て『向城を殺した』と認識したその時、俺は殺人者として存在の性質が変わってしまったのだ。


裁判、と言っても俺の街で行われていた秘匿されるものではなく、全面一般公開の裁判。

周囲のヤジが飛び交い、裁かれる側の精神をじわじわと蝕んでいく酷いものだ。

俺は背中に卵やら罵倒やらを受けながら、裁きを待った。


俺に選択肢は無い。

あるのは、処刑までのわずかな猶予。


汚れた服のシワを少し整え、一呼吸。

すると目の前の裁判員席に、裁判長と思しき男性が座った。


「――――――――ッ!?」


絶句。

俺は裁判長の顔を見た直後、その2文字で頭が埋め尽くされた。


「どうした、罪人?お前に判決を下すぞ」




そう言う無表情な銀縁メガネは。

俺の――――五十和拓舞の顔をしていた。

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