♯29 決意と別離と真実と

兄妹3人はそして、また【刻紋壁】へと足を運ぶ。

刻まれた彫刻的文様をなぞるように歩き、時にはび、小さな世界の片隅で刹那の平和をたのしんだ。




「兄貴、私【連合】入ろうと思ってるんだ」

奏がそう切り出したのは、一仕切り飛び回って休憩していた時だった。

「あそこなら多分、最低でも居場所くらいはあるでしょ?

私、あの眼にはもう、耐えられない……」

半べそをかいて言う奏に、拓舞は非情とも思える言葉で突き放した。


?」


奏の眼が絶望と驚愕のツートーンに変わる。

「……何で?」

「駄目なものは駄目だ。お前らに【害蟲駆除】が出来るのか?それとも何だ、自殺願望でも有るのか?」

「…………ッ!!」

怒り一色に揺らめく虹彩。

「私が弱いって?そう言いたいの!?

駄目だ私、やっぱ兄貴の事嫌いだわ。

…………見損なった自分が赦せない」


奏は高速で、街の方へと翔び去った。

「…………兄ちゃん、ごめんね」

命もその後を追うように、飛んで行った。




「……本当にこれで良かったのかい?」

会長は終始やり取りを見ていたらしい。

全く、趣味もたちも悪い人だ、彼は。

「構わないよ、俺は。傷付けるのは気が引けたけど」

「君らしいね」


会長はそして、俺に言う。

「そういえば重要な情報があるんだ、聞いてくれるかい?」

「何だ」

「――――そろそろ【〇】が来るんだけど、戦闘は大規模になりそうだ。

【刻紋壁】も、修復不可なくらいに」

「……それって、まさか……」


「ああそうさ。この世界は、じきに終わる」


壁外の【無】がこちら側に流れ込めば、エネルギーのバランスが崩れて崩壊する。

壁は蟲を寄せ付けない為ではなく、【無】をき止める為の、ダム代わり。

そして今まで大規模襲撃の結果と思われていた壁の綻びは、【無】の圧迫による亀裂やら老朽化の末のガタだったのだ。


【害蟲】を造った会長。

その理由の1つは【生体膜による壁の補修】である。

昆虫類の持つ【外骨格】は非常に硬く、壁としては申し分無い素材らしい。

更に、何故かは不明だが【無】が試験用プロトタイプの【害蟲】が造った【外骨格】に、拒絶によく似た反応を示したという。


【害蟲】の【外骨格】で、【無】による滅亡を止められる――――。


そんなかすかな希望が、生存している人類を救う為の唯一の手段なのだ。


俺は会長に1つ、願った。

【妹だけは、何をしてでも守りたい】と。

俺はどうなっても良いから、奏と命、二人の命を守りたいと、そう願った。




「……自己犠牲、か。まぁ良いだろう。

そこまでの意思だ、聞かない訳にもいかないな?

拓舞くん、至急【害蟲】を集めなければ」


会長は険しい表情で、そう告げるのだった。




【〇】襲来まで、あと7日。

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