♯36 もう1つの街

まさか【無】の中に道があるとは思わなかった。

足下すら見えない空間だ、踏み外す事のないよう細心の注意を払い慎重に進む。


と、向城が言った。

「誰がこんなの造ったんだろう……。俺たちの街では壁外を知ってる奴すらほぼいないんだ、こんなの造るなんて無理じゃないか?」


頭に電撃でも食らったみたいだった。

突如耳から入り込んだ推測に感電して、俺の脳みそはびた歯車を回し始めた。


「……この空間の何処かに、誰かいる……。向城はそう言いたいのか?」

彼はやはり、黙って頷く。


そんな人がいられる空間、あれば判りそうなものだが。

俺はそんな風に思ったが、何も見えていないうちは『空間がある方』に考える事にした。

マイナスな思考は失敗を呼び込みやすい。




「――――誰だ!!」

頬を細長い形状の何かがかすめ、思わず身を固くする。

そして、俺たちを見ているだろう声の主。

何処にいるかも見えぬ、完璧な潜伏能力である。声は反響する為、声のする方で判断は出来ない。


「――――お前たち、この辺じゃ見ない顔だな?何処から来た、言え!」


何歳かは判らないが、幼いことは確かな女の子の声だ。必死に門番をしているだろう事が聞くだけで解る、健気で全力な声量だ。


「俺たちは街から来た!」

「――――何を言っている?街はこっちだぞ!!」


一瞬俺たちをめようとしているのか、とも思ったが、声だけで判断するならそれは本気だった。

「すまない!俺たちは別の街から来たのだが、一晩だけで良いから宿を恵んではくれないだろうか?」

「…………しばし待て」


微かに気配が動いた。

どうやら本当に門の前辺りに立っていたらしい。目の前に遮る物がある気配がする。


「――――許可が出た。入れ」


ゴコゴゴゴと、低い軋みを伴った振動が、目の前の空間を縦2つに裂いた。

そこから見た光景は、言うなれば【北欧】。

木造と石造の住居が混在する、レトロな見た目だった。

俺たちが門の内側に入るとそこに、小さな少女が見えた。頭の高さが俺のヘソの辺りで、腰の近くまで伸ばした髪は白。

警戒しているのか顔は険しいものの、笑顔はきっと可愛いのだろう――――。


「……貴方たちの監視係になったレノだ。

よろしく、そしてようこそ」


「よろしく、俺は拓舞だ。五十和拓舞」

「レノちゃんよろしくね、俺は向城」


「タクマに、コージョーか。

……ここは、【謀叛の街・ジューダ】。

かつてどこかの街を抜け出した『裏切り者』たちが、その身を寄せ合って生まれた街だ」

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