♯28 蠢き出す

五十和家ではその日、事件が起こった。


拓舞嫌いの妹・かなの体が一部、鮮やかな蒼に変色していたのだ。

背中からは小さいながらも翅が生え、その翅も綺麗な蒼であった。


「……何で……」


自分が【害蟲】となってしまう恐怖。

兄貴がいつか感じたその恐怖を、その日奏は知ったのだった。




無論家では会議が行われる――――はずだったのだが。

「……そんな……嘘でしょ、こんなの……」


すぐ隣の部屋は拓舞ラブなみことのものなのだが、奏が開いたドアの隙間から覗いた時、その姿に思わず声を漏らした。


奏のそれとは違う、細くしなやかな翅。

顔の右頬がつややかなあかね色に変色し、その上を涙が伝っていた。



「……奏ぁ……。どうしよう……?」

「……どうしようって言われても……困る」



この未曾有の異常事態に父は愕然とした。

驚きのあまり口をきけない。

母・響歌はというと何故かニコニコ微笑んでいた。

「……出て行け……」

「え?」

「二人共この家から出て行けッ!!!

お前らの様なもの、俺の娘じゃない!!」

弦宗は怒号を撒き散らすと、狂った様に娘二人を追いかけ回した。

――――このままじゃ、殺される――!!




奏と命は、五十和家から逃げ出した。

だがそこも、決して安堵あんどなど出来ぬ世界。

【害蟲】は迫害され居場所の無い、ここはそんな世界なのだ。


白い眼、好奇の眼、恐怖の眼――――。


見えるのは十人十色の感情。しかし底にあるのは、皆が皆『自分たちと違う何か』に遭遇し興奮やら恐怖やらを煽られているという、そんな、人間に抱く事の無い感情……。


物を見るような眼だった。

新種の動物とか、新しい流行りの物とか、そんなのを見る眼だった。




二人はそして、どんどん家から逃げて。

街の中心部からも離れて。

逃げて逃げて逃げて、逃げて。


逃げていたら、そこが何処だかも判らなくなってしまった。




「…………奏?命?」

「……兄ちゃん」

「兄貴……」

と、拓舞がそこに通りがかり、兄妹はまた出会う事になったのだった。




「――――ここは【壁】の近くだぞ?お前ら一体どうしたんだよ」

「……実は兄貴。私たち…………」

「……見た方が、早いかな……」


そう言うと二人は来ていた制服を脱ぎ捨てた。

「は!?ちょ、……おい!!」

なんでそんな事しているんだ!と兄として怒ろうと振り返った時、拓舞の眼に二人の今の姿が映った。


奏の体は文字通り蒼く、肌はうろこ状に変質していた。

下着なんて眼に入らなかった。

命も変質していたが、奏と違って茜色に変わっていた。

二人共恥ずかしそうに顔を紅潮させていたが、俺はそんな所に気が向かなかった。


妹も、【害蟲】に変わってしまった。


その事で胸が締め付けられる。

「……妹すら、満足に守れないのか……!」

「……兄ちゃん…………」


「兄貴、そんな顔でどうすんだよ?」

奏は兄の気も知らず、随分と元気そうだった。

「私は、これで良いと思ってるけど?」

「でも!」

反論しようとした拓舞の口に立てた人差し指を着け制止する。

「兄貴……。大変だったんだな」


その言葉だけで、奏の感じた痛みや苦痛が全部手に取るように解った。

それは全部、かつて自分も感じた事だから。


悔しさやら不甲斐なさが入り交じって涙が出てきた。

妹たちは再び着崩して制服を着た。


「……ごめんな、ごめんな…………」


奏と命は何も言わず、ただ拓舞の側で寄り添うだけだった。

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