♯37 とてもじゃないけど
「コージョー、顔が近い」
向城はレノに会ってから、何かに目覚めたらしい。レノの後をついて歩き、レノに蔑視されては、何故か嬉しそうにまたついて歩くのである。
俺には訳がわからなかったが、向城が何か大事なものを徐々に失っているのは確かだった。
俺たちが【ジューダ】に辿り着いてから、街は少し騒がしくなったとレノは言う。
何でもかなり久しぶりの来客だから、と理由を言っていた。
レノはどうやらここで生まれたらしく、他に街があるとは知らなかったらしい。
外に興味津々だからか、レノは俺の話を熱心に聞いてくれた。
向城は避けられているようだったが、俺は既に膝に乗せて話すぐらい親密になった。
今日も向城が『疲れたから寝る』と言って部屋に戻った後、レノが俺の部屋までやって来た。
「タクマ、眠れないからお話しして?」
水色の縦じまパジャマを着ていたのだが、俺が『おいで』と言わないうちに膝の上にチョコンと座った。
小さくて温かいレノ。
俺は彼女に、外――主に俺の家族の事――について話した。
「――――ふふっ、タクマは面白い人だ」
レノが笑った。僅かだったかも知れないが、その顔を見られただけで嬉しかった。
「……レノ、タクマの事もっと知りたい」
「俺の事を?」
「タクマは、面白い。レノ、タクマならきっと命も預けられる。
だから、教えて欲しい。タクマの事」
「…………レノ…………」
とてもじゃないけど、言えない。
『俺は人間じゃなくて、蟲なんだ』なんて。
結局俺はレノの、いい匂いのする頭を撫でる事しか出来なかった。
夜……まだ朝の気配もしない時間帯。
寝ていた布団がモゾモゾと動いている。
いくら寝ているとはいえ、その不器用な気配に突っ込まざるを得なかった。
「――――レノ。何してるんだ?」
とっさに体を震わせ、動きを止める気配。
「…………タクマと一緒に寝たい。何故か、離れるのが苦しい。だから…………」
俺は思わず、その小さな体を抱き締めていた。
「タクマ、力強いから……!」
さすがのレノも抵抗したが、俺は震える腕をさらに締める。
「怖いんだ。何かを大切にして、それを失うのが怖いんだ」
「……タクマ……?」
「ごめんレノ。痛いよね。でも、もう耐えられない。これ以上自分だけで抱え込んでたら、壊れちゃいそうで……」
しだいに抵抗する力が弱くなって、気が付くと俺も抱きついた腕を解いていた。
「……レノはタクマの事が、好きだ。
家族とは多分、違う『好き』なんだ。
だからタクマ、レノに教えて。
何を抱えて、壊れそうなのか」
「俺もレノが好きだ。だけど、俺は他人を好きになっちゃいけない。
俺は人間じゃなくて、蟲だから……」
レノは困惑した表情だった。
恐らく、俺の言った言葉の意味を完全には理解出来ていないのだろう。
俺は言ってしまった、という後悔が頭を埋め尽くした。
レノはしかしすぐ、表情を変えた。
俺に対しての、受容の色が見えた。
「とてもじゃないけど、今のレノには解らない。でも、タクマはタクマだ。
それだけは解る。だから、…………」
レノは上半身をぐっと乗り出し、白桜の唇を俺の頬に重ねた。
「レノを、旅に連れてって」
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