♯32 決戦

排水溝でのやり取りから3日。

前触れもなく訪れた【〇】との決戦。

始めは、街の地下で火蓋が落とされた。


突如、地下排水溝に無数の蟲が沸いたのだ。

蝿や蚊が急激にかえり、生まれつき病原体を持った個体に噛まれた【連合】の戦闘員は、多大なダメージを負う事になった。


腕や足の壊死ならまだ、良かったと思えるほどの惨状だった。


頭がイカれ、笑いが止まらない者。

泡を吹き、痙攣が止まらない者。

出血が止まらず、そのまま絶命した者。


奏と命は、それを見るだけで嘔吐しそうになった。

手負いの者が多過ぎる。

それだけで、無傷の戦闘員にも精神的ダメージが襲った。




一方拓舞は、造った【右腕】たちを引っ提げ戦場と化した街を駆けずり回る。


ルキナは――――【〇】は恐らく壁外で息を潜めているのだろうが、奴を倒すよりも先に拓舞にはやるべき事があった。




それは、妹たちの隔離である。




奏と命には、兄の声が何処からか聞こえていた。

『早くその場から逃げろ』と、切に願い叫ぶ声が。


「…………もう、弱くないもん」

奏はその願いを蹴飛ばすように呟いた。




命はあまりの惨状に、足がすくんで動けなくなっていた。

兄の声のする方へ、這うように逃げる。


「――――【鍵蟲】の血筋、見っけ♡」

「ヒィ――――――――ッ!!!」




「ルキナ!!命を離せッ!!」

拓舞がそこに現れた。

ルキナは妖艶な視線で拓舞を見つめながら、命の首に長くした爪を突き立てて告げる。


「だーめ♡【鍵蟲】の血が必要なの」

「なら俺のを使え、みことは関係ないだろ!!」

「愛する者の前でいたいけな生命いのちなぶる行為の愉しさが解らないのね。それとも――――解るからこそかしら?」

「黙れれ者が、お前だけは金輪際赦さないぞ」

「赦しなど乞うものですか。そも赦しなどというものは…………」


ぶくぶくと膨れ上がり、醜形とるルキナ。

その顔にしかし、『捨てる』事への躊躇ためらいは無い。


「強者が弱き敗者を憐れみ、裁くまでの猶予に過ぎない…………」


【〇】と為った彼女に、慈悲は皆無。

「貴方が選択を誤った数だけ、この娘が傷付くわよ?」

「……兄ちゃん……コイツを倒して……!」

「でも!」

「私はいいから、世界を救って!!」



「――――ラァァッッッ!!」


閃光にも似た残像が走り、命の姿が消える。

いつの間にか命は、奏の腕の中に抱えられている。

【〇】が一瞬たじろいだのを、拓舞の複眼は見逃さなかった。

拳に猛毒の鱗粉をまとい、【〇】の顔面に一閃、怒りが撃ち込まれる。


「――――ッ!!」


殴った【〇】の頭部はめり込み、弾かれた様に吹き飛ぶ。

鮮血が放物線の軌跡を描き、やがて堕ちた。


「ケヒャ,ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!!!」


ただの異形と化したを見下げ、拓舞は問うた。


「答えろ、何故【鍵蟲】の血を狙った?」


「――――それは、偉大な……意志……。

秘匿された頭脳……神に最も近い者の……。

命……。科学とジュジュジュジュジュジュジュジュ」


銃声で、ルキナは息絶えた。

撃ち込まれた銃弾は、奏のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る