♯41 街主・ジューダⅨ世

レノの故郷・ジューダの街まで戻ってきた俺たちは、扉をくぐるや否や歓迎された。


「拓舞!!よく帰って来たな!!」


『街で待つ』と言っていた向城だった。


「おう、ただいま」

俺は少しばかり、向城に申し訳無かった。

両手にでは無いものの、背中には奏を、胸の前にもレノを抱えている状態なのだ。ねたまれても文句の1つも言えない。


「…………妹か」

「ああ」

向城は背中で昏睡こんすいしている奏を見て、少し心配そうに聞いた。


「ほら、1人じゃ大変だろ?妹ちゃんくらいなら、俺が背負しょうぞ?」

「――――すまないが、頼む」


向城ならレノを抱っこする、と言うと思っていたのだが、遠慮している様にも感じた。




「……でな、そのジューダ様なんだが」

向城は俺たちが街を出発した後、ここの街の主である【ジューダⅨ世】なる人にお世話になったらしい。

俺も直接で無いにしろ、お世話になった身。

挨拶無しに街に帰ろうなど、無礼だろう。

俺はこうして、ジューダⅨ世へ謁見する事となった。


向城曰く、とても怖い美人らしい。


綺麗きれいな人でなぁ……。俺ってば、思わずれちゃって」


どうやら向城は心移りしやすいらしい。

これではレノが不憫ふびんで仕方無い。


「――――で、ここがその居城。

きょじょう【メヒェ・ギサラーシ】」


そう言う向城が示す場所には、塔のようにも見える和風の城が、ずっしりと重量感を持って鎮座していた――――。




畳敷きになった謁見えっけんの間に通され、俺、向城、レノはジューダⅨ世が来るのを待った。

ちなみに奏は気絶している為、別室で休養させて貰っている。

「…………」

静寂と時間だけが、俺たちの間を過ぎ去り抜け出ていく。



「――――余は、ジューダ」

突然声が聞こえて、身が縮こまる。

声だけの威圧感、いや応なしに惹き付けられる恐怖が、俺の全神経を襲う。

向城が怖いというのも、今なら凄く分かる。


「貴様らは、何用で余の元へ?」


「……私五十和拓舞は、ジューダ殿下にお礼を致したく存じ、こうして参りました。

この街に宿泊させて頂いたご恩、出来れば何かお返ししたい所存で御座います」


向城が俺の事を、眼を皿の様にして見てきた。丁寧に敬語を喋った事が、そんなに変だっただろうか?


「……ふむ。その心構え、若者にしては善く出来ておるの。

…………では、余に接吻せっぷんせよ」


――――――――え!?


俺は思わず口にしそうになり、すんでのところで耐える。

接吻……キス、って事だよな、多分。

「解っておるとは思うが、脚や頬ではない。正真正銘余の口に、するのじゃ」


ジューダの姿が、あらわになった。

確かに怖いくらいの美人だ。およそ人間と思えないくらいの、神々しい美貌。


だけど残念だが、俺のタイプとは違う。


「……必ず、貴殿の御口にでしょうか?」

「余の言葉に逆らうか?」


ダメだ、どうしても口付けしなくてはならないらしい。

俺はレノの方を見る。

会話の意味が解ってしまったのか、顔を赤らめて手でおおっている。

「承知致しました。貴方様の御口に、私めの唇を重ねる事をお許し下さいませ」


柔らかい。

鼻を刺激するのは、ほのかに甘い香水と混ざった、ジューダの花に似た匂い。

向城に再三感じる申し訳無い気持ちと、少なからずよぎる優越感が、俺のもろい理性を酔わせていく――――。


「――――タクマ、お主はダメじゃ」

「へ?」

思わず素頓狂すっとんきょうな声を挙げて、俺は現実に戻った。


「余のタイプでは無いと言っておる」


そうか。まぁ、そりゃそうか。

俺はある意味、その言葉でようやっと解放された気がした。

これで、レノを一途に好きでいられる。




レノは、覆った手の指のスキマからチラチラとこちらの様子を見ている。

「レノ、さっきはごめんな?」

と謝るとレノは、

「レノ、もっと頑張るから」

と、少し怒るように謎の決意を固めた。

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